「隙 間」

2009年07月31日(金) 大森スクリーム

矢、尽き。
刀、折れ。

今宵、大森に落ち延びたのである。

そこには、ケイちゃんが待っていた。
夏バテにやられてしまっているのだろうか、明るめの茶にした髪が、なんだかすべてがか細くみえる。

それでもわたしに向ける笑顔は、健気にも明るい。

「楽しみにしてるから」

どんな顔をしていいのやらわからない、そんなはにかんだ笑顔で、うつむいた。

部屋に、ふたりきり。





「はい、どうもどうも」

「楽しみにしていた」はずのイ氏が、何やらすこし、毛羽立っている様子で椅子に座った。

もう、なんかね。
馬鹿になっちゃって、全っ然、読んでないんだよ。

そんな告白から、今宵の談義ははじまったのである。

リュウメイさんの話、解説し直してくれてるとはいえ、難しいですね。
原本なんかだったら、もう、それはそれはチンプンカンプンだよ。

少しずつ毛繕いされてゆくように、イ氏は落ち着いて座り直す。

今回は志賀直哉・小林多喜二の話がでた。

小林多喜二がメロメロに信奉した志賀直哉はね、金持ちのボンボンだったんだよ。

プ、プ、プロレタリア文学の小林多喜二が、ですか。



「ねえあなた。あのひととのお付き合い、差し控えたほうがよろしいんでないですか?」
「お前がどういおうと、彼、小林くんとの付き合いはやめんっ」

志賀直哉は妻にそう力強く答え、それを聞いた小林多喜二は、メロメロになり感涙にむせび泣いたそうである。



蟹工船。

が一躍脚光を浴び、ベストセラーになり、映画化までされた。

しかし、いうほどの盛り上がり熱は、本当にあるのだろうか。

熱があったとしても、それをエネルギーとしてどれだけのひとが活用、吐き出しているのか。

共感、感銘、不平、不満を抱えるだけなら、誰にもできる。

その熱は、たいがいがそのまま気化して冷めてゆくだけである。

冷めずにどうこうしているものがどれだけいるか、が本質なのではなかろうか。



現に今、「蟹工船」の話がでてきて「時差」のようなものを感じたと思うものがあるだろう。

それもまた、仕方のないことなのである。


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