| 2009年05月24日(日) |
湯島天神大祭と「その土曜日、七時五十八分」メイビー |
湯島天神大祭である。
梅雨
とはよくいったもので、まさに湯島の梅園をしとどに濡らしていた雨はすっかりあがり、ただ葉に鮮やかさを与えたに過ぎなかったのである。
雨上がりのむせかえるような蒸し暑さはなく、むしろ涼やかにさえしてくれいたのである。
まずは男坂から境内にあがってゆくと、神輿がまさに入内してきたところであった。 両側は露店が並び、ことさらに幅が狭くなっている。
逃げ場はない。
ぴたりと店に張り付き、神輿をやり過ごす。
っせい、っせい。
後にはまだまだ次のとその次の神輿が続いている。 どうにか参道に逃げ出し、露店をぐるりと物色をすます。
物色した裏参道のひとつの店でお好み焼きを購入し、パキンと割り箸をくわえる。 もちろん路上で立ち食いである。
……っせい、っせい。
かけ声が近づいてきたのである。 まさか、と思ったのもつかの間、すぐそこに払いをすませた神輿が、こちらに向かってきたのである。
境内よりかは広いが、やはり露店が両側を占領し、逃げ場がない。
しかも、お好み焼きをかじりかけているのである。
おろおろと右か左か、露店同士の隙間にでも逃げ込もうとまごついているうちに、
っせい、っせい。 っせい、っせい。
うぎゃあぁぁぁ。
危うく、スーパーボールすくいの流水に、わたしのかじりかけのお好み焼きを流してしまうところであった。
次に巻き込まれ、今度は神輿といっしょに、っせい、と担がれないよう、大急ぎで平らげる。
表参道に戻り、ニシン蕎麦の名店、そして鳥料理の鳥つねを抜けると、そこが神輿の溜まり場になっていたのである。
皆、おのおのの神輿を置き、休んでいた。
祭りの風景、空気、がそこにある。
やはり、祭りのある風景は、よい。
「その土曜日、七時五十八分」
をギンレイにて。
これはもう、ヒドいどろどろでもなんでもない作品である。
特に取り立てて述べるまでもないので、これまでにしておこう。
さて、ギンレイの上映後、飯田橋ラムラで小用をすませ、ふう、とひと息ついていたのである。
「Hey! Hey! Hey!」
でかいザックを背負った青年が、何やらわたしのほうへやってきたのである。仮にマイケルとしよう。
「music champ?」
マイケルにはわからぬだろう下の合い言葉を、もちろん頭の中で答えてみた。
「Hah,hah!」
頭の中のマイケルは、両手を広げて涙目で笑っていたのだが、目の前のマイケルは、当然ながらそのようではなく、なつっこい顔をしてわたしに紙を見せびらかした。
「Can you speak English?」
いんぐりっしゅ、断じて、ノー、である。 しかし、ノー、と答えられるなら、少々のイエスではなかろうか。 いや。 イエスとは答えられるはずがない。
マイケルは、「オーケー、オーケー」と、とにかく話を聞いてくれ、と紙切れを指差す。
さてここで、英字からかな表記にさせていただく。わたしの力不足のせいではない。英字の力不足たるがゆえんである。
「ここに行きたいんだけど、どこかしらん」
地図であった。 そして指差していたのは、まさに日本語の地図。 しかし、今いるここ、に違いなさそうなのである。
「ここ、だと思う」
万が一誤りであっても、マイケルひとりなら、異国の街をしばしさすらうもまたよいことであろう。
「え、本当に」
聞き返されると、ちと疑心暗鬼にかられる。
「た、たぶん、ここの上」 「ここの上、ここの上なんだね。さんきゅう」
マイケルはくるりと翻して、わたしからは見えないすぐそこの角の向こうに去っていった。
「この上だってさ。この上」 「この上だって」 「本当に」
なんと、向こうに仲間のダグラスやジェシーやテッドやダンカンやベッキーらが待っていたようである。 わたしは慌て叫んだ。
「たぶん、たぶんだから。たぶん、だから」
マイケルが続いて、付け足した。
「たぶん、だってさ」 「オーケー、わかったよ。じゃあ、上に上がってみようか」
やれやれひと安心である。
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