| 2009年08月31日(月) |
「此処彼処」とそこかしこ |
川上弘美著「此処彼処」 自伝的連作エッセイ、である。 このなんとも愛おしい感覚が、とてもうらやましく思う。
実際にある場所のことを、書いてみようと思った。
とあとがきにある通り、各題が具体的な地名や場所の名前がつけられ、そこにまつわる話が書かれている。 それらは著者の体験したものばかりである。
海外をのぞくと、八割方がわたしも訪れた、または縁がある場所だったのだから、なかなか面白い。 当たりがとてもやわらかくて、ほわり、としているように見せていて、そのじつ、幾重にもだんごのように重ねたかた結びの結び目のような頑固さやこだわりがあったりと、この人があってなるほどこれらの作品があるのだ、と深く何度もうなずいてしまう。
デビュー作がもし違っていたら、今の作風とは違ったものになっていただろう。
と言っている。
今の作風であってくれて、当人の希望はさておき、わたしはとてもありがたく思う。 ほかにいるだろうか。 このような作風の作家が。
月が不忍池にぷかりと浮かんだ。
台風の雨風もはや通り過ぎ、よよと池の端を回りながら帰っている。
ひんやりと湿った空気のなかに、動物たちの糞の匂いが鼻をくすぐる。
キリンやオカピやカバたちのものだろう。
買った瓶詰めのブルーベリージャムの香りを思い浮かべようと、鞄のなかに手を突っ込み、まさぐってみる。
そんなことをしてみても、封が開いてるわけではないのだから何の足しにもならないのだが、足しにならずとも安心感のような、勇気のような何かを与えてくれはしないかとすがりたくなるほど、匂いは霧のようにサラサラしっとりとわたしを包み込んでいるのだ。
瓶と蓋の鉄の匂いしか、伝わってこない。
しっとりとした匂いが、微妙なところで臭いにならないまままとわりついている。
いっそ強烈な臭いになってくれればよいものを。
これでは顔をしかめることも、鼻にしわを寄せることも、まして息を止めて走り抜けることもできない。
むずむずそわそわした宙ぶらりんの顔のまま、もくもくと歩くしかない。
「はん亭」の手前まできて、ようやく深く、鼻で息を吸った。
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