(ねえ、ちょっと)
馬場さんが、秘めごとを打ち明けようとするときのように、わたしに耳を口元に寄せるよう手招いたのである。
少しだけドキリとしたわたしは、いやしかし何の打ち明け話だろう、と気を取り直して、言われるまま耳を寄せた。
(なんでしょう) (あれ、何かしてくれないかしら)
振り向かず背中越しに指差したさきに、真綿にくるまるように、さぞ気持ちよさそうな顔で寝こけている甘木君の姿があった。
「ああ、沈没してますねぇ」
顔を上げて、わたしはぼそりとこぼした。
いろいろ、お疲れなんでしょう、と甘やかすことをいった途端、
「疲れていようと、周りの目も気にせず居眠りするなんて、許せない」
あいたたた。 そうきてくれたか。
わたしは、ぽんと額を打って嬉しい気持ちになる。
仕事中に人目のあるところで居眠りすることを、わたしは自身に関してだが、嫌悪感を持ち、忌むべきこととしている。
己への戒めである。
であるから、うたた寝に関しては敏感なのだが、他人様のことをとやかく言える体ではない。
居眠りしそうなら、トイレなり人目につかぬとこへゆき、十五分ほど寝て目を覚ましてくるべきである。
それができぬから居眠り、うたた寝というのだ、とのご意見もわかる。
しかし、だからといっていかなる理由があろうとも、他人は居眠りする姿を見てどう思うか。
「居眠りを見過ごすと、見過ごしたわたしが、怒られたものなんだけど」
馬場さんがため息をついた。
「ねえ。やっぱり、同性から注意されたほうがいいと思うからさ、お願い」
むむ、とわたしが甘木君を見やると、はわぁふ、といたってのんきな様子で起き上がる。
「今度の仕事、彼もいっしょにやるんだけれど、そしたら居眠りなんて机でさせないからね」
凛と決意表明をした馬場さんである。
馬場さんも、過酷な勤務の経歴を経てきたお方である。
派遣勤務ばかりが長い彼らの思う過酷とは、雲泥の、天と地の底ほどの違いがあるのである。
とはいえ、馬場さんが甘木君に憤っているのは、居眠りしつつ、周りの外部のひとびとに、暇なんですよお、と吹聴していることなのである。
なら、なんで居眠りなんかしてる。 暇だと外部にこぼすなんて、新会社の体面だってあるんだから。
といった次第であり、
「なんか、ふたりでこうるさい小姑(小舅)みたいになりそうですね」
ふふん、と小鼻とんがらせて、
「誰かがいわなくちゃいけないじゃない」
とまっとうな顔ですましてみせる。
「投げつけて居眠りを起こす用の消しゴムのカスを、こしらえておきましょうか」
微力ながらお力になろうとの誠意を示してみたが、あまり理解してはもらえなかったようである。
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