試合開始の二時間前には、いつもの水道橋のカフェに入る。
イチローは、やってくれた。
二打席目のバントのことである。
打席に入り、いつもの儀式の、構えながら投手を見据えるところ。
チラ、チラ、と左右に視線が振れる。 そしてやけに神妙な間。
「コツン」
思わずわたしは苦笑いをしてしまった。
じつは一打席目、きれいなライト前ヒットを決めたとき、湧き上がった歓声のなかでわたしは、真逆の苦笑いを浮かべていた。
たかがヒット一本出ただけでこの歓声。
イチロー本人は複雑だったのかもしれない、と思ったからである。
彼は、とことん、プロとしての姿を突き詰めている。 いくら不調と周りから騒がれ心配されていようとも、こんななんともない普通のヒット一本で、ここまで歓声が上がってしまったか、と。
それなら次は、相手も味方も観客さえも意表をつき、なおかつ相手チームのペースを崩しつくしてやれることをしてやろう。
そう思いついたのかもしれない。
普通、復調の一本が出たら、さらに勢いづかせる意味もあって、さらにきれいな一本を続けよう、と思う。
次もヒットが打てるのかどうかの不安を払拭したくなるからだ。
イチローは違う。
たかが次の自分の一打席のために、とらわれない。 強打し、仮に本塁打を打ったとしても、一瞬で相手の士気をくじくだけである。
投手交代を早まらせ、立ち直る、切り換える間と機会を与える。
勢いをまだまだ持続させて、相手を追い詰め、さらに味方の勢いを一過性のものではないものにする。
あのバントは、一度限りの一手だっただろう。 失敗したら、その姿勢を見せるだけでも、十分な意味がある、と。
結果論だが、なんにせよ、日本の勝利を喜びたい。
そして、珈琲一杯で六時間弱、くつろがせてもらった店に、感謝する。
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