「癒し系天然実力派女優・綾瀬はるか」
のへそを、まじまじと見ていたのである。
キリン生茶の巨大広告看板が、二階窓席のちょうど道を挟んだ向かいにあり、否も応もなく、
クルン
と、目に転がり込んでくるのである。
へそは、「宇宙」である。
その宇宙に吸い込まれてしまいそうなほど、不思議な引力を持っている。
綾瀬はるかの宇宙ならば、吸い込まれてしまってもかまわないような気が、だんだんとしてくる。
胎内回帰である。
生命の神秘である。
その深奥には、けっして解き明かすことのできぬ真理が、哲学が、胎動しているに違いない。
宇宙を前に、すべての営みはその脈動の一にしかなり得ないのである。
胎児はへその緒を断つことにより、大宇宙の脈動の一からの分離独立をもって小宇宙となる。
そのはるか遠い記憶の名残を惜しむがごとく、へそを前にすると、緒をなくした今は、代わりに指を伸ばして大宇宙への回帰を擬似的に果たしたくなるのである。
看板であるから凹みはない。
その前に、都市の脈動たる通りを挟み、さらにその手前には、無色透明の浸透膜ならぬガラス窓が、それを阻むのである。
突き延ばした右の人差し指を、まずはまじまじと慰めと憐れみを込めて眺める。
やがてその行く先を右耳の穴に決め、うず巻きの形に沿ってなぞらせて、すぽりと落ち着かせる。
ここもまた、宇宙である。
カサカサと乾いた音が、わたしのあたまの深奥に揺れながら響いてきた。
|