| 2009年11月19日(木) |
わたくし率イン、はあ? |
引っ越しの挨拶をしにお隣りさんを訪ねたとき、半開きの扉の向こうから、女性が「こんな恰好ですみません」と、そのくせ恥ずかしげな様子など見せもせず、それはごくふつうの服装に、コンビニくらいならそのまま出かけられるような身繕いだったからなのだろうからだけれど、決まり文句のようにわたしの「よろしくお願いします」との、何をよろしくなのかわからない、お前は「お味噌(醤油でも可)を切らしてしまったので、分けていただけますか」と、昭和の下町長家の風景でも再現するようなお隣付き合いでもするつもりか、と容赦ない指摘を受けるようなことを「よろしくお願い」する意味を、決して込めるわけでもなく、先方も、わたしの決まり文句に何の他意も含まれていないことを重々承知の上と判断して、ただ扉が閉まらないように、片手を突っ張るようにして支えていたその背後から、聴いたことのある音楽が、しかもわたしがなかなか好きな歌声が聴こえてきた。
「あ。YUI」
思わず声に出してしまった。 ええそうです、とはにかんで顔を伏せた隣人に、わたしは慌ててすぐに、余計な詮索をするつもりはないことを示さなければならないと思い、
「わたしも、好きなんです」
と告げてしまい、さらにややこしい解釈を産むようなことを口走ってしまったと瞬時に気づき、しかし、だからといってへたに取り繕おうとすれば、余計にどつぼにはまるだろうことは容易に想像がついたので、
「あ。すみません」
と、とくに何かに限定したものではなく、おしなべてあてはまるだろうことすべてを包括した意味で、すまないことをすますことにした。
すみません、とはなんと便利な言葉なんだろう、と今までもそう思っていたけれど、さらにさらに、その思いを反芻したのだったということをも、所詮は、勢いでくっついてきた「蛇足」であり、蛇の足よりも、尻尾にあたりそうな、そのうねうねとのたくるように、わたしの耳の奥のほうで音もなく、ひっそりととぐろを巻き上げていたそれは、まるっきり三半規管だかなんだかのように落ち着き払って鎮座ましましているようだった。
だから。
久しぶりにYUIを聴きびたることにした。
ただそれだけのことなのに、書店で川上未映子作品(エッセイだっただろうか)を立ち読みしたときの印象そのままに書き真似してみたらこのようになってしまった。
目下リハビリ中。
世間はまるっきり大蛇のようだ。
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