「隙 間」

2009年05月15日(金) 女の描き方

今宵は、大森の街に参りました。

先日から二十日とあけてしまいましたので、いくばくかの不安のようなものと、焦燥感のようなものが、魚の小骨のように、チクリと引っかかっておりました。
お膳があれば、とりあえずゴクリとひと口、飲み込んでいたかもしれません。

ないものは仕方がないので、かわりに生唾をゴクンとしてみるよりほかなかったのです。

さてそんな些末な私事よりも、話を進めてよござんしょうか。

進めたところで、皆々様におきまして特筆となるべきことは何ひとつございませんでしょうが、ここはひとつお付き合いくださいませ。

前触れなく訪ねるのは無礼というくらいの甲斐性はございます。
しかし、毎度のことながら訪ねる直前にならないと便りをいれないのは、もはや私の宿命、三つ子の魂百まで、といったところでしょうか。

今からお伺いしますが、よろしいでしょうか。

よろしくない、との返答はよもやくるはずもない、とすっかり高を括ったもののようですが、括ったものは急に解くことが難しいものでございます。

今から一寸で着きますので、どうぞよろしう、と取り付けたのでございます。

火ノ鳥さんにあたたかく出迎えていただき、「センセがすっかりお待ちですよ」と、まるで、風邪で休んだ我が子を級友が給食のパンを持って訪ねてきてくれたときの母親のようです。

あいにく私は、揚げパンも、きな粉パンも持ってきてはおりませんでした。ましてや、デザートのプリンやみかんもございません。
室をくぐると、はたして待ち構えていたかのように、「こんなの読むかしら」と、イ氏が本を手に迎えてくれたのです。

読むも読まないも、まだ先日のが読み終えておりません。

イ氏がわくわくと手にしていたのは、永井荷風先生に関する評論本でした。

荷風先生は、恥ずかしながら、墨東奇憚しかまだ拝読いたしておりません。しかもつい先日のことでございます。

作品よりも、荷風先生が馴染みにしていた蕎麦屋の方が、まだ親しみが多うほどでございます。

さてそこから、いつもの如しと、今宵は荷風先生と谷崎潤一郎先生のそれぞれが描く「男と女」像に矛先が向きました。

谷崎は「女」を描いていても、結局は男の「男」を描いているんだよ。

なるほど。
たしかに、どんな美女や少女や淑女を描いていても、どれもこれもそれを見たり妄想したりしている「男」の情念や妄執や偏執ばかりが目立つのでございます。

荷風は「お坊ちゃん」で書いてなくても暮らせたし、戦争を境に、すっかり何かを計る物差しが燃えちゃって駄目になっちゃったけど、芸術家肌だよ。

批評批判すべきものがさきの戦争で灰に帰し、復興の時期はまさに「何でもあり」だったため、何を基準に、どこに立って、物言えばよいかわからなくなったのでしょう。

しかし、墨東奇憚におきましては、男が語る「女」なのは谷崎先生と同じにしても、男の情念や妄執や偏執の類いの色窓を感じさせないのです。

そんな四方山話で半刻は経っていたでしょうか、それじゃあ、とようやく席を立ったのでございます。

「京都からのお客さんは、結局浅草にしたの」

イ氏は、ちゃあんと覚えて心配していてくれたのでございます。

どうやら十分に満足してもらえたようです、と答えると、「それはよかった」と恵比寿顔になってございます。

清算を済ましていると、火ノ鳥さんがニコニコとやってきて、「いつも楽しそう」と肘をつついてきました。
領収書を切った受付のお嬢さんがたに、「長居してあいすみません」と頭を下げてみると、「いえいえ、ゆっくりお話ができて機嫌がよいんですよ」と。

芝大門のときには待合室にひとがあって、とてもこのように、まさに「腰を落ち着けて」話することはできなかったのでございます。

「こっちを開院してよかった」

とは、火ノ鳥さん曰わくところのイ氏から聞こえた独り言だそうでございます。

ならば、と、

「女の子を早く帰らせてあげないといけないから、と、いつも気にかけられてるのに、申し訳ありません」

イ氏の、皆へのささやかな思いやりを代弁させていただいたのでございます。

まったく私は、何をしに通っているのでしょう。

長々とお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
あとがおつかえになられているでしょうからこの辺でお暇させていただきとうございます。


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