「隙 間」

2009年04月03日(金) 砂糖菓子の様な女子と醸し出す

 今朝は田町駅での人身事故の影響で、もの凄いことになっていた。

 駅のホームは、扉を開けて停まったまま車内がスカスカの山手線と、向かい側の京浜東北線を待つあふれんばかりのひと、ヒト、人。

 おくれてようやく電車がきても、それはもうすでに超満員状態。

 わたしは辟易して、とうとう入ってきた改札から引き返してしまった。

 谷中霊園の桜並木は八、九分咲きで、ゆるゆると桜のアーケードをくぐって、しみじみ眺めてなぞしてみた。

 うん、そうか。
 それじゃあ地下鉄で行こう。

 なんだか、ゆるうい、一日の始まり。
 なかなかよいものである。

 さて、夜は会社帰りに大盛……いや、大森である。

 血液検査(再検査)の結果が出た。まあ、やはりコレステロールは高いのはやむを得ない。
 しかし、何もせずにいたのに二週間ばかりで下降していた。

 それよりも楽しみなものが、今夜はあったのである。

「動脈硬化が短時間で簡単にわかる」

 という検査装置を試させてもらうことになっていた。

「じゃあ、緊張しないで、ちょっと服をはだけて横になってくださいね」

 田丸麻紀、保田圭似のうら若き女子が、わたしに微笑む。

 手足を拘束され、はだけた胸元に手を入れられて、

「ぴゃっ」

 と思わず声を出してしまった。
 ふふ、と気にした様子もない。

 しかし、わたしはもっとべつのことが気になっており、実のところ、革靴をぬぎたての、しっとりとしたわたしの素足が、あらぬ香りを醸し出しているのではないか、と心配だったのである。

 なぜかわたしのほうが、息をとめてしまっていたりもした。

「楽にしていいですよ」

 いや。
 ここは大人の礼儀作法である。

 嗅いで嗅いでおらぬふり。
 嗅がせて嗅がせておらぬふり。

「はい、もう結構です」

 そしらぬ顔で、そそくさと衣服を整える。
 結果は出力して持ってゆくので、イ氏の部屋へどうぞ、とのことばに従う。

「いやあ、桜庭一樹。読んじゃったよ」

 イ氏が満面の笑みで開口一番。

「ななかな、ななかか、なななか、ですか」

 正確には「七竈(ななかまど)」と言いたかったのだが、舌が回らない。
 それで諦めたのだが、イ氏には伝わったらしく、

「いやいや、砂糖菓子、のほうだよ。なかなか、面白かったよ」

「推定少女」が、直木賞を「夜の男」でとる直前の作品として勧められるが、

「いや、そっちよりも、砂糖菓子のほうがいいと思うねぇ」

 そっすか。
 そうだよ。
 桜庭一樹って、タレントの千秋に似てませんか。
 そうだね、そういえばそうかもしれないね。

 感想を聞いていると、

 村上春樹っぽい感じですか。
 ああ、あのじれったい感じ、似てるかも。答えがわかってるのに、なかなか進めない感じ、かもね。

 そんな話で盛り上がっている最中に、先ほどの女子が、じっとイ氏とわたしの間に腰掛け、話を聞いている。

 このひとたちは、診察しないのかしら。

 不思議に思っているのが、様子でわかる。

 いつもこんなものです。
 慣れてください。

「じゃあ結果は」

 女子から渡された、先ほどの検査結果を唐突にしだす。

「いい血管だね。悪いところはまったくなさそう」

 それはよかった。

 じゃ、コレステロールの薬だすから、書類はこれに書けばいいのね、とスラスラ処理してもらう。

 一時間半をとうに超えている。

 長居しすぎである。

 ふと動脈硬化の検査結果表をみると、

「年齢、四十二歳」

 となっていた。

 あぎゃ。

 である。
 やはりわたし素足が醸し出した香りが、女子の判断力を惑わせてしまったようである。

「あっ、すみません。入れ直します」

 慌て機器の室に駆け戻る女子。

「すみません。入力し直しても、なぜか直らないんです」

 生年月日は正しく直されていた。
 しかし。
 年齢は変わらず「四十二歳」のまま、それを上から手書きで書き直してくれていた。

 惑わせたのは女子のほうではなく、直接素足に設置された機器のほうであったようだ。

 どうしても認めようとしないらしい。

 帰ったら、たわしでゴシゴシ洗ってみよう。
 軽石でも、ガシガシ洗ってみよう……。


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