| 2009年10月12日(月) |
「路上のソリスト」とその手で |
「路上のソリスト」
をギンレイにて。
名門音楽学校を途中退学したナサニエルは路上生活者となり、弦が二本しか残っていないバイオリンをひきながら暮らしていた。 記者でコラムニストのロペスが彼の音楽にその才能を感じ、コラムで彼をとりあげ、ふたりの関係は深まってゆく。
路上生活からナサニエルを引っ張り出し、その音楽の才能を世に出したいロペス。 統合失調症によって、不安定なナサニエル。
彼を助けたいのか。 助ける自分に酔っているだけなのか。
「RENT」をみて、路上生活の現実を忘れてはならない。
上野公園で、 不忍池で、
毎週末、炊き出しに列ぶひとたちの背中を追い越しながらみている。
一線を踏み出せば、わたしも列んでいたかもしれなかった。
冷暖房の利いた部屋での想像ではない。 崖の淵での、現実的な想像だった。
あのうすら寒さだけは、確かなものだったと信じている。
怖い、のではない。 寒い、のである。
寒さをしのぎあえる仲間がいるから、「RENT」は寒さを実感させずにすんでいるのである。
しかし、痛み、は残されている。
「路上の〜」に戻ろう。
この手の作品を観ると、無性に楽器がひきたくなる。
何かを作り出すことができない手でも、せめて音を作り出すことができる。
親の手は子への愛を生み出し、 夫婦の手は互いへの愛を生み出してゆく。
誰しもが、その手で何を生み出しているのである。
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