「隙 間」

2009年11月25日(水) うたたねけしかす

(ねえ、ちょっと)

馬場さんが、秘めごとを打ち明けようとするときのように、わたしに耳を口元に寄せるよう手招いたのである。

少しだけドキリとしたわたしは、いやしかし何の打ち明け話だろう、と気を取り直して、言われるまま耳を寄せた。

(なんでしょう)
(あれ、何かしてくれないかしら)

振り向かず背中越しに指差したさきに、真綿にくるまるように、さぞ気持ちよさそうな顔で寝こけている甘木君の姿があった。

「ああ、沈没してますねぇ」

顔を上げて、わたしはぼそりとこぼした。

いろいろ、お疲れなんでしょう、と甘やかすことをいった途端、

「疲れていようと、周りの目も気にせず居眠りするなんて、許せない」

あいたたた。
そうきてくれたか。

わたしは、ぽんと額を打って嬉しい気持ちになる。

仕事中に人目のあるところで居眠りすることを、わたしは自身に関してだが、嫌悪感を持ち、忌むべきこととしている。

己への戒めである。

であるから、うたた寝に関しては敏感なのだが、他人様のことをとやかく言える体ではない。

居眠りしそうなら、トイレなり人目につかぬとこへゆき、十五分ほど寝て目を覚ましてくるべきである。

それができぬから居眠り、うたた寝というのだ、とのご意見もわかる。

しかし、だからといっていかなる理由があろうとも、他人は居眠りする姿を見てどう思うか。

「居眠りを見過ごすと、見過ごしたわたしが、怒られたものなんだけど」

馬場さんがため息をついた。

「ねえ。やっぱり、同性から注意されたほうがいいと思うからさ、お願い」

むむ、とわたしが甘木君を見やると、はわぁふ、といたってのんきな様子で起き上がる。

「今度の仕事、彼もいっしょにやるんだけれど、そしたら居眠りなんて机でさせないからね」

凛と決意表明をした馬場さんである。

馬場さんも、過酷な勤務の経歴を経てきたお方である。

派遣勤務ばかりが長い彼らの思う過酷とは、雲泥の、天と地の底ほどの違いがあるのである。

とはいえ、馬場さんが甘木君に憤っているのは、居眠りしつつ、周りの外部のひとびとに、暇なんですよお、と吹聴していることなのである。

なら、なんで居眠りなんかしてる。
暇だと外部にこぼすなんて、新会社の体面だってあるんだから。

といった次第であり、

「なんか、ふたりでこうるさい小姑(小舅)みたいになりそうですね」

ふふん、と小鼻とんがらせて、

「誰かがいわなくちゃいけないじゃない」

とまっとうな顔ですましてみせる。

「投げつけて居眠りを起こす用の消しゴムのカスを、こしらえておきましょうか」

微力ながらお力になろうとの誠意を示してみたが、あまり理解してはもらえなかったようである。


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