職場で靴から室内履きのサンダルに履き替えて、ふと、目が合った。
つつましく、ぽつんと空いた穴から、親指の爪がのぞいていたのだ。
「ああ、爪がずいぶん伸びてるじゃないの」
そう思って、今朝、出がけにパチンパチン切ってきたところだった。
「ひと足遅かったね」
いや、足の爪なんて、ふだんあまり気にかけていないし。
せいぜい、体を洗うときに、かかとや足の裏を軽石でこすって、カクシツをカクジツにこそげ落とそうとしたり、足指のマタに指をねじ込んで、ぐいぐいともみしだいたりするだけだし。
「ツメが甘いね」
なんだかウマいことを続けて答える親指のツメ太郎を、ふふんとつれない顔をして取り合わないようにする。
ツメ太郎は、なんだか自分が恥ずかしくなったみたいだ。
「穴があったら入りたい」
穴、空けちゃってるじゃん。 とっくに穴のなかにいるし。
ツメ太郎には手がない。 足の親指の爪なのだから、もしも手があったらたいへんだ。 手がないから、顔を隠そうと思って穴をふさぎたくても、ぽつりと空いた穴の口を、閉じて押さえてふさいでおくことができない。
穴のなかで、もじもじと身悶えしてみたりしている。
わたしだって、ツメ太郎の存在を周りの気がつくひとに見せびらかしたりはしたくない。
だいいち、顔をのぞかせていたら、いちいちツメ太郎がうるさくて気になって、仕事に集中できないにきまっている。
裁縫セットを持ち歩いていないから、ちくちく縫い合わせるわけにもいかない。
わたしは、ぐいっと、靴下のつま先を引っ張った。 たるんだつま先の分だけ、ぽつりと空いた穴ていどなら目立たなくできる。 穴の口が少し遠くになったので、ツメ太郎は少しだけ奥に隠れることができた。
ツメ太郎もわたしも、その場しのぎだけれど、つかの間ひと安心、と胸と腹をそれぞれなで下ろした。
帰ったら、忘れないうちにちくちくやろう。
穴が空いたから、とすぐに捨ててしまったら、きっとツメ太郎が自責の念にかられて、ふさぎ込んで、巻きヅメになってしまうかもしれない。
そうなったら、こまるのはわたしだ。
ツメ太郎や次郎や三郎やら、それぞれが爪らしく、まっすぐにのびのびと伸びてもらわなければ。
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