近所に、なぜかヒマラヤ杉が一本、立っている。 三つ叉のその突端に、平屋の古い木造家屋を庇護するように。
そこはお婆さんがぼそぼそとパン屋という名の生活雑貨屋を営んでいる。
牛乳瓶入った小さな冷蔵庫、洗剤、菓子パン、縄跳び。
昼間に一度、コーヒー牛乳(もちろん瓶の)をいただいたことがある。
「すみませえん。お勘定いいですかあ」
ウサギが昼寝から覚めるくらいして、奥からゴトゴトとお婆さんが出てきた。
「あ、自分で開けますから」
小銭でちょうどを手渡すと、
「瓶はそこの脇に立てといてくださいね」
登山をするようにタタキを這い上がり、いなくなってしまった。
ぷしゅ。 ごく、ごく、ごく……。
カタン。
ケースにぽつんとひとつだけ置かれる音が、しんとした室内に響く。
「ごっそさまでしたあ」
ガタガタ、ガラガラガラ。
年季の入った引き戸が、おうい出てかないでおくれよお、と訴える。
わたしだって、ひとりきりで閉じ込められるのはイヤだよ。
そんなことを思い出す。
宵闇に戸はぴったりと閉ざされていた。 物音ひとつ、聞こえてこない。
鬱蒼と頭上に枝を広げるヒマラヤ杉に手をあてる。
ザワザワザワ。
夜気に冷えた樹皮が、ざらざらと懐かしかった。
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