| 2009年11月11日(水) |
「真鶴」と真っ直ぐな思い |
川上弘美著「真鶴」
戸惑いました。
夫が、三歳になるかならないかのひとり娘と妻を残して、突然の謎の失踪。 残された妻が、それ以降の日々を過ごしてきたなかで、ついたりはなれたりするあやしげな存在の女との関係が、夫の失踪の理由を知る手掛かりだと思い、そしてやがて。
この作品。
これまでの川上作品に対して、わたしは「濃さ」や下腹の奥のところに溜まった澱のような、なまあたたかくて重たいようで、ドロリとしているようでさらりとすり抜けてしまうような感覚を、意識していました。
そこには「おそろしさ」のようなものはなく、なんとも不思議な感覚だけがあったのが、この作品は、違いました。
「おそろしさ」というより、
「うすら寒さ」
です。
主人公の京(けい)が、日々感じること。
それは、
娘の成長を、母として年月を経てゆく自分を、失踪した夫を求めつづける妻である自分を、女である自分を、
うすら寒さに鳥肌がたつほど、まっすぐな感情、それはおそらく、本来ならば母として女としてほめられるはずがないけれど、それだけ感覚に直結した思いが、つづられています。
女性が、とくに結婚している、子どももいる女性がこの作品を読んだら、どう感じるのか。
共感するのか。 嫌悪するのか。
読んで損はない作品だと、思うけれど。
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