| 2009年09月06日(日) |
「凍りついた香り」と気づいた事 |
小川洋子著「凍りついた香り」
愛し合い、とても満たされたふたりであったはずが、調香師だった彼……弘之の突然の死を機に、涼子は弘之の真実である過去を知らされていなかったことを知る。
彼が残した、いくつかの「香りを求めるためのキーワード」をもとに、涼子が知らなかった過去の彼をたずねてゆく。
小川洋子作品の、この静イツな世界は、何人も侵すことができないくらいに、そこにある。
ここまで読んできて、その世界を表す端的なものを、ようやく気づくことができた。
じつはもの凄く、基本的かつ初歩的であり、扱いを間違えるとそれは小学生の日記に成り下がってしまいかねない、そんなものだった。
「風景や時間を鋭利な刃物で切り取った窓からそれを見聞きしているよう」
との印象をかねてから持っていた。
なぜ、その時点で気づかなかったのだろう。
もちろん、世界観や人物像におけるそれはある。
インタビューやエッセイ記事らを見たときの違和感にも、答えがあったというのに。
「謎は解けたよ、ワトソンくん」
ベーカリー街でマフィアにメチルアルコールをかけたのとバトルロイヤルミルクティーを手に、得意満面にうなずきたいくらいである。
正しくは、
べーカー街でマフィンにメイプルシロップをかけたのとロイヤルミルクティーを手に……
だが、その取り合わせが正しいのかどうかは保証しかねる。
さて。
心が静まり返っている。
大事な約束がある日に、目が覚めたら昼を回ってしまっていたときによく似ている。
神田川を聖橋から見下ろしながら、そう、思った。
有象無象のことごとくが、何ひとつ頭に浮かばない。
すべてにふたをして、ご丁寧に蜜蝋でぴったりと封印されてしまったかのようでもある。
果たしてこれは、いったい誰が打ち込むのだろう?
性懲りもなく、またこの問題にぶつかっている。
携帯でポチポチチチ、とやっているひとつを、すっかりその気になって、ノートに書いているのをずっと書いてゆくがままにして、それも打ち込んでいるつもりになっていた。
しかも、そう思う要因に気づいてしまった。
ずいぶんとキャラがかぶってきている。 どれも似た人物ばかりを書いてきたように見えるかもしれないが、それでも、別人物だという境界線はあった。
間にやはり、しばしおいているやつを再開し、それを挟んだほうがよいように思う。
いつのどの締切にどれを出すのかを踏まえて、だが……どのみちひとつは年末に決まっている。
似てきたふたつは、まあ、内容的に春あたりのが相応しいかもしれない。
きちんとまとまれば、の話ではあるのだが。
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