「ほんっとに、お前さんたちはもうっ……」
原監督の、あの表情。
やっぱり「若大将」。 膝が、うち震えた。
イチローも、やっぱり「おりてきた」だけの、それに値するものを持っている。
田中斉藤両投手の甲子園でのかつてのドラマ。
「マーくん、神の子、不思議な子」と野村監督に言わしめた記憶もまた、ある。
内川選手のレフト線長打をショートバウンドでナイスキャッチしたのも、ふわりと、まさに落ちるような安打が続いたのも、意志や技術のレベルではない。
意志や技術で語れば、決してショートバウンドに滑り込んだりはしない。
おそらく、気がついたら滑り込んでいた、という感覚。 頭ではなく、体が勝手に処理し、頭はせめてそれを邪魔しないように、無音、静止の世界になっていただけだろう。
ゆるやかに飛んでゆく白球が、誰もいない、手が届かない空白を通り抜け、落ちてゆく。
それは努力や技術ではない。
なるべくしてなる。
努力や技術をないがしろにしているのではない。
それまでに、真摯に、絶えずたゆまず、そうなるべきもの培ってきたからこそ、の話である。
「頭の中で実況しながら」
も、無我である上に、我がかぶさったのだろう。
私が私の肉体を所有している
感覚ともいえるかもしれない。
まさかここで繋がるとは、無論、意味合いは違うことをご理解いただきたい。
さて、野球話で眠っているのがあるが、それはまた別の機会に。
今はとにかく、侍ジャパンのくれたものに、酔おう。
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