「竹さんのその物件って、社内コンペで大変だった花子さんビルだったんですか」
リョウくんが、珍しいことにわたしのところをのぞき込み、話しかけてきたのである。
おや珍しい、と思いながらも、つらつらとしばし話し込み、さらとリョウくんは姿を消したのである。
それをみた隣席の馬場さんが、「あっ」とこちらを振り向いたのである。
「今日、リョウくんの誕生日だよ」
まさか、それがためにわたしのとこに話しにきたのか。
いや、それはないから。 しかし、なぜ彼の誕生日だと。
馬場さんは、含みのある微笑をたたえてみせようと、必死の努力をしてみせていたのである。 彼女の目論見にのってやるが情けか、のらずが情けか、面倒だったので流すことにしたのである。
自分のときには、のってもらわんとするくせに、なんとも非情な男よと。
折りよく、リョウくんが再び姿を現したのである。
「誕生日おめでとうっ」
馬場さんが拍手をまねてリョウくんを迎える。
ありがとうございます。
カピバラさんみたいなやさしい顔の真ん中で、目を細めて照れ笑う。 カピバラさんみたいなやさしい顔だが、身長はスラリと高い。
「昨日は旦那さんを、ちゃんとお祝いしてあげたんですか」
リョウくんが馬場さんに尋ねる。 おや、と思うわたしをよそに、一応ちょっとだけ、ね、馬場さんが答える。
「だんなと一日違い、なんだよね」
しかも同い年で。
あはは、と笑う。 馬場さんはいわゆる姉さん女房、なのである。
「でもリョウくん、だんなと同い年、にみえないよね。若いよね」
といってもたかが三歳の差である。
が。
たしかにリョウくんは、やさしい風貌もあり、若々しい。
「まあだんなは、ひげぼうぼう、だからかもしんないし」
すこし負けん気を勝たせた馬場さんは、さらに攻勢にでたのである。
「だんなとあたしの誕生日は、ひっくり返すと同じなんだよね」
だんなに口説かれた文句のひとつ。 にやにやと指を折ってみせる。
ほかにもあるよ、と誇らしげに、嬉しそうに笑う。
「偶然だ運命だ、て文句に見事のせられちゃったんだけどね」
えい、ごちそうさまです。 いやいや、あははは。
だんなさんも、必死で馬場さんのこと好きだったんですよ。
「うん、まあね」
つい、と即座に答える。 おかわりは、結構です。
「結婚したい気持ちに洗脳してってあげるからね。うちの男らは、ほんとにもう、なんとかしなきゃ」
わたしを頭に、男は皆、未婚である。
「今日、友人がとうとう陣痛で入院したらしくて」
矛先を、ちょいとずらしてみる。 三千ちょい、と立派に育ってるらしくて、大きいらしいんですが。
「うちらの頃は、三千ちょいでも、ふつうくらいだったよね」
うちの娘も、と言いかけてから、あらためる。
最近はわかんないけど、三千でも大きいのかしらね。 妊婦はわたしらと同い年ですよ。 妊婦さんの体格とかにもよるし。 線は細いです。だんなはガテン系のがっちりですけど。 だんなさんが産むわけじゃないから。
ぴしゃりと言われる。 まあそうなんですけど、だんなもやさしいから、なんか、いいですよね。
なにが、とは言わず、いい、だけではないけれど、それでも全部ひっくるめて、やっぱり、いい、と思う。
ひとの幸せだけじゃなくて、自分のはどうなの。
わたしの感傷を、馬場さんがサクリとさす。
馬場さんの向こうにいる大分県は、だいたいわたしたちの会話が聞こえているはずだったのに、ついと知らぬ顔を決め込んでいた。
大きく構えた姿を、みせてみる。
「気持ちだけは、あります」
相手と実入りと行動力は、ありませんが。
小声で付け足す。
だめじゃん。
馬場さんを見事戦意喪失に陥れてしまったのである。
夕方。 無事、元気な女の子が生まれた、との報せをだんなからもらい、やはり、いいものだと再び思う。 名古屋の友にも第二子ができたばかりでもあり、わたしもうかうかしてはいられない。
うかうかしてはいないのだが、友らの喜ばしい知らせに、うきうきした気持ちにはさせてもらっているのである。
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