「隙 間」

2010年02月09日(火) 「海の底」

甲殻類が、気になる。

冷凍タラバ、ズワイなどが、アメ横のあたりではかなり大量にわたしを出迎えてくれたりしたのである。

夕刻になり、腹がだんだん不平不満を吐き出しはじめる。
なだめすかしつつしばらくしていると、頭のなかに「南極料理人」の隊長が、ポンと顔をあらわす。

「みんなすっかり、エビフライの気持ちなんだからね」

えっびふらいっ。
えっびふらいっ。
えっびふらいっ。

作品中では隊員たちの要望で、せっかくの伊勢エビを、まるまるエビフライにしてしまうのである。

それはさておき。

カニも、捨てがたい。
しかし、一キロ二千円という魅力的な誘惑があったとて、ひとりではなかなか手が出しづらいのである。

残業でキリキリ舞い真っ最中の、火田さんにぼそりと聞いてみる。

カニ一キロって、どうなんですかね。

カニ? カニを贈られでもしたの?

目を、キランとさせて、振り向く。
火田さんは、小学生のお子さんがいる主婦である。

いや、一キロ二千円で、売ってたりするんです。

カニは、毛ガニだなあ。カニ味噌が美味しいよねえ。

「カニって、そんなウマいすか」

リョウくんが、疑問の声で口を挟んでくる。

ええっ。
ええっ。

火田さんと同時に声をあげてしまった。

ぼく、甲殻類が、好きじゃないんですよ。

「まさか、エビもっ?」

エビも、です。

「エビフライ、も?」

も、です。

「人生の半分以上を、損してる(わ)ね」

またしても、火田さんと声がそろう。

「生臭いのが、ダメなんです」

ウニやイクラは。
好きじゃないです。

なんて勿体無い。

じゃあ、海苔は。
も、です。
佃煮、ご飯ですよ、とかも。
も。

旅館の朝食は、きっと卵かけごはんなのだろうな、と気の毒に思う。
卵かけごはんを、さらに焼き海苔、味付け海苔でくるんで食べる、なんともささやかながら贅沢な食べ方の、それをしないなんて。

「あ。でも、魚は好きですよ」

一矢報いん。

リョウくんの乾坤一擲、のつもりのそれに、思わず火田さんと目を見合わせる。

どうゆう味覚なのよ。
えっ。おかしいですか。
わかった。エビもカニも、ぜんぶ俺が食っちゃる。
いいですよ、どうぞどうぞ。

「てか、なんでカニの話してんですか」
「それは、」

竹さんが。

なんで、カニの話を。
火田さんが、あらためてわたしをキョトンとした目で見つめる。

いや、カニが。
二千円で。
一キロで。

夜食もとらず、黙々と残業に勤しんでいたものだから。

エビフライが。
ラインダンスを。
頭の中で。

はあ。

そうしたら。

うん。

カニたちが。

ほう。

潮のごとく。
押し寄せて。

うんうん。

キレイに。

うん。

まっかに、茹で上がってるんです。

(ぐうぅぅ、ぐぅ)

お腹が鳴くから、帰ります。

うん、そうしなよ。

火田さんは、慈母の目でうなずいてくれたのである。



さて。

有川浩著「海の底」

甲殻類が気になったのは、このせいである。

「自衛隊三部作」と言われる作品の、わたしが未読だった最後のひとつである。

「塩の街」では陸上自衛隊が、「空の中」では航空自衛隊が舞台。

本作ではもちろん、海上自衛隊、である。

横須賀の桜祭りの最中、突然、巨大甲殻類が大群で上陸し、人々を食いはじめた。
パニックのさなか、海上自衛隊員の夏木、冬原の二人は、町内会で祭り見物にきていた子どもたち十数名を潜水艦「きりしお」に緊急避難させる。

艦長は己が身を犠牲にして、子どもたちを艦内に避難させる。

艦内に逃れた、いや、取り残された隊員ふたりと、子どもたち。

奴らは海も陸も埋め尽くし、警視庁が必死の防衛線をはり侵略を食い止めるのに手一杯で、救出の手をなかなか打てない。

米軍基地敷地内での出来事であったからである。

重火器を装備しているはずの自衛隊は、その外交問題や出動体制の位置付けやら、出動はすれども、待機のみ。

ジェラルミン盾しかまともな装備がない警察の機動隊が、肉弾戦でのみ、巨大な甲殻類と戦うしかないのである。

米軍が爆撃作戦を敢行するらしいとの情報が流れる。

救出は間に合うのか。

日本の警察の、そして自衛隊の、誇りと、政治と権力と、取り残された子どもたちと隊員の、様々な思いが交錯する。

登場人物、設定、展開。

やはり、軽妙にして、絶妙。

無骨だが、愛嬌ある男たち。
そして、なかなか個性的な子どもたち。

忘れてはならない、むずがゆさたっぷりの、恋も、もちろんある。

なかなか、いや、とても楽しませてもらえる作品である。



ああ。
めくるめく、
エビフライの、
ラインダンス。

タラバやズワイの、
赤ら顔。


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