Leonna's Anahori Journal
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先日来、薩摩治郎八を探して80年代中頃から90年代初めにかけてのブルータスをひっくり返してみていたら、案の定、時間を忘れてあれこれ読みふけることになってしまった。
寺崎央、松山猛、西川治、永倉万治、西木正明、ジミー・ネルソン、鈴木エドワード、ドクター・レオナルド、などなどなつかしい顔また顔、名前また名前。ほかにも村上龍、中上健次、高橋源一郎、新井満にライアル・ワトソン、高橋睦郎や中井英夫までもが、この時代のブルータスで健筆を奮っていた。
なかでも特に印象に残っているのが四年前に急逝した景山民夫。『世間はスラップスティック』『トラブルバスター』など連載の他に、単発の執筆も多かった。『普通の生活』『〜スラップスティック』『転がる石のように』『だから何なんだ』『遠い海から来たCoo』など当時買って読んだ記憶がある。それだけに、若々しい彼の写真とテキストにはとりわけなつかしさが募る。
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もう十年以上も昔になるだろうか、一度だけ、渋谷の書店で景山民夫を見かけたことがある。東急プラザの上の方に入っている紀伊国屋書店で本を探していたら、背の高いニットキャップを被った男性がやはり本を探していて、よく見たらそれが景山民夫だった。寒い季節のことで、たしかダウンヴェストかカウチンセーターを着ていたように思う。長身で格好良くてとてもシャイな人、という印象だった。
比較的低目の書架が並ぶ店内で、彼が何処へ移動しても、毛糸の帽子を被った頭と顔だけは書架の上に出てしまう。あまりジロジロ見てはいけないと思い、しばらく自分の本を物色してから周りを見回すと、やはりどこかの書架の向こうに彼の頭が見えているのだった。
そのうちにその頭も見えなくなり、私も買い物を終えて帰ろうとエスカレーターの方へ向かった。すると店の端の方にある洋書コーナーで洋雑誌を物色している長身、ニットキャップの男の姿が目に入った。そうか洋書か、うんうん、と、納得しながらエスカレーターに乗ったのを覚えている。
このとき抱いた“景山民夫=かっこよくてシャイ”という印象は、彼がひょうきんプロレスでフルハム三浦になって出てきた後も、ずっと変わることはなかった。
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景山民夫は洒脱なエピソードの宝庫みたいなひとだったが、その中でも私が一番好きなのは、彼が仕事でスティーヴィー・ワンダーに会いに行ったときの話。TVの仕事だったので、視聴者にプレゼントするために楽屋にあった安物のハンガーを盗もうとしてS・ワンダーにばれてしまった…という話を景山は文章に残している(何という本に収録されたかは忘れてしまったが)。
それと同じときの話で、初対面のS・ワンダーと握手したときのエピソードを、私は文章ではなく彼の肉声で(つまりテレビかラジオで)聞いた覚えがあるのだ。それは…
「挨拶しながら握手したら、僕の右手を握ったスティーヴィーの右手が、そのまますすすーっと腕の方へ上がってきてさ。で、そのあと彼、なんて言ったと思う?ニヤリとしながら“君も猫を飼っているの?”だって」
つまり目の見えないS・ワンダーが、猫を飼っている人間につきもののひっかき傷を素早く確認して、景山の飼い猫の存在を言い当てたという…(言葉は正確ではないと思うが)そういう話だった。
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もしかしたら、この話も何かの本に収録されているのかもしれない。なにしろこの頃の私の記憶ときたらあてにならないことおびただしいのだ。しかしこの猫の逸話を、私はいつも景山民夫の肉声とともに思い出す。いずれにしても一番好きなエピソードであることには違いない。
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