西加奈子著「通天閣」
西加奈子といえば、なかなか名の通った作家のひとり、であった記憶がある。
気のせいかもしれない。
本作品は、東京は下町といえば浅草、と少々上品な印象になってしまうが、うむ、その隣の「山谷」あたりとしよう、それに対する大阪の通天閣そびえるまちに生きる人々を描く。
彼らは日陰でどうしようもなく切ない日々のなかで、それでも彼らなりに「生きよう」としている。
くだらない、とやりきれなくても、人生は捨てたもんじゃない、と。
とのことらしいのだが。
どうにも、弱い。 なかなかそうは印象に残らないのである。
大阪は通天閣、ということで、もっと濃く深く色鮮やかな模様を期待していたせいである。
よくも悪くも、地名や実在するものには固有のイメージが、つきまとってしまうものである。
秋葉原といえば、メイド姿のアイドルと、彼女を囲みながら汗だくになっているくせにどこかハスな目線のオタクしかいない街。
渋谷なら、女子高生かギャルかチャラ男しかいない街。
青山や表参道なら、胸の下からもう足がはえているような、ツンときまった人種の街。
麻布や六本木なら、昼夜が正反対の世界に住むものたちの街。
といったような、過剰で偏見にみちた印象で描いてみても通じてしまうようなものがあったりするのである。
しかし。
そこに暮らす人々は、特別に変わっているわけではない。
わたしも、あなたも、甘木君も何樫さんも、おなじである。
だからこそ、「通天閣」ならではのひとびとをこそ、濃く描いてもらいたかったのである。
やや残念である。
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