今朝席に着いたら、机上に、ハート型の、チョコをあしらったクッキーが、一枚、置いてあったのである。 それは明らかに手作りであり、ひと口サイズのものが一枚、透明ビニルで包装されていた。
はっと、大分県を見ると、あったでしょう、とわたしに同意を求める目でみる。
しかし決して声には出さず、口を形するだけである。
大分県の向こうで、リョウくんは無関心な顔をして机に向かっている。
謎。 なんですよ。
と、大分県が、これまた目だけでわたしに訴える。
誰が誰とも書き添えもなく、ただ、ちょこんと、それぞれの机上に、置かれていたのである。
火田さんからか、と思い、チョコクッキーを掲げ、ありがとうございます、と火田さんに向かって言おうとつまみ上げたとき、わたしは、つと、それを取りやめた。
ビニルの包装のすみっこに、気がついたからである。
「○ば(まる囲みに、ば)」
大分県は気づかずに、今もまだ不審な様子で、ちらちらとしている。
わたしは、あっは、と腹の中で笑い、大分県にはそ知らぬふりを通した。
やがて遅れて出てきた馬場さんに、
「あねさん。ありがとうございます」
と、謝意を伝える。 いえいえどういたしまして、とこともなげに、席に座る。
馬場さんは土曜出勤する、ときいていたが、日曜にも来ていたのだろう。 その帰り際に、皆の机にそっと置いていったのであろう。
「念入り、だからね」
クスリと、笑う。
怨念ですか。 まあね。
馬場さんは、土日出勤で、金曜も夜遅くまで残業していたのである。 そんななかでも、このような心配りを忘れないとは、これは、すっかり見直さねばならない。
うちの男社員どもは、揃いも揃って、独身ばかりで。
激励は、しかと受け取った。
その後、互いのスケジュールを報告確認する社内会議があり、当然、馬場さんの厳しい状況が本人の口から告げられる。
「これから書かなきゃならない図面枚数なんですけど」
馬場さんの上についてる火田さんが、フォローを入れる。
「九百枚、て」
「きゅ、きゅうひゃくですかっ」
そんな馬鹿な、と思わず声を上げて聞き返してしまったのである。
「わかんない。まだ、リストを渡されただけだから」
火田さんが、続ける。
もちろん、これから中身を見て整理してみなければわからないんだけど。一分の一の図面とかがあるのよね、なんなのかしら。
と、ため息をこぼした。 そんな火田さんに、
それは機械図で建築の図面じゃあないですよ。
とは言えるわけがなく、そこは、ぐっと飲み込んだのである。
が。
わたしが知るなかで、せいぜいが二百枚で、その中にはメーカーによる製品図(仕様)を含めて、であるが、それでも尋常ではない。
これは、大変だ。いや、大変どころじゃあ、ない。
それを火田さんと馬場さんの、おもにふたりで。 「なので」
そこで馬場さんが口を開いたのである。
皆さん、お手伝い、よろしくお願いします。
はあ、まあ、それは、やぶさかではないけれど、と戸惑いつつ、皆はいまいち消極的な態度に変わる。
「あれれ。みんなにあげたよね、タダだと思ったかしらん」 「えっ。あれにはそんな意味があったんですかっ」
今まで沈黙していたリョウくんが、ガバッと身を起こす。
大分県は、それがあろうがなかろうが、きっと変わらないのであろう。 あーあ、と苦笑いを浮かべていた。
わたしは、まったく別、である。
社内でひとり、どっぷりと別物件に、出向扱いで年内いっぱい関わっているため、社内の物件に関わることができないのである。
定時以降、土日休日出勤で関わることならできるが、それはないだろう。
であるから、わたしは、何のてらいもなく、馬場さんの念入りチョコクッキーをかじることができるのである。
無論、手伝う気が毛頭ないわけではない。 そこは、そのときその場で、うまくやりくる必要があるだろう。
アフター・ばれんたいん・でい。
見直した馬場さんを、さらに見直し直した日であった。
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