小川洋子著「海」
短編集なのだが、「ガイド」がわたしにとって秀作だった。
ガイドが母の少年とツアー客の老人が出会う。老人は職業を、元は詩人だったがやめてしまって今は「題名屋」だという。 思い出に、それにふさわしい題名をつけてやる仕事。 題名のない思い出は忘れ去られやすいが、題名があれば、それは忘れにくく、また思い出しやすい。
そして。
「詩など必要としないひとはたくさんいるが、 思い出をもたないひとはいない」
グサリと、くる。
「HOW TO」本を必要とするひとはいても、 小説を必要とするひとは少ない。
である。
著者もそれに触れ、苦笑いしている。
しかし少なくともわたしは小川洋子作品が、好きである。
日常のなかの、ありふれた満ち足りているなかに潜んでいる不完全さ、である。
その不完全さが、とても触れがたいほどの聖性をおびた、愛しいものとして描かれている。
これほどまでの力を孕む言葉たちを紡ぎ出すことが、できるのだろうか。
いや、やらねばならないのである。
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