シュウゾウ氏と差し向かいで打合せをしていた。
「やばい、これじゃおさまんないじゃん」 「これを、こう、したらなんとかなりません?」「お、なるほど。さえてるねえ」
額がくっつきそうなほどの、まさに角突き合わせて、紙を挟んで互いにペンで差したり書いたりしている。
(じゃあ、この階は)
むむ。 シュウゾウ氏の声がフィルターで抽出したように、際立っているが、しかし不自然にどこかがぼわんとしているように聞こえてくる。 これは、マズい。
(こうなっちゃうのかあ……)
動け動け動け、 止まるな止まるな止まるな、
(どうしよっか……) (そう、ですね……)
指一本、には、神経が届かない。 前屈みで突いてる肘に、力を入れ、
(じゃあ、こう、したら……)
肘が上がった、ペン先を伸ばして……。
「あ、やっぱり駄目でした」 「うぅん、悩むよなあ……」
よいしょ、と体を起こしたわたしは、シュウゾウ氏と同じように腕を組んで、あごをひとさすりする。
()の会話は、わたしが落ちかけている、もしくは落ちている状況での会話である。
そう。 会話ができているのである。 しかし会話をしていても、複雑なものはできない。
かつて、いたくまともな意見をされてうなずかされた、といわれたことがあったが、たまたま、だろう。
とにかくマズい。
まだ昼日中である。 追訳しようにも、空であった。
「なになに。くろ……がい、し?」
笹氏がわたしの手元をのぞき込んで、読み上げた。
ヤバいヤバいヤバい。 いつの間にやら、メモ書きしてそのまま落ちていたらしい。
「なんて読むの」 「ヘイハイヅ、らしいです。中国語なので、日本語だと何て読めばいいのかは、ちょっと」 「なんだか難しそうに考え込んでるみたいだったからさ」 「読めなかっただけ、です(笑)」 「何なの、それ」 「難しくて、よくわかんないです(笑)」 「何だよそれ(笑)」
ヘイハイヅとは黒ガイ(子に亥)子と書く。 一人っ子政策(正確には、政策として施策されたことはなく、子が少ないことを推奨する、というかたちをとっている)の弊害として、二人目以降の子を産むには莫大な届出料(許可?)を支払わねばならない。
第一子が女の子で、農家の跡取りが必要である場合などの例外は認められている。
莫大な金を払うことなく、つまり、出生届を出さずにそのまま産み育てられた子たちのことである。
村の人口が百人と記載されていても、実際は三百、四百人が暮らしていたりするのである。
ヘイハイヅたちは、この世に認められていない存在である。 したがって、学校医療などの公的なものが受けられない。 就職などももちろんである。
都市で働く場合には、必要な「労働許可証」を偽造してでも手に入れなければならないのである。
近年の日本以上の少子高齢化問題を前に緩和傾向があるらしいのだが、現実と公的資料の食い違いが、もちろんそこにはある。
「小皇帝」「小皇后」と呼ばれる子どもの人格形成問題や、ヘイハイヅたちの多くが行き着くのが黒(裏)社会の人間か売春婦だという問題が横たわっているのである。
そんなメモはさておき。
そんな思索にふけるわたしの脳を、わし、と直手に包んでいる輩がいる。
いつでも握り潰してやれるんだからな。
と。
くしゅ、と握られれば、たちまち落ちてしまう。 どこかで保っておかなければならない。 知るひとがいないところまでは。
|