| 2009年07月18日(土) |
「キップをなくして」 |
池澤夏樹著「キップをなくして」
電車でキップをなくした子どもたちが、皆で共に駅で暮らす。 彼らは「駅の子」と呼ばれ、一部の駅員と関係者にしか気にされない存在となる。 駅構内のものはすべて無料。キオスクの品も飲食店も、店員は「駅の子」だとわかると無料にしてくれる。 そして彼らは、東京駅構内の「詰所」と呼ばれる部屋で遊び、勉強し、ラッシュの時間帯に彼らの仕事をしに都内の各駅に出かけてゆく。
「子ども」であるから、下は小学生から上は中学生までバラバラである。
上の子は下の子の面倒をみる、勉強を教えるなど、きちっとしている。
彼らの仕事とは。
ラッシュで子どもが怪我をしないように、迷わないように、サポートすること。
である。 降りたいのに大人の壁で降りられずに半ベソになっている子を、降ろしてあげる。 押されてホームの端によろめいた子を、手をつないで安全な真ん中に導いてあげる。
彼らの姿は、普通のひとには見えていても見えていないものとして接される。 一時的に時間を止める不思議な能力を与えられる。
彼らはなぜ、いるのか。 やがてそこから卒業、らしい時期がそれぞれに訪れるらしく、卒業する者からの引き継ぎのようなこともある。
いつ、誰が、どうして、なぜ?
「駅の子」たちの物語は線路のように続いてゆき、そして終着駅へと、いや、新たなる始発駅へと、向かってゆく。
なかなか面白い。
キップをなくしたから出られない? そんなことないよ。精算口でお金を払えば出られるに決まってるじゃないか。
彼らの存在意義を覆すことを口にした者がいる。 それを知らされても、出ていこうとする者はいなかった。
ここでやらなければいけないことがあるような気がする。
駅の子らは皆、生きている。 ひとりだけ、みんちゃんという八歳の女の子だけが、「わたし、死んでるの」という。
いつでもあっちに行けるらしいけど、まだ行く決心が着けられずにいる。
母ひとり子ひとり、だった。
まだたった八年しか、これから先、もっと色々な楽しいことや幸せなことだってあったのに。
そう胸を震わせている母親に、彼女は語りかける。
三日しか生きられなかった赤ちゃんに話を聞いたの。たった三日間かもしれないけど、泣いて、寝て、おっぱい飲んで、おしっこして、とても精一杯、過ごすことができたって、喜んでた。 たった八年、じゃないよ。これから先、なんかよりも、その八年、なんだよ。 だから、わたしを忘れて、悲しまないで。 だけど、忘れないで。
作中の時代設定は、まさに絶妙な時期である。
青函連絡船がまだあり、国鉄からJRに変わってまだ間もない頃。 自動改札ではなく、検札でキップがまだ厚紙で鋏をパチパチ入れていた頃である。
鉄道愛好家には物足りないが、登場する駅が山手線のわたしの馴染みある駅ばかりだったので、なかなか楽しめた。
正味三時間の鉄道物語、であった。
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