仕事帰りの品川駅――。
いつもとは違うホームに、わたしは立っていた。 線路の向こうに緑色の列車が滑り込んできては、人を吐き出し、すぐにまた飲み込んで走り出してゆく。
ぐるぐると同じことを繰り返しながら、同じところを回り続ける。
わたしはいつもその中にいた。
だけど今は違う。
青色の列車がわたしが帰るべき方向からやって来て、目の前に扉を開けて待ち受けていた。
吸い込まれるように、乗り込む。
わたしを乗せた列車は、併走する緑色の列車から、やがて袂を分かつようにして真っ直ぐに、輪の外へと外れてゆく。
ぐるぐると同じところを回り続けるいつもとは、違う。
初めての地へ――。
「――そうなのよ。落ち着かないのよね」
フシチョウさんが、ぼやきはじめた。
「新品で全部キレイなんだけど、居心地が悪いっていうか」
なんか、馴染まない。 新車のシートのビニルを破いたばかりのように、ウキウキするのだけれど、ながくは落ち着けない。
新しすぎて、誰のものでもない空気が、まだトンガったまま、わたしの肌にも感じられる。
「わたしはまだ、芝とこっちを往ったり来たりしてるから、余計にそうなのかもしれないけれど」
こちらは皆が新人ばかりだから、いちいち教えて確認して、さらに気が疲れるらしい。 だけど、どこか嬉しそうな顔をしていた。
「来月のお彼岸のあたりにさ。浅草の古着屋さんに、一緒にいかない」
処方箋にいつも通りペンを走らせながら、イ氏が突然、口走る。
浅草――。
今半のすき焼き。 大黒屋の天麩羅。 三定でもいい。 駒形のどぜうのどぜう鍋。 ヨシカミの洋食。 アンヂェラスの洋菓子と珈琲。
それらが走馬灯のように、脳裏を横切る。
「日にちは決めてないから、その気になったらでいいよ」
イ氏の、ははは、という笑いでわたしは彼岸から舞い戻った。
イ氏とわたしがふたりで浅草を。
間違いなく「珍道中」になるだろう。 どうやらイ氏は、わたしを浅草演芸ホールに連れて行き、高座をきかせたいとの雰囲気を醸し出そうとしているようだった。
イ氏とわたしは、世代がひと世代違う。 そして立場も、イ氏とわたしである。
その付き合いももう四年を超えている。 それも、これから終生ずっと続くだろう。
ぐるぐると回り続けるだけの輪からはみ出してみよう、とのことも悪くはないかもしれない。
大森の街は、ひとを濃くしてゆくのかもしれない。
|