夢見る汗牛充棟
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「raru-ru」
銀杏通りの一つ裏路
呼び名もない暗い小路
しばらく行くと
影に沈んだ古びた店
看板はなく
木の鎧戸は固く閉じ
呼び鈴も音を忘れた頑なな扉
もしもあなたが見出したなら
ゆっくり押してみるといい
重たい扉は軋んで開く
そこは密かな人形工房
壊れた椅子に腰掛けて
顔も上げない男が一人
澄んだ瞳に夢の色合い
傍らにひっそり寄り添って
人形が見つめるその姿
彼が長い年月と
褪せない思い出
思慕と祈りを吹き込んで
創り上げた人形は
名前をraru-ruというのです
彼女は昔小鳥のように
身を翻して歌っていた
その口ずさむ旋律を
忘れぬようにraru-ruと
娘のような恋人のような
妻のような魂のような面差しをした
raru-ruの眼差し深き空の蒼
永遠の菫のような微笑みを
口元にたたえ
頬にたゆたうその優しさ
けれど聞こえるその歌は
過ぎ去りし時の影法師
耳に届かぬ心の歌を
聞くたび男は涙をし
目元の皺を深くする
男とraru-ruその場所で
時の川底沈んで暮らす
流れる水面に太陽が
幾度ぬくもり注ごうとも
輝く水面は流れゆき
水底までは届かない
男の傍らで
ついまでともに微笑むかたちは
魂だけが足りなかった
魂だけが足りなかった
だが男もまた
なぜなら彼女は行ってしまった
何故なら彼女は行ってしまった
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