独り言
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2006年12月18日(月) 『オレンジジュース』シーンB

前のシーンから



気が付けば私は遠の昔に目的のコンビニエンスストアーを通り越し、駅前商店街の中程にある交番の前を歩いていた


何と無く、ちらと目をやると、中には大柄で初老と思われる警官が1人、目を閉じ座っている


「私に生ある限りは」


「私に生ある限りは」



不穏な思惑と興奮が一瞬にして私を捕らえ、私は高鳴る鼓動を必死で押さえながら一度交番をやり過ごし、しばらく行った所にある公衆電話ボックスの中に入った

そして金も入れず、ダイヤルも回さず、ただ受話器だけを取り上げ、まるで長年会っていない故郷の友人と電話しているかの様に振る舞いながら考えたのだ



「寝ているのか…起きているのか」

答えは出ない



「50…いや60歳近かったはずだ」

答えは出ない



「…奥に誰か居そうか」

交番の方を向き、色んな角度から試みたが奥の部屋に明かりが付いているかどうかは判断出来ない




「…仮に拳銃を奪ったとしても…空砲では無いのか」

そうか…



…いや違う
違うはずだ

以前にも交番勤務の警官が殺されて、実弾入りの拳銃を奪われた事件が…確かあったはず




「…殺すのか」

答えは出ない



「手に入れた拳銃を…どうするつもりだ」

答えは…教えない




草木も凍てつく12月の夜更け過ぎ

世界から切り離されてしまったかの様に孤立した電話ボックスの中で、私は、私の故郷の友人の振りをするもう一人の私と共に、まるで少年の頃の様に清々しい気分で、秘密の計画を進めた

その高揚感といったら、数多くの女達と過ごした全ての夜を掛け算しても、まるっきり追い付かない程に何処までも突き抜けた…

…青春そのものだった



私は受話器を置き電話ボックスを出る

今度は先程よりもゆっくりと歩き、もう一度標的の確認を試みる

交番入口のガラス戸は12月だというのに開け放たれており、見たところ暖房器具は見当たらない

普通ならば身震いして仕方無い状況と思われるが、警官はやはり目を閉じたまま微動だにしない


私は交番入口より少し離れた場所にしゃがみこみ、靴紐を結ぶ振りをする

警官は変わらず目を閉じている

彼の後方、頭越しに見える別の部屋へと続くいているであろう扉に取り付けられた小さな覗き窓は黒く染まっており、それは「彼以外にここに居る者は無い」と私に定義付けさせるに充分な雰囲気を漂わせていた



小さく咳払いをしてみる

警官は微動だにしない…間違いなく寝ている


そう悟った瞬間、私は真っ青な春の初めに吹く突風よりも速く、力強く駆け出していた


そしてそのまま当初の目的であったコンビニエンスストアーへ駆け込むと、息を整えるのも忘れ、汗ばんだ手で軍手と10枚入りのゴミ袋を握りレジへと急いだ


オレンジジュースの事等もう頭に無かった


会計を済ませると、私は逸る気持ちを押さえ切れず、戸惑う店員を尻目にレジ台の上で商品の包装を破り、軍手をはめ、ゴミ袋を4枚重ね、残り6枚はそのまま置き去りにして店を飛び出した

私が作業している間中、店員は「お客さま、困ります」だの「他の方の迷惑になりますのでお止め下さい」だのとマニュアル通りの優秀な対応を見せていたが、私が作業を終え出ていく頃になるともう言葉は無く、まるで不審者を見る様な目付きに変わっていた

しかし春の突風と化した私にとって、第三者の意見や視線等は、もはや少しも問題では無かった



私はコンビニエンスストアーを飛び出したその勢いのまま交番を目指す


いつもならもうとっくに「事」を終え、すっかり眠っている時間

しかし今夜は違う

感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる
目に見えるもの全てが新鮮だった

何故なら私は今、生まれて初めて「確固たる目的」を手にしているのだから

今この瞬間も鮮明に「想像」し、そしてその想像を忠実に「具現化」する為に、私は私の意志のみに従い「行動」する

正義も悪も関係ない

邪魔するものは何も無い

全ての決定権は私だけのもの



今まで眠っていた「何か」が交番前で覚醒する



これが…生きるという真理



厳粛な儀式を前に、乱れ切った呼吸や流れ落ちる汗はあまり歓迎出来たものではないが、「生」に目覚めてしまった私はすでにそういったものを上手くあしらえる程大人ではなかった



警官はやはり目を閉じたまま微動だにしない



警官殺害

拳銃強奪

そして自害


「主人公は必ず死ぬべきなのだ」




私は元から開け放たれていた入口を大胆にくぐると、一瞬で警官の背後に回り込んだ

そして一気に警官の頭に4枚重ねのゴミ袋を被せると、被せた袋の口部分を強く握り直し、力一杯に首を絞めあげた

大丈夫…これなら多少のうめき声を出されても、商店街に響きはしない
それに万が一抵抗され、私が手を離してしまっても、警官が頭から袋を取り、見上げた頃に私はもう居ない…大丈夫


しかし警官は抵抗するどころか、うめき声さえあげず…微動だにしない


「まだ力が足りないのか」
と思い、更に強く絞めあげようと踏張った瞬間、その勢いに引きずられ警官は力無く床に崩れ落ちた



…どういう事だ?

…人が死ぬ瞬間とはこんなにも素っ気ないものなのか?

もっと暴れたり、苦しんだら、必死で生き長らえようともがいたりするものじゃないのか?



「命とは…こんなに容易いものなのか」




これでは人形の首を絞めたのと変わり無い

命とは何なのだ?

これが…死…か?


まるで命の無い人形の首を絞めた様…

…命の無い…人形

…命の無い



…人形…人…


…人!

そう唱えた瞬間、全身に鳥肌が立ち、それでも手のひらと額からはベトつく嫌な汗が滲んでくるのがわかった

「そんなはずは無い」と自身に言い聞かせながら、警官の頭を覆ったゴミ袋を剥ぎ取り、軍手を脱ぎ捨て、横たわる肉体の表面に触れてみる


…冷たい



…そんな馬鹿な



警官は寝ていたのではない

死んでいたのだ

私が目をつけた時にはすでに死んでいたのだ




心の声がかき乱れる

「どうなってる?!」

「…どうしてこんなっ!!」


「…どうして…」




「…拳銃!!」

そうだ
警官を殺す事は元から決まっていた
なんでコイツが死んでるかなんてどうでもいい
拳銃だ
拳銃を奪え


しかし横たわる警官のホルスターに拳銃は納まっておらず、拳銃と腰に巻いたベルトを結び付けていたであろう太いロープは…何故か切断されていた



「そんな馬鹿なっ!!」

「…有り得ない……誰かに先を越されたとでもいうのか…」

その時私は交番の外に気配を感じ直ぐ様反応する

見上げた視界に映りこんだのは、先程私の行動に戸惑い、不審を抱いたコンビニ店員だった




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