「隙 間」

2009年12月17日(木) おおわらわに訪ねる

年末休みも近づき、そして忙しさの波もいつうねりがくるのか読めぬこともあり、ゆけるときに「大森」である。

「村山由佳って、知ってる」

イ氏の開口一番である。
村山由佳といえば、たしか、何樫の美味しい珈琲の淹れ方などといったシリーズ作品があったり、女性人気小説の作家のひとりである。

「山本文緒は、どう」

たしか「プラナリア」だったか、それを読んだことがある。
さて、そこからイ氏はどこへ話を飛ばしてゆこうとしているのか、なかなか興味津々である。

「桜庭一樹は、けっこうお勧めだね」

すっかり気に入っちゃってますね。

「なかなか面白いよ」

少女の心理を主に描いていたのが、大人の心理を描くのもなかなか、よいらしい。

「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」を読んだが、たしかになるほど少女の物語ながら読みやすく、読まされ、読み終わらされてしまった記憶がある。

直木賞をとった「夜の男」が文庫になったら、是非読みたいと思う。

思うが、まだまだ文庫にならないので、当分、いやしばらくは別の作品でも読んでみようかと、思うのである。

「だけどさあ、なんで」

なんで女性作家の性表現は、的がはずれてるんだろうね、とイ氏は大きくかむりをふったのである。

なるほど、いかにも仕方がない。

これは甘木小説家が語っていたことでもある。

男が性表現に求めるものは、具体性であり、実際の名称や段取りや段階や反応を、実際的に求める。
しかし女は違う。具体性などを持ち出したら、ひといきに引き下がってしまう。
現実や実際なものなどは求めてなく、抽象的な感覚や観念的なものを求める。

「なんでも、型通り、というか、そうしときゃいいんでしょ、的なものばっか、だよね」

呆れ顔で笑うイ氏に、性に没頭するのに余計な脳みそは使いたくないでしょうから、型通りやお約束も仕方ないのかもしれませんねえ、とうなずく。

「今日はねえ」

入院予約したひとがたくさんいるのに、ひとりもまだきてないんだよ、と首を傾げる。

スタッフもたくさん準備して待ってるってのに。

入院といっても、大それたものではない。

睡眠ポリグラフィという、睡眠の様子をはかる検査のことであり、睡眠なので泊まり込みで検査をすることになるのである。

実はこの検査のための入院予約が、通常、三ヶ月からへたをすると半年待ちになる、といわれているのである。

検査施設が整ったところが少ない、というのが大きな理由なのだろう。

「いやあ、それでね」

話にでた作家の作品やらを検索してひやかしながら、これはこうで、あらそうなんですか、とひとしきり盛り上がる。

「あっ」

イ氏が面を上げ、慌てた顔になったのである。

ありゃりゃ。

待合の様子を映す画面を見上げ、

たくさん、きちゃってる。

「せっかく、話が」

いいところなのに。
残念だなあ。

そろって腰を上げたが、わたしが室を出てゆく機をなかなかつかませないように、あ、それでね、と尾を引っ張る。

ああ限界だ。
スタッフに怒られちゃう。
ごめんごめん。

わたしと、室の外でおおわらわになっているスタッフに向かって、頭をかく。

待合室の受付はおおわらわで、わたしもすこしばかり罪悪感にとらわれた。

すみません。
いつも通りに話し込んじゃって。

口にだすとかえってひんしゅくをかいそうなので、胸のうちでそっと頭を下げる。

次回、年末の挨拶をするときに、馴染みの方々がいるとよいのだが、それはそれで運とご縁次第であろう。


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