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■ 比較と考察の情景(オリジナル)
「…なんか、聡くんて私より毬ちゃんのほうが好きでしょ?」 ある日、不服そうに彼女は言った。そして聡が否定するより早く、結論を述べる。 「別れよ」 それが、三文字で終わった彼の恋だった。
月曜日の放課後の学校には、吹奏楽部のバラバラの音が散らばっている。合わせれば一つの大河になるはずの音も、個々では小川にはなれても清流ではない。 そんな小粒の音が遠くから聞こえる廊下を走り抜け、今期中学三年になった聡は三階の突き当たりの扉を渾身の力で引き開けた。 「毬ーーッ!!」 叫ぶように目的人物の名を呼ぶと、美術室の窓際にいた一人が真っ先に振り返った。馴染み深い面差しが、目を瞬かせて聡を見つける。動きより若干遅れて彼女の髪が揺れた。「聡? どうし」 「俺、あいつと別れた!!」 猫のように柔らかい毛を勢いで乱し宣言した聡に、聞いた側は一度目を瞬かせただけだった。 「なんで?」 肩で息をしている聡に、毬はおっとりと問い返した。聡の唐突さは彼女にとってはいつものことだ。逐一驚いた顔をする必要などない。 「だってさ、だってさあ!」 「うん」 聡はずかずかと大股で美術室を横切る。周囲の視線が目に入っていないというよりは意図的に無視しているその様に、毬はうなずきながら彼が近付いてくるのを待つ。 そのほかの美術部員だけが突然の乱入者に驚いていた。 「毬のせいだかんな!」 「…どうして?」 毬の疑問符の言葉には最初以上の逡巡が混じっていた。 学校指定のワイシャツの上から私物の黒いパーカーを羽織っている聡は、言いがかりに反論しない双子の姉に向かって声を張り上げる。 「と、ともかく毬のせいなんだよ!」 「…そう」 ふっと一拍だけ毬が息を吐いた。 「事情がよくわからないけど、私のせいなら謝るね。ごめん」 「…………」 頭一つの身長差のために見上げることになる毬は真顔だった。二卵生とはいえ全く似ていない自分たちを思い、聡はためいきと同時にその場にしゃがみこんだ。 唐突さに例によって毬以外の部員が驚いたが、当事者たちは気にしていない。 「…別にさ、毬が謝ることじゃないけどさ」 ぼそぼそした声で呟く。うつむき曲げた膝に額を押しつけると髪が重力に従って前へ流れていくのがわかった。 「聡?」 双子の弟に付き合い、同じようにしゃがんでくる毬の気配があった。 ちらりと聡は視線だけをそちらに向ける。 「毬ー、俺さ、毬のこと好きだよ?」 「……? だってきょうだいなんだから、嫌いじゃないでしょ?」 「だろ? 普通そんなもんだろ? だけどさ、あいつにしてみりゃそういうのが変なんだってさ」 姉弟にしては仲が良すぎると時折言われる。しかし本人たちにしてみれば、産まれた時からずっと一緒にいた存在を特別扱いしないほうがおかしい。 「毬は毬で、あいつはあいつだって思ってたつもりなんだけどなー…」 「上手く伝わらなかった?」 「…うん」 うなずきながら、じわじわと胸を浸そうとしてくる物悲しさに聡はためいきをつく。 ずっと好きだった子だった。付き合い始めたときは本当に嬉しかった。それが、なぜ姉を引き合いに別れを告げられなければならないのだろう。 「…毬ー…」 「なに?」 呼び掛け、顔を見れば毬は真っ直ぐに視線を返してくる。 肩口で切られた癖のない髪。自分より繊細な顔の造り。穏やかな物腰。似ているところを見つけるほうが難しい姉。 「…なんで俺、毬に似て産まれなかったんだよー…」 自分でもよくわからない愚痴が出た。何かを堪えるように膝を抱える。 二卵生の双子など半端だ。いっそ外見が丸きりそっくりだったなら、他人の目からでも自分たちは完全に特別だとわかってもらえたに違いない。 美術室の片隅でしゃがみ込んで会話している双子を、すでに部活動中の部員たちは放っておくものとして見なしていた。あまり似ていないせいで姉弟にも見え辛い二人はそのまま会話を交える。 「似てても、あんまり変わらなかったと思うよ?」 「…なんで」 「だって結局きょうだいでしょ? 見た目は問題じゃないよ」 静かに毬は聡の顔を覗き込み、少しだけ首を傾げた。 聡は押し黙った。わかっている。本当はわかっているのだ。ただ、わかりたくないだけで、心の奥底では理解している。毬のことは言い訳に過ぎない。聡と彼女が別れることになったのは単純に気持ちが通じ合わなくなったからだ。 「原因を外に求めるのってよくないんじゃないかな」 「…わかってるよ」 ひとのせいにするなと言外に告げ、たしなめる毬は確かに姉で、聡は弟だ。こういうとき聡はいつもそれを痛感する。 そして、自分に一番近い位置で親身になってくれるからこそ、聡は何かあれば毬にまず話すのが癖になっていた。同じ日に産まれた片割れ。特別さは一生変わることがない。 「毬ー」 「うん」 「…なんか俺、泣きたい」 「聡って振られるといつもそう言うよね」 毬は身内の残酷さで言い切った。あどけない顔で何気なく切り伏せてくる姉に、しかし弟はめげない。 「毬もなんだかんだつって俺の話聞いてくれるじゃん」 膝を抱えたままようやく聡が笑ってみせると、毬も小さく笑った。 「双子でよかったでしょ?」 「ん」 うなずきつつ、聡は立ち上がり膝を伸ばした。 話を聞いてもらってすっきりした。まだ胸の中に靄がかったものは残っているが、それはこれから自分一人でどうにかすればいい。 「ありがとな、毬」 「どういたしまして」 聡に遅れて立ち上がった毬がにこりと笑った。
「…あの双子、よく似てるよねぇ」 「マイペースっていうか、他の存在ころっと忘れるところね」 「本人たちが一番知らないんだからさ」 美術室内の一部で交わされるささやきは、やはり本人たちには届いていない。
********************** 学校の課題で提出したミニ小説。 毬はそのまま『まり』と読みます。聡は『さとる』ではなく『さとし』です。自分内略称はマリサト。別にカップリングではない。 双子っていうのはやっぱりどっか特別なものがあると思います。私の母親は双子の姉のほうですが、並んでいるのを見てると他の兄弟とはどこか異なる雰囲気があるのです。 この双子は他にも文章で書いているものがあるのですが、それはまた今度。
コメントはさておき、新年あけましておめでとうございます。 遅すぎるという突っ込みはまあ置いとこう。 ちなみに私の新年は、1日未明から最悪でした。友人たちと行った二年参りの途中で気分が激しく悪くなり、すぐ帰宅したものの嘔吐を繰り返し、一晩中十五分おきに吐くわ、高熱が出ても吐気のため薬が飲めず、1日と2日はりんごをすったものだけで生き延びました。死ぬかと思った。というかいっそ殺せみたいな。 後に計った体温計は堂々39.8度をマーク。惜しい! あと0.2度!! 正月に病気なんてするもんじゃないです。病院やってないわ薬局開店してないわで。 半分脱水症状になるまで吐いたせいか、3日までに2キロ痩せました。
しかしどうにか根性で3日の夜にはおかゆを食べられる程度には回復。 4日は井原正巳引退試合に出掛けてまいりました。いたよ、川口! 遠かったけど! 楢崎はすごく間近で見れたけど!(ゴールされた瞬間のキーパーのオーラは怖すぎると痛感した) 肝心の井原もシュートを決めて、引退セレモニーではキャプテンマークを置いて退場していかれました。今までありがとうアジアの壁。 で、試合後地元に帰ったら高校の友人たちが集まっているとのことで急遽参加を決意。その足で飲み屋へ。大して飲まなかったけど、地味に焼き鳥食べてました。 人間酒精を飲めるようになったら回復の証拠と悟り。
箱根駅伝は復路だけ見ました。往路のときはとてもじゃないが他人の走りより自分の体温の異常っぷりに頭が一杯でした。 しかし箱根駅伝はタスキが繋がらなかった瞬間が切なすぎる。頑張ったのにね。 アイスノン額にのっけて見た箱根駅伝復路。
以上、桜井2004年の正月記録。 最初が波乱でした。 後はもうゆっくり過ごしたい…。
そんなわけで、7日ごろに書いた今年の書初めは『健康第一』でした。 今年もよろしく。
2004年01月18日(日)
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