どうやら人事考課、の時期であるらしい。
長である火田さんから、評価シートなる書類を一枚、皆が渡されたのである。
各自で五段階評価を、各項目に自分でつけてください。
A4の中ほどに項目が並べられているのを追いかけながら、火田さんが続ける説明に、ついてゆく。
自分を客観的に評価する機会を、これで得てみてもらいたい、というのが大きな本音です。
なので、
過大評価や過小評価を自分でしたからといって、深刻な評価点になるならない、という心配はしないで大丈夫です。
追いかけた項目は多分に漏れず、利益的に貢献云々やら、切磋琢磨に研鑽に云々やら、調整や円滑や効率化云々やら、さらりと答えにくいものばかりである。
直接社内での評価としてわかりやすい業務を、わたしはずっとしていない。
火田さんにわかりやすいような、火田さんと一緒の仕事というものも、ない。
親会社の革新的事業推進研究室、的なものなど、当座の我が社にはなんの利益ももたらさないのである。
はてさてどうしたものか、とあごをさすりながら、ふむふむとわかっているようなそぶりでうなずいていたのである。
「竹さん、なにかある?」
火田さんが、不意打ちである。 うなずくそぶりをしていたのだから、とくにありません、と素直に返せばよいものを。
「はい。そうですね」
と、さも待っていたかのように、返事をしてしまっていたのである。
この、あまのじゃくちめがっ。
さりとて、個人的な諸事項は、皆の前でするものでは、ない。
大分県が、さて竹さんは何をいうのだろう、と、市川海老蔵そっくりの顔で、パチリと、にらんでいる。 馬場さんは、自分は何か聞いておくべきことがなかろうか、と真剣に書類とにらめっこをしている。 リョウくんは、とりあえず、ほわっとしたようすで黙っている。
火田さんが、ねえ何でもいいから、何かいってよ、とわくわくした目でわたしをみつめ続けているのである。
えいっとぉ。
残された行を急いで追いかけ、何かないか探しはじめる。
おや。
評価判断事項の最後の一項目に、目と思考が、はたと立ち止まったのである。
「どれだけ、笑わせましたか?」
大真面目に、書いてあったのである。
「あのぅ」
わたしはそこを指差しながら、ずずいと火田さんににじり寄る。
これは試行回数と成功数を記入するための、斜め線でしょうか。
つまり、たとえば二/三と書いて、笑わせた成功率が六割強、と如実にわかってしまうのである。
不況による就職難を就職率の低さで盛大に騒ぐ世間のように。
百回洒落を言って十回笑わせるのと、 十回洒落を言って十回笑わせるのとでは、
事実であっても、真実ではないのである。
わたしがどちらか、というのは言うまでもないことである。 であるからさして心配すべきことではないのだが、わたし以外にこの項目について質問しようとする人間が、おそらく誰もいないだろう。
であれば。
火田さんがせっかくこの一行に、身を挺して、我が身を顧みずに払った犠牲が報われぬままになってしまうのである。
それは、しのびない。
「えっと、それは」
たとえば、の冗談で加えてみたけど、それに対する五段階評価はなしね、という意味の斜線で。
「つまり、書いたけどやっぱりなしね、の意味の斜線って意味ですよね」
馬場さんがフォローをいれる。
「うん。まさか、そうくるとは思わなかった」
火田さんが、嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような顔で、笑う。
「じゃあ」
一日何回だったかを見込んで、さかもどって数えなおさないと、と大分県。
「えっ。じゃあ、とりあえず竹さんは、今日の分は一回クリア、じゃないですか」
やにわに、冷静な口調で割り込んだのは、リョウくんである。
「ちなみに」
火田さんが楽しそうに、付け加える。
新人さんとか若いひとが新しく入ってきたら、その項目が変わります。
「何回、つっこんだか」
つまり、上に立つ人間は、如何に下のものがツッコミやすいように接するか、が大事になるんですね。
じゃあ竹さん。
大分県が、やれやれという顔でため息を、ついたのである。
「今まで、つっこまずに流してきてしまって、すんませんでした」
いやなに、気にはしとらんから、以後は、よきにはからってくれたまえ。
「ちぇっ」
舌打ちした大分県に、皆が笑う。
むむむ。
これは、わたしが笑わせたのか大分県が笑わせたのか、判別がムツカシイところである。
人事考査とは、なかなかムツカシイものである。
|