Leonna's Anahori Journal
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髪が伸びた。 夜、バスに乗って美容院へ髪を切ってもらいに行く。
-- 開口一番、コンニチワァ!となにやら明るい、美容師のYさん。お元気そうね、それに何だか楽しそう、何か良いことでもあったの、と訊ねると、「何もないですよ。あ、今朝7時まで飲んでたからあまり寝てないんですよ。だからちょっとナチュラルハイ、なのかな」とのこと。
これだから嫌だね、若い人は。聞いているこちらの方が具合悪くなってくる。それにこんなナチュラルハイ野郎に刃物(小さな尖ったハサミ)持たせて大丈夫なのか。「お酒、飲まれないんですか」と訊くので、「飲まない、もう飲めなくなった。そうじゃなくても、いま私、お酒も音楽もダメなのよ」と応える。
-- 年末から今年にかけてロクなことが無かった、この前ここで髪を切ってもらった直後に父が亡くなってね、と言うと「エェーッ」とたいそう驚いた様子。違うのよ、ほぼ大往生の部類、ま、寿命だわねと解説する。二十代位の人はまだまだ自分も親も不死身だと思っているから、ヒトが死ぬなんてことはとんでもない「一大事」なのだ。これが四、五十代になってくるとお弔いも身近になって、ヒトは死んで当たり前とわかっているから、ぐっと落ち着いたトーンで「ご愁傷様です。大変でしたね」というような反応になる。
「それでね、お葬式出したり、あれやこれや気の鬱ぐようなことが重なって。だいたいいつもクリスマスからお正月にかけてはあまり良くないんだけれど、この冬は特別悪かった。進退窮まったという感じよ」 「え、クリスマスも」 「うん、最悪だった」 「じゃ、お酒飲んで気晴らし、とかは」 「底なし沼に足突っ込むんじゃないかと思うと怖くて。だいたい、飲みたい気分にもならないし」 「で、どうして音楽がダメなんですか」 「お酒にしろ音楽にしろ、変に感情を刺激されたり、深いところへグーッと引き込まれるようなものは、いまは駄目なの。」 「明るい音楽を聴いて、明るい気分になるっていうのは?」 「聴きたくないもん、そんなの」 「フーン、凄く楽しそうな音楽とか聴いたらどうなるんだろうなぁ」 「だからね(と、思わずここで笑ってしまった)、そういうの一番嫌なの、聴きたくない!」 「…フムフム、そうなんですね…」(何がそうなんだ・笑) それから、また当たり障りの無い話をして、もう少しでハイ出来上がり、といところで、鏡越しに、Yさんが言う。
「そうっすよねぇ…(何が、そうなんだよ)そういうときもありますよねぇ…(どういうときだよ?)そういう、じーっと我慢するしかないときも、あるんじゃないですか?」 「あら。あなた、急にオトナみたいなこというのね。おっと、すでに二十歳を過ぎた大人に向かって、シツレイ。でも、言ってること、全面的に正しいっていうのが、すごくイヤだわ」 「すみません」
この辺りになると両者ともおかしくておかしくて笑いをこらえているのである。
「ほんと、正しければいいってもんじゃないんだから」 「そうっすよね!」
わかってるんだかわかってないんだかわからないYさんは、ニコニコしながらとってきたコートを着せてくれた。この人は瞳の色が薄くて、少し個性的なきれいな顔をしている。一年くらい前、初めて髪を切ってもらったときは、もう少し派手でケバい服を着ていたのに、この頃はすっかり趣味が変わって、今日も肩のところにボタンのついた紺色のセーターに白いシャツというキュートな出で立ちが、よく似合っていた。きっと付き合う女の子が変わったんだな。
…いやいや、若い人を舐めてはいけない。あれで結構わかってるのかもよ、などと思いながら美容室をあとにしたが、つらつら考えてみるに、一番わかってないのは私なんじゃないかということに思い当たり、軽くガクゼンとしたのだった。
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