2006年10月08日(日) 出口が見えた?

群馬で会社を辞めてから、今までずっと沈んだ気持ちが続いていた。
理由はわからなかった。
それを、おいらはいろんなことに原因を求めてみた。
仕事が自分の裁量でできない。
初めての職場で戸惑っている。
などなど……。

でも、そうじゃなかったのが、一人のガス馬車御者との話で見えてきた。
彼は、かつて年商180億の会社の社長だったこともあり、小説家であり、俳人でもある多彩な人。

きっかけは、その人がおいらに「どうだい? 今の会社に慣れてきたかい?」と声をかけてくれたのが最初だった。
そのときは、おいらは「みんなよくしてくれてるから慣れてきました」という一種教科書的な答えをしていた。
ところが、彼は以前からのちょっとしたおいらとの会話に対して、会社員向けじゃない、と思っていたらしい。
普通の管理職とは違うと思っていたようだ。
おいらからすれば、ガス馬車御者経験者だもん、違うのは当たり前、と思っていたのだが、向こうはそうだとはおもっていなかったようだ。
彼とは、たまに子供の教育論とかでちょっと話をしたこともあったが、そういうところから、おいらの本質を見抜いていたらしい。

やりたいことがほかにあるね?

この言葉が痛く突き刺さった。
小説家は、諦めたわけではなかったが、しばらくは封印。
そう思っていた。
そして、群馬にいて仕事をしている間は何も感じなかった。
けれど、今少し時間ができて、感じていたもやもやは、やっぱり原稿に迎えなかったからなんだな、と思った。
話してみて、やはり書きたい。
そう思った。
もちろん、書けばいいのだが、本当に魂をこめて書くと、一日一行がやっと。
その話を聞いて、何か安心した。
書きたい気持ちがあって、書けない。 ⇒ 書く力がない。
そう思い込み、今のかけない状況に自分で止めを刺し、そのままかなたに追いやろうとしていたのだ。
そして、そのためにかける環境を廃し、サラリーマン一本でやっていこう。
そう思い込んでいた。

自分のペースで書こう。
そんな当たり前のことに納得するまでに、おいらは三年もかかった。
まだ商業ベースじゃないのだ。
自分のペースで書けばいい。

ただその当たり前のことをその会話で気づかされた。

別段生活を変えるわけじゃない。
けれど、向かい合ってもいい、という風に気づいたとき、何かがすっと楽になった気がした。

今日は泊まり。
その人に借りた自作の小説(自費出版か、あるいは限定発売か)のコピーモノを読ませてもらう予定。


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彩葉 [MAIL]

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