「隙 間」

2009年07月20日(月) 「温室デイズ」と「チェンジリング」

瀬尾まいこ著「温室デイズ」

中学三年のみちると優子。
中学校生活という「温室」の日々をほのぼのと描いた作品。

ではない。
崩壊しはじめ、校内暴力、いじめ、それらが日常茶飯事のなか、ふたりをそれらの刃が襲いかかる。

別室登校、不登校児教室へと逃れる優子と、いじめに耐え、教室に残り続けるみちる。

スクール・サポーターという、最近採用されるようになった、教師ではない職員。

スクール・サポーター(SS)を「スペシャル・サンドバッグ」と呼び、暴行を繰り返す生徒たちと、それをどうにかしようとしない正規の教職員たち。

みちると優子は、それでも、大切な中学校生活をなんとかしたい、これ以上どうにかならないようにしたい、とそれぞれで元にもどそうとするのだが。

昨年の話だっただろうか。
深夜ドラマ(十一時頃からの)「LIFE」というもので、壮絶な現代のいじめと戦う女の子の物語があった。

あれは、途中の一話のほんの少しだけをみかけて、耐えられずにやめてしまった。

いじめをリアルに描く。

それは、おそらく不可能のように思う。

いじめを受けるものにとっては、それはリアルなんかであって欲しくないものであり。

いじめる側のものにとっては、それはリアルな感覚のものではないのである。

リアルに感じるとき。

それは、いじめているものが教室からいなくなり、次が誰か、自分かもしれない、と、わからないそのときだけなのである。

早々に別室登校、不登校児教室へとのがれていった優子は、つぶやく。

ドロップアウトする人間には、とことん、優しすぎる。
こうして顔を出して、ただぼおっと本を読んで過ごしているだけで、学校に通っていることと同じにしてもらえてしまう。

みちるは、あの教室に何があっても、されても、それでも通い続けているというのに。

「温室」は、過酷な密室でも、あるのである。

そして。

「チェンジリング」

をギンレイにて。

誘拐された我が子が帰ってきたと思ったら、それは当局が用意した別の子だった。
ロス市警はそれを認めず、訴える母親を「精神衰弱による保護を必要とする」として、精神病院へと監禁してしまう。
そこには、同じように警察に刃向かったり、警官の夫に暴力を受けたと訴えた女性たちが、閉じ込められていた。

やがて人道派の牧師たちによる働きかけによって、警察の不適切な措置が明らかにされてゆき、解放される。

がしかし。

児童大量誘拐連続殺人犯がみつかり、その子どものなかに、息子がいたらしい、との証言が。

殺人犯は捕まり、警察の不適切な措置が裁判により裁かれ、息子の消息、安否だけが、明確なものが何ひとつないまま、事件の幕は下ろされてしまった。

そうして、向かう結末は。

この作品。

子どもを持つ親の身にとっては、なかなかしんどい内容になっているように思う。

しかし、さすがクリント・イーストウッド。

最後に「希望」を、しかと残させる。

事実に基づいた物語。

であるのだが、事実のなかにも、たしかにある「希望」。

希望とは、ときにとても残酷なものとなりえる。
一度希望を抱いたならば、それを否定してはならない。
その途端、それは絶望へと十分に変わり得るのだから。


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