| 2009年09月07日(月) |
「童貞放浪記」そよ風に飛ぶ |
小谷野敦著「童貞放浪記」
たしかどこかの誌面で、今年映画化される、と書いてあったのである。
ようく、覚えておけばよかった、と思わされてしまった。
ひとが触れない身近なリアルを描いている。 だから、重みがあるのだ。
おや、ゆりかもめの羽根が揺らいだ気がするが、風でも吹いたか。 いや、気のせいだろう。 おやおや、文庫が飛んでいってしまったようだ。
物語ではなく、本自体が放浪にでかけたようである。
失敬。 どうにもムシの居所がよくないようである。
おお、かゆいかゆい。
それはタムシではないかっ。 (一同、拍手喝采)
女性には申し訳ないが、言わせていただこう。
童貞とは、もっと重たく、しかし足が地に着いてないような不安定であり、だから必死なようであり、しかし浪漫的であり、青臭く、汗臭く、なんとも愛しささえも抱かさせられる存在のようなものなのである。
それが「放浪」とまで表題されていたのだから、さぞ愛しげな物語であろう、とあさはかにもよく吟味もせず、手にしてしまったのであった。
ページを繰るのがもどかしく、はやくはやくと耐え急く己自身の姿が、滑稽に思えた。
森見登美彦氏の文体に似た観も若干あったので、そのように思い込もうと我が妄想力を駆使してみたが、やはり、無理であった。
mucho masturbation!
さらりと次にゆきたいと思うのである。
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