「隙 間」

2009年02月11日(水) 「百鬼園随筆集」と一グラムの重さ

 内田百ケン著「百鬼園随筆集」

 百ケン先生の随筆集。
 そのままである。
 楽しくはないが、愉快。

 いろんな時代の話をわやくちゃに綴じ込んだ作品らしい。
 話の半分が、借金にまつわる話だといってもいい。

 誰から借りよう、

 だの、

 返済を待ってもらいにゆこう、

 だの、

 金貸しとのやり取り、

 だのが書いてある。

 百ケン先生は、給料日がきて欲しくなかったらしい。
 常人は、きて欲しくて、待ち遠しいものであるはずだ。

 給料日がくると、あちらこちらへ借金を返して回らなければならない、向こうから催促にくるものもあり、心休まらない。
 返す金がないから今は安穏と安らかな気持ちだが、給料日には返す金ができてしまう。
 だから給料日がくるのが煩わしい。

 とのことである。

 素晴らしい。

 芸術会員に選ばれるという名誉に、早々に辞退を申し出た。

「イヤだから、イヤだ」

 との名言が生まれた場であるらしい。
 なんとも共感を覚えてしまう言葉である。

 傲顔不遜なものでは、まったくない。

 イヤである理由があり、それは何かというと、「気がすすまない」からです。
 なぜ、気がすすまないのかというと、イヤだからであり、詰まるところその二つのあいだを往ったり来たりする繰り返しにつきてしまうのです。

 とのことらしい。

 素晴らしい。

 年金を特別にもらえるのはありがたいが、今ので足りている。名誉などの堅苦しいものをいただくのが、気がすすまないとは、百ケン先生らしさに溢れている。

 さて。

 祝日を拝していただくことにした昨夜、ぷつりとなにもかも、着替える以外のことをそのままで寝てしまっていた未明。

 みのもんた氏が颯爽と登場した騒がしさに目が覚めた。

 昨夜の空気をたたえたままの部屋を、電灯が煌々と照らしている。

 霞がかかったままの目で、あしあとをなんとはなしに見てみた。

「おいんげえときちゃれ」

 石野田奈津代さん本人が、のぞいてみてくれていたらしい。

 そうか、これは夢にちがいない。

 霞が晴れてゆく。

 本人らしい。
 そして、現実らしい。

 もっと気の利いたことを書いておけばよかったと、晴れた霞の向こう岸に書いてあった。

 ごしごしと目をこすり、向こう岸をたしかめてみる。

 たしかめた。

 向こう岸は、向こう岸である。
 渡ろうにも、橋も渡し船も見当たらない。

 石野田奈津代
 メジャー再デビューシングル
「春空」
 本日発売。

 伸びやかでしなやかで、ほがらかで。
 だけど切なげで、胸を震わさせられる、素敵な歌声が魅力である。

 向こう岸に渡れずとも、渡ろうと思うことはできる。

 わたしはいつも、あとほんの一グラム、重さがたりないかもしれないが。


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