朝の通勤電車、もちろん、たいへんに混み合っている。
とはいえ、手を離した鞄が落ちずにいる、という混み具合ほどではないが、足の踏み場を変えることができず、「くの字」の体勢のまましばらく耐えねばならない程度ですんでいるのだから、やや混んでいるていった程度であろうか。
そんななか、わたしはやや「くの字」にエビ反った体勢を維持しようと、吊革に、まさにぶら下がっていた。
揺れる反動を利用して地に足をつける機会を、なんとか得ようとしていたのである。
おお、揺れた、今だ。
ばたばたと皆が体勢を崩し、そしてそれを立て直すどさくさに紛れて、知らぬ紳士の股に挟まれていた足を引っこ抜き、胴体の真下に、ようやく、帰ってきた。
ふう、とひと息つく。 すると、人垣の向こうの、さらに根っこのほうから子どもの泣き声が聞こえてきた。
「いたいよ゛ぉ。 いたいぃ」
姿は見えぬが、声で察する。
母親とどこかへ遊びに出かけようと、この時間にこの電車に乗り込んだのだろう。
この人混み。 通勤鞄は、子どもの顔の高さである。 いや、それでなくとも、情け容赦なく、なんだすき間があるじゃないか、と、子どもの頭上の空間を見て押し寄せようとする。
泣き声が響こうとも、庇おうと思えども、動けないのだ。
「子どもがつぶれちゃう、押さないで」
母親ではなく、他人の男性の声があがる。
しかし皆、どうにも動けないのである。 車内の反対の端から順に寄せてでもゆかない限り。
もうすぐ秋葉原である。 ヨドバシが見えた。
減速し、皆が一斉に、前方へとよろける。
ほうっと、車内に安堵の息が立ちこめる。
泣き声は、やんでいた。
通勤時間の、まさに思わず息をのんだ一幕であった。
わたしは神田を過ぎるまで、今度は横に「くの字」で耐えねばならなかった。
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