見事な虹だった。
まずは周囲の人気がなくなり、ちらほらとその人気が回復しだしたとき、
「もの凄かったねえ」
と口にする姿が目立ちだす。
何が「もの凄かった」のか、一時雨のあまりの激しさだったのか。
「すごい綺麗でしたよ。見といたほうが、絶対、いいですって」
衝立の右向こうの可憐な女子が、そう、向かいの、つまりはわたしの右隣の、笹氏に促す。
すわ、と笹氏は立ち上がり、姿をくらましてしまった。
女子は、甘露をまとった瞳で、わたしを向き、
「本当に、綺麗だったから」
と、さらに促す。
ああ、どんな美しさでも、貴女のその、ヴィーナスが生まれたはじめての朝を祝福するような朝露を湛えた瞳の前では、すべてはかすんでしまう。
詩人であるならばそうひざまづいて、手の甲に唇を添えんとするかもしれない。
しかし彼女がまことに残念だったのは、わたしが詩人ではなかったことである。 さらに残念だったのは、彼女は至って普通の立ち居振る舞いであり、それをわたしが妄想として過大に脚色して興じているという、ほどをはるかに超えてしまっている、おめでたいヤツ、であったことである。
しかし、わたしは甘露が地に滴り落ちてしまわぬよう、手を差し伸べないわけではない。
落ちてきたぼた餅は、茶を入れてきちんと美味しくいただくわたしでもある。
「虹ですよ、くっきり、信じられないくらいに綺麗な」
甘露にかかる虹の橋。
ならば、と腰を上げ、決して積極的には見えぬよう、しかしかき消えてしまわぬかはらはらの内心を押し隠して、どれどれ、と見に行ったのである。
まことに、見事な姿だった。
レインボーブリッジのたもとから宙天をめざし、くるり、と大井埠頭の口に消えてゆく。
まるで合成写真のようであった。
虹とは、字のごとく「虫」の一種である。
虫といってもそこらの蟻や蚊のならびではなく、竜や麒麟らとならぶ生き物である。
尺取り虫かと手を伸ばせば、たちどころに空を七色の光の尾をひきはるか彼方に消えてしまう。
消えてしまう前に、とらえることができた。
玄妙なるかな。
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