「隙 間」

2009年06月26日(金) モガチエコ、塵芥とダサい文士

今宵は大森であった。

イ氏に、なにはともあれ開口一番、

「観ましたよ、テレビ」

当の本人は、「え。僕は観てないんだよ」と、なんとも気の抜けた反応である。
今日の付き添いは不死鳥さんではなく、うら若きヤスダケイ女子であった。

たいへん久しぶりである。

ヤスダさんは若いからなのか、もとより真面目だからなのか、わたしがイ氏と、まったく関係のない話を延々、滔々と話し出しても、脇椅子にちょこんと座って、耳と笑顔を傾けていてくれているのである。

不死鳥さんであったら、「どうぞお話を楽しんでくださいな」とにっこりと室を出てゆく。

さてなんのはずみだったか定かではないが、高村光太郎とチエコさんの話になった。

なっただけならよいのだが、わたしは高村光太郎がかのロダンの弟子であったことを知らなかった。

わたしは、「実はわたしは、高村光太郎の名前程度しかしらないのです」と謹厳実直にイ氏に告白したのである。

そうして、チエコさんは、なにで亡くなられたのでしたっけ。結核、肺病の類いかなにか。

と訊ねてみると、イ氏はすぐに笑って否定したのである。

「違うよ。あれは失調症だね」

ほう、と膝を揃えてみる。
ヤスダさんも神妙な表情をして膝に手を揃えて伺っている。

高村光太郎はね、そりゃあもう、チエコさんにあれやこれや、カラダを猛烈に求めてて、チエコさんはそれを拒んでたんだよ。

ああ、愛の裏返りですか。
そうなのかわからないけど、イヤよイヤよ、を省みずにいたら、たまらないでしょう、イヤだと云ってる女性としては。

「それで統合失調症になっちゃったんですか」

ヤスダさんがクリクリした目で、イ氏に訊ねた。
素の顔でなかなか好感の持てる訊ね返し方をする。

「それは僕よりも、女性のキミのほうがわかるでしょう。どうなの?」

イ氏が、ややもすればそれはセクシャルハラスメントととられかねない、とわたしを内心ハラハラさせることをヤスダさんに返す。

ええっ、それは、ちょっと、私には。

ごにょごにょと顔を赤らめて笑ってごまかす。

「チ、チエコさんって、素朴な感じの女性だった気がするんですけど」

わたしはイ氏に訊いてみた。

グーグル画像の出番である。
イ氏の手によって呼び出されたチエコさんのモノクロ写真が、皆の目を集める。

素朴、ていうか、けっこう「モダン・ガール」だったんだよ。
「モガ」ですか。
そうそう。

モノクロ写真のチエコさんは、今でいうところの「モった」髪ですました顔をして、こちらではないこっちのほうを見ている。

「作家や芸術家なんて、二十代三十代でどれだけ女にモテたか、ていうことを物言わせてるんだからねえ」

「はうっ」
「そんなの、訪れたことありません」

さきの「はうっ」はわたしが声に出した悲鳴であり、それに隠れるように漏れだしていたのは、ヤスダさんのつぶやきであった。

「太宰が亡くなったのって、三十六、七だったよね」

先日の二十三日だったように思う。

「あなたの歳からあと何年かしら」

どうなの。いいの書いてるのかい。
書いてますよ。その歳までに、どうにか「いい」と自分で思えるものを書けるようになりたいですね。
読むんだから、書いたら早く持ってきなさいな。
その前に、モテたいです。

はっはっは。

しまった。
ヤスダさんがいたことを忘れていた。
みっともないではないか。

女性にモテる前に、できれば文芸界の審査員に惚れこまれねばならないのである。

ストイックなこの姿を、孤高な姿勢を、見せねばならない。

文士は食わねど原稿用紙

である。


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