「隙 間」

2010年02月08日(月) うかれきぶん

「竹さんのその物件って、社内コンペで大変だった花子さんビルだったんですか」

リョウくんが、珍しいことにわたしのところをのぞき込み、話しかけてきたのである。

おや珍しい、と思いながらも、つらつらとしばし話し込み、さらとリョウくんは姿を消したのである。

それをみた隣席の馬場さんが、「あっ」とこちらを振り向いたのである。

「今日、リョウくんの誕生日だよ」

まさか、それがためにわたしのとこに話しにきたのか。

いや、それはないから。
しかし、なぜ彼の誕生日だと。

馬場さんは、含みのある微笑をたたえてみせようと、必死の努力をしてみせていたのである。
彼女の目論見にのってやるが情けか、のらずが情けか、面倒だったので流すことにしたのである。

自分のときには、のってもらわんとするくせに、なんとも非情な男よと。

折りよく、リョウくんが再び姿を現したのである。

「誕生日おめでとうっ」

馬場さんが拍手をまねてリョウくんを迎える。

ありがとうございます。

カピバラさんみたいなやさしい顔の真ん中で、目を細めて照れ笑う。
カピバラさんみたいなやさしい顔だが、身長はスラリと高い。

「昨日は旦那さんを、ちゃんとお祝いしてあげたんですか」

リョウくんが馬場さんに尋ねる。
おや、と思うわたしをよそに、一応ちょっとだけ、ね、馬場さんが答える。

「だんなと一日違い、なんだよね」

しかも同い年で。

あはは、と笑う。
馬場さんはいわゆる姉さん女房、なのである。

「でもリョウくん、だんなと同い年、にみえないよね。若いよね」

といってもたかが三歳の差である。

が。

たしかにリョウくんは、やさしい風貌もあり、若々しい。

「まあだんなは、ひげぼうぼう、だからかもしんないし」

すこし負けん気を勝たせた馬場さんは、さらに攻勢にでたのである。

「だんなとあたしの誕生日は、ひっくり返すと同じなんだよね」

だんなに口説かれた文句のひとつ。
にやにやと指を折ってみせる。

ほかにもあるよ、と誇らしげに、嬉しそうに笑う。

「偶然だ運命だ、て文句に見事のせられちゃったんだけどね」

えい、ごちそうさまです。
いやいや、あははは。

だんなさんも、必死で馬場さんのこと好きだったんですよ。

「うん、まあね」

つい、と即座に答える。
おかわりは、結構です。

「結婚したい気持ちに洗脳してってあげるからね。うちの男らは、ほんとにもう、なんとかしなきゃ」

わたしを頭に、男は皆、未婚である。

「今日、友人がとうとう陣痛で入院したらしくて」

矛先を、ちょいとずらしてみる。
三千ちょい、と立派に育ってるらしくて、大きいらしいんですが。

「うちらの頃は、三千ちょいでも、ふつうくらいだったよね」

うちの娘も、と言いかけてから、あらためる。

最近はわかんないけど、三千でも大きいのかしらね。
妊婦はわたしらと同い年ですよ。
妊婦さんの体格とかにもよるし。
線は細いです。だんなはガテン系のがっちりですけど。
だんなさんが産むわけじゃないから。

ぴしゃりと言われる。
まあそうなんですけど、だんなもやさしいから、なんか、いいですよね。

なにが、とは言わず、いい、だけではないけれど、それでも全部ひっくるめて、やっぱり、いい、と思う。

ひとの幸せだけじゃなくて、自分のはどうなの。

わたしの感傷を、馬場さんがサクリとさす。

馬場さんの向こうにいる大分県は、だいたいわたしたちの会話が聞こえているはずだったのに、ついと知らぬ顔を決め込んでいた。

大きく構えた姿を、みせてみる。

「気持ちだけは、あります」

相手と実入りと行動力は、ありませんが。

小声で付け足す。

だめじゃん。

馬場さんを見事戦意喪失に陥れてしまったのである。



夕方。
無事、元気な女の子が生まれた、との報せをだんなからもらい、やはり、いいものだと再び思う。
名古屋の友にも第二子ができたばかりでもあり、わたしもうかうかしてはいられない。

うかうかしてはいないのだが、友らの喜ばしい知らせに、うきうきした気持ちにはさせてもらっているのである。


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