池のみなもを渡る風がなまあたたかく、まるで猫の舌のように、ざらりとわたしを舐めまわしてゆく。
関東地方ももうひと晩ふた晩で、梅雨入りらしいことをネモミから聞いた。
裾が腿にまとわりつく、あの感覚こそ猫の舌のように思い、それが愛情表現ではない不快なものとして感じられる時候になりつつある。
猫のように足音を忍ばせて夜道を歩き帰っていると、思いのほか野球の素振りに励んでいる姿を目にする機会が多い。
それは熱心に、そして寡黙に、おそらく中学生のようだったり大学生のようだったり、それなのに皆一様にバットを振り回し続けて夜の一角をわがものとしているのである。
背後から素振りのタイミングをうかがいつつ、そっと通り過ぎようとしていると、彼は突然、バントの構えをしたのである。
一度ならず、二度三度、とまだまだ繰り返そうとしている。
片足をひょいとひき、ありもしない向かってくる球を、真摯に、丁寧に、包むがごとく受け止める。
膝はやわらかく。 しっかりと当たるまで、 目を逸らさない。
納得のバントができたらしいときには、彼は、うんうん、と、膝のやわらかいクッションを存分に発揮させてひとりうなずいていた。
うかがいつつ、うかがったままでどうしようもなくなっていた背後のわたしに気がついても、彼はそれをやめなかった。
ヒュォン、という懐かしい音を彼に期待するのをやめ、わたしは通り過ぎることにした。
彼はまだ、音のしない素振りを寡黙に、真摯に続けているのだろうか、静寂の夜の一角のなかで。
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