さて昨夜は大森であった。
いつもなら金曜の夜だが、金曜はイ氏が芝大門にいるとのことで、イ氏と喋り過ごすなら今宵しかない、との次第であったのである。
来訪の旨を告げ、待合室でしばし待つ。 本差しに、「しっかり眠ってダイエット」との活字が踊っていたのである。
睡眠とダイエット、もとい肥満は、緊密な関係を持っているのである。
これは医学的にも、真実である。
食欲と睡眠を司る脳神経(物質)は、同じところもしくは共通しているのである。
もとい。
わたしはソロソロと指を伸ばし、受付の方々に決して何を手にしているのか気取られぬよう、しっかり背中で覆い隠し、ささっと項を繰る。
くれぐれも。
決して、わたしが肥満体であるというわけではない。
やや腹周りが、豊かに感ずるようになってきた、ような気がしているだけである。
「竹さん」
ハッと、振り返る。
ケイちゃんが問診票を胸に抱き、立っていたのである。
いや、別に、太ったわけではなく。 え、なんですか。
キョトンと、まるでなんにも気づいてない様子である。
ささっと本を戻し、わたしは何食わぬ顔を決めこむ。 じゃ、こっちで、とケイちゃんに導かれるままあとについてゆこうとすると、はたと室のイ氏と目が合ったのである。
どうも、と会釈すると、「やあいらっしゃい」と、わたしを室に招き入れようとしたのである。
あのまだ問診が。ケイちゃんが戸惑い拒もうとする。
「いいよいいよ、さあさあ」
よよよ、と招かれるがまま、椅子につく。
そっか前回は獅童さんだったんだよね。どうだった。
んあ、と顔をあげてわたしに訊ねる。
いや、あらましと最近のことをちょちょいとお話しまして、ねえ。 ケイちゃんに振り返ると、はい、とかしこまる。
そうそう。これからはずっと、週末は芝大門だから。 ずっと、ですか。 うん、ずっと。
じゃあ、と、わたしももともとは芝大門で、イ氏についていって大森にきているのだから、会社帰りの通り道にまた戻れるなら都合がよい。
「でもね」
あちらだと、こうして話してる時間が、なくなっちゃうよ。 え。
「なにせ慌ただしいからね」
じゃあ、これまで通りこちらでお世話になります。
室をでたところでケイちゃんが、
「不死鳥さんは、ずっとあちら(芝大門)で、バリバリきりもりされてますよ」
芝大門のころからの不死鳥さんとは、昨年末以来、ずっとご無沙汰である。
とはいえ、やはりこれからも、帰り道とは逆方向だとしても大森に通うことにしよう。
最近ずっと、夜八時あたりがピークでしんどいんですが、といってみると、
「じゃあ、三錠だそうか」
即座にイ氏にいわれたのである。
いや、時間をずらしてやりくるようにしてみるので、まだいいです。
「だけどそれだと」
あなたは書ける時間がなくなっちゃうでしょう、と続ける。 まあたしかに、書くどころじゃあないですが。でも、もうしばらく様子を待ってみます。
短時間の補強はどうやらリタ嬢しかないらしく、それは当然避けたいのである。
「私」の時間に思考がわやくちゃになるなら、仕方がないので諦めるしかない。 しかし。 「公」の時間にそうなるのは、まったくよろしくない。
幸い今のところ、そうなる前に「公」の場から引きあげていられているが、そうはゆかないこともあるのである。
わやくちゃになっているときは、すべてが煩わしくなるのである。
ただひたすら眠くなる。 尋常じゃなく。
であるから、外部からの干渉など、構ってるどころではないのである。
冷たいようだが、そんなとき、触れたくなければ触れて欲しくもない、というのが本音であり、求める最善策なのである。
かつて、わたしのその状況に初めて居合わせることになった父が、戸惑い、手探りの結果にようやく導き出した「大丈夫か」との、たったそれだけの心配の言葉をかけてくれたとき、
「めんどくさいっ。なんでもいいから、ほっといてくれっ」
と語気荒く投げ放ったのである。
正確には、
「(考えて判断するのさえ)めんどくさいっ(くらいしんどいし、思考が回らないから)。なんでもいいから(気にしないで、気にされるのさえ、親切だとわかっていてさえそれが逆に煩わしく思ってしまうから)、(どうかお願いだから)ほっといてくれっ(話しかけたり何かできることをしようとか、そういうのがことごとく裏目に感じてしまうので、そっとしておいてください)」
というつもりだったのである。
がしかし、結果、前述の次第である。
イ氏が、
「結婚相手とか、そろそろ探さないの」
と、さきほど突っつかれたことを振り返る。
一緒に過ごしていて、さすがに毎日ではないが不定期に、こんなことがあるのを受け入れられる御人が、いるだろうか。
「それは相手に、誰であったって慣れてもらうしかないんだから」
はっはっはっ。
そうですよね。
あっはっはっ。
笑うしかないのである。
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