矢、尽き。 刀、折れ。
今宵、大森に落ち延びたのである。
そこには、ケイちゃんが待っていた。 夏バテにやられてしまっているのだろうか、明るめの茶にした髪が、なんだかすべてがか細くみえる。
それでもわたしに向ける笑顔は、健気にも明るい。
「楽しみにしてるから」
どんな顔をしていいのやらわからない、そんなはにかんだ笑顔で、うつむいた。
部屋に、ふたりきり。
「はい、どうもどうも」
「楽しみにしていた」はずのイ氏が、何やらすこし、毛羽立っている様子で椅子に座った。
もう、なんかね。 馬鹿になっちゃって、全っ然、読んでないんだよ。
そんな告白から、今宵の談義ははじまったのである。
リュウメイさんの話、解説し直してくれてるとはいえ、難しいですね。 原本なんかだったら、もう、それはそれはチンプンカンプンだよ。
少しずつ毛繕いされてゆくように、イ氏は落ち着いて座り直す。
今回は志賀直哉・小林多喜二の話がでた。
小林多喜二がメロメロに信奉した志賀直哉はね、金持ちのボンボンだったんだよ。
プ、プ、プロレタリア文学の小林多喜二が、ですか。
「ねえあなた。あのひととのお付き合い、差し控えたほうがよろしいんでないですか?」 「お前がどういおうと、彼、小林くんとの付き合いはやめんっ」
志賀直哉は妻にそう力強く答え、それを聞いた小林多喜二は、メロメロになり感涙にむせび泣いたそうである。
蟹工船。
が一躍脚光を浴び、ベストセラーになり、映画化までされた。
しかし、いうほどの盛り上がり熱は、本当にあるのだろうか。
熱があったとしても、それをエネルギーとしてどれだけのひとが活用、吐き出しているのか。
共感、感銘、不平、不満を抱えるだけなら、誰にもできる。
その熱は、たいがいがそのまま気化して冷めてゆくだけである。
冷めずにどうこうしているものがどれだけいるか、が本質なのではなかろうか。
現に今、「蟹工船」の話がでてきて「時差」のようなものを感じたと思うものがあるだろう。
それもまた、仕方のないことなのである。
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