「隙 間」

2009年02月20日(金) 輪から外れる

 仕事帰りの品川駅――。

 いつもとは違うホームに、わたしは立っていた。
 線路の向こうに緑色の列車が滑り込んできては、人を吐き出し、すぐにまた飲み込んで走り出してゆく。

 ぐるぐると同じことを繰り返しながら、同じところを回り続ける。

 わたしはいつもその中にいた。

 だけど今は違う。

 青色の列車がわたしが帰るべき方向からやって来て、目の前に扉を開けて待ち受けていた。

 吸い込まれるように、乗り込む。

 わたしを乗せた列車は、併走する緑色の列車から、やがて袂を分かつようにして真っ直ぐに、輪の外へと外れてゆく。

 ぐるぐると同じところを回り続けるいつもとは、違う。

 初めての地へ――。

「――そうなのよ。落ち着かないのよね」

 フシチョウさんが、ぼやきはじめた。

「新品で全部キレイなんだけど、居心地が悪いっていうか」

 なんか、馴染まない。
 新車のシートのビニルを破いたばかりのように、ウキウキするのだけれど、ながくは落ち着けない。

 新しすぎて、誰のものでもない空気が、まだトンガったまま、わたしの肌にも感じられる。

「わたしはまだ、芝とこっちを往ったり来たりしてるから、余計にそうなのかもしれないけれど」

 こちらは皆が新人ばかりだから、いちいち教えて確認して、さらに気が疲れるらしい。
 だけど、どこか嬉しそうな顔をしていた。

「来月のお彼岸のあたりにさ。浅草の古着屋さんに、一緒にいかない」

 処方箋にいつも通りペンを走らせながら、イ氏が突然、口走る。

 浅草――。

 今半のすき焼き。
 大黒屋の天麩羅。
 三定でもいい。
 駒形のどぜうのどぜう鍋。
 ヨシカミの洋食。
 アンヂェラスの洋菓子と珈琲。

 それらが走馬灯のように、脳裏を横切る。

「日にちは決めてないから、その気になったらでいいよ」

 イ氏の、ははは、という笑いでわたしは彼岸から舞い戻った。

 イ氏とわたしがふたりで浅草を。

 間違いなく「珍道中」になるだろう。
 どうやらイ氏は、わたしを浅草演芸ホールに連れて行き、高座をきかせたいとの雰囲気を醸し出そうとしているようだった。

 イ氏とわたしは、世代がひと世代違う。
 そして立場も、イ氏とわたしである。

 その付き合いももう四年を超えている。
 それも、これから終生ずっと続くだろう。

 ぐるぐると回り続けるだけの輪からはみ出してみよう、とのことも悪くはないかもしれない。

 大森の街は、ひとを濃くしてゆくのかもしれない。


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