あ、いたいた。
なにがいたのだろう、と顔をあげると、
にーさんっ。
わたしは嫁にいった姉がひとりいる弟であり、この年になるまで腹違いだの生き別れただののわたしの弟という存在を、ついぞ聞いたためしがない。
にーさん、お久しぶりです。
だからご無沙汰になっているような弟なぞいない、と否定したい気持ちをぐっと押さえ、代わりにあごをあげてみせる。
前の勤め先の後輩であり、今の勤め先では先輩である予行地であった。
やあやあこれはこれは、とご無沙汰の非礼を詫びる素振りだけを鷹揚にしてみせる。
いやいやこれはこれは、と気にすることなど微塵もみせずに、互いが互いを歯牙にかけることもなく、ひと通りの挨拶儀礼を投げやりあう。
なんの物件をやってるんすか。 えっ。 すごいじゃないすか、超話題物件じゃないですか。
言われてはたと気がついた。
なるほど、たしかにそうかも、とピントの合わない返事に、予行地はさらにたたみかけてきた。
前やってたやつだって、そうじゃないですか。
またまた、ふむそういえば、なるほどなるほどたしかにネーム・バリューだけはすごいかも、と感心してみせる。
しかし名前は出ないし、と口答えもしてみる。
いやあ、すごい出世じゃあないですか。
予行地よ、勘違いしてはならない。
これは皆、上司である津市のなさるわざなのである。
虎の威をかる狐
どころじゃあない、「鼠」だよ。
あっはっは、と共感の笑いをあげ、
明日昼飯いきましょうよ。
と誘われた。
すかさず「応」と素直に答えるのも釈然としない気がしたので、とりあえず、とぼけてみた。
とりあえず、は、とりあえず、である。
とりあえずだから、それがわかっている予行地はそれにとりあわず、
じゃあ明日、いつもの場所で。
と去ろうとする。
いつも、といっては、いつもに対して甚だ申し訳ないが、三度重ねればそれはもう、いつも、に対しての面目もたつだろう。
明日はその、いつも、の面目躍如とゆきたく思う。
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