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遠子(桜井都)

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 比較と考察の情景(オリジナル)

「…なんか、聡くんて私より毬ちゃんのほうが好きでしょ?」
 ある日、不服そうに彼女は言った。そして聡が否定するより早く、結論を述べる。
「別れよ」
 それが、三文字で終わった彼の恋だった。





 月曜日の放課後の学校には、吹奏楽部のバラバラの音が散らばっている。合わせれば一つの大河になるはずの音も、個々では小川にはなれても清流ではない。
 そんな小粒の音が遠くから聞こえる廊下を走り抜け、今期中学三年になった聡は三階の突き当たりの扉を渾身の力で引き開けた。
「毬ーーッ!!」
 叫ぶように目的人物の名を呼ぶと、美術室の窓際にいた一人が真っ先に振り返った。馴染み深い面差しが、目を瞬かせて聡を見つける。動きより若干遅れて彼女の髪が揺れた。「聡? どうし」
「俺、あいつと別れた!!」
 猫のように柔らかい毛を勢いで乱し宣言した聡に、聞いた側は一度目を瞬かせただけだった。
「なんで?」
 肩で息をしている聡に、毬はおっとりと問い返した。聡の唐突さは彼女にとってはいつものことだ。逐一驚いた顔をする必要などない。
「だってさ、だってさあ!」
「うん」
 聡はずかずかと大股で美術室を横切る。周囲の視線が目に入っていないというよりは意図的に無視しているその様に、毬はうなずきながら彼が近付いてくるのを待つ。
 そのほかの美術部員だけが突然の乱入者に驚いていた。
「毬のせいだかんな!」
「…どうして?」
 毬の疑問符の言葉には最初以上の逡巡が混じっていた。
 学校指定のワイシャツの上から私物の黒いパーカーを羽織っている聡は、言いがかりに反論しない双子の姉に向かって声を張り上げる。
「と、ともかく毬のせいなんだよ!」
「…そう」
 ふっと一拍だけ毬が息を吐いた。
「事情がよくわからないけど、私のせいなら謝るね。ごめん」
「…………」
 頭一つの身長差のために見上げることになる毬は真顔だった。二卵生とはいえ全く似ていない自分たちを思い、聡はためいきと同時にその場にしゃがみこんだ。
 唐突さに例によって毬以外の部員が驚いたが、当事者たちは気にしていない。
「…別にさ、毬が謝ることじゃないけどさ」
 ぼそぼそした声で呟く。うつむき曲げた膝に額を押しつけると髪が重力に従って前へ流れていくのがわかった。
「聡?」
 双子の弟に付き合い、同じようにしゃがんでくる毬の気配があった。
 ちらりと聡は視線だけをそちらに向ける。
「毬ー、俺さ、毬のこと好きだよ?」
「……? だってきょうだいなんだから、嫌いじゃないでしょ?」
「だろ? 普通そんなもんだろ? だけどさ、あいつにしてみりゃそういうのが変なんだってさ」
 姉弟にしては仲が良すぎると時折言われる。しかし本人たちにしてみれば、産まれた時からずっと一緒にいた存在を特別扱いしないほうがおかしい。
「毬は毬で、あいつはあいつだって思ってたつもりなんだけどなー…」
「上手く伝わらなかった?」
「…うん」
 うなずきながら、じわじわと胸を浸そうとしてくる物悲しさに聡はためいきをつく。
 ずっと好きだった子だった。付き合い始めたときは本当に嬉しかった。それが、なぜ姉を引き合いに別れを告げられなければならないのだろう。
「…毬ー…」
「なに?」
 呼び掛け、顔を見れば毬は真っ直ぐに視線を返してくる。
 肩口で切られた癖のない髪。自分より繊細な顔の造り。穏やかな物腰。似ているところを見つけるほうが難しい姉。
「…なんで俺、毬に似て産まれなかったんだよー…」
 自分でもよくわからない愚痴が出た。何かを堪えるように膝を抱える。
 二卵生の双子など半端だ。いっそ外見が丸きりそっくりだったなら、他人の目からでも自分たちは完全に特別だとわかってもらえたに違いない。
 美術室の片隅でしゃがみ込んで会話している双子を、すでに部活動中の部員たちは放っておくものとして見なしていた。あまり似ていないせいで姉弟にも見え辛い二人はそのまま会話を交える。
「似てても、あんまり変わらなかったと思うよ?」
「…なんで」
「だって結局きょうだいでしょ? 見た目は問題じゃないよ」
 静かに毬は聡の顔を覗き込み、少しだけ首を傾げた。
 聡は押し黙った。わかっている。本当はわかっているのだ。ただ、わかりたくないだけで、心の奥底では理解している。毬のことは言い訳に過ぎない。聡と彼女が別れることになったのは単純に気持ちが通じ合わなくなったからだ。
「原因を外に求めるのってよくないんじゃないかな」
「…わかってるよ」
 ひとのせいにするなと言外に告げ、たしなめる毬は確かに姉で、聡は弟だ。こういうとき聡はいつもそれを痛感する。
 そして、自分に一番近い位置で親身になってくれるからこそ、聡は何かあれば毬にまず話すのが癖になっていた。同じ日に産まれた片割れ。特別さは一生変わることがない。
「毬ー」
「うん」
「…なんか俺、泣きたい」
「聡って振られるといつもそう言うよね」
 毬は身内の残酷さで言い切った。あどけない顔で何気なく切り伏せてくる姉に、しかし弟はめげない。
「毬もなんだかんだつって俺の話聞いてくれるじゃん」
 膝を抱えたままようやく聡が笑ってみせると、毬も小さく笑った。
「双子でよかったでしょ?」
「ん」
 うなずきつつ、聡は立ち上がり膝を伸ばした。
 話を聞いてもらってすっきりした。まだ胸の中に靄がかったものは残っているが、それはこれから自分一人でどうにかすればいい。
「ありがとな、毬」
「どういたしまして」
 聡に遅れて立ち上がった毬がにこりと笑った。




「…あの双子、よく似てるよねぇ」
「マイペースっていうか、他の存在ころっと忘れるところね」
「本人たちが一番知らないんだからさ」
 美術室内の一部で交わされるささやきは、やはり本人たちには届いていない。






**********************
 学校の課題で提出したミニ小説。
 毬はそのまま『まり』と読みます。聡は『さとる』ではなく『さとし』です。自分内略称はマリサト。別にカップリングではない。
 双子っていうのはやっぱりどっか特別なものがあると思います。私の母親は双子の姉のほうですが、並んでいるのを見てると他の兄弟とはどこか異なる雰囲気があるのです。
 この双子は他にも文章で書いているものがあるのですが、それはまた今度。

 コメントはさておき、新年あけましておめでとうございます。
 遅すぎるという突っ込みはまあ置いとこう。
 ちなみに私の新年は、1日未明から最悪でした。友人たちと行った二年参りの途中で気分が激しく悪くなり、すぐ帰宅したものの嘔吐を繰り返し、一晩中十五分おきに吐くわ、高熱が出ても吐気のため薬が飲めず、1日と2日はりんごをすったものだけで生き延びました。死ぬかと思った。というかいっそ殺せみたいな。
 後に計った体温計は堂々39.8度をマーク。惜しい! あと0.2度!!
 正月に病気なんてするもんじゃないです。病院やってないわ薬局開店してないわで。
 半分脱水症状になるまで吐いたせいか、3日までに2キロ痩せました。

 しかしどうにか根性で3日の夜にはおかゆを食べられる程度には回復。
 4日は井原正巳引退試合に出掛けてまいりました。いたよ、川口! 遠かったけど! 楢崎はすごく間近で見れたけど!(ゴールされた瞬間のキーパーのオーラは怖すぎると痛感した)
 肝心の井原もシュートを決めて、引退セレモニーではキャプテンマークを置いて退場していかれました。今までありがとうアジアの壁。
 で、試合後地元に帰ったら高校の友人たちが集まっているとのことで急遽参加を決意。その足で飲み屋へ。大して飲まなかったけど、地味に焼き鳥食べてました。
 人間酒精を飲めるようになったら回復の証拠と悟り。

 箱根駅伝は復路だけ見ました。往路のときはとてもじゃないが他人の走りより自分の体温の異常っぷりに頭が一杯でした。
 しかし箱根駅伝はタスキが繋がらなかった瞬間が切なすぎる。頑張ったのにね。
 アイスノン額にのっけて見た箱根駅伝復路。

 以上、桜井2004年の正月記録。
 最初が波乱でした。
 後はもうゆっくり過ごしたい…。

 そんなわけで、7日ごろに書いた今年の書初めは『健康第一』でした。
 今年もよろしく。

2004年01月18日(日)



 白色の詩(オリジナル)

 季節は夏の反対を向いていた。








 窓の外は鉛色の空が重苦しい様相を醸し出し、この分ではそう遠くないうちに初雪も望めそうだ。子どもたちが喜ぶな、と研修医の太一は去年の雪の日を思い出し、はしゃぐ入院患児の様子を想像し頬をほころばせた。
「川上先生」
 幼い声が聞こえた。ぱたぱたと軽い音を床に響かせながら、いささかサイズの大きいスリッパを履いた白い脚が近付いてくる。
「百合ちゃん、走っちゃだめだよ」
 顔なじみの、ようやく十をいくつか越えたばかりの少女に太一は苦笑に近い表情でたしなめる。おとなしい彼女が院内を走るのは滅多にないことだったが、さりとて注意しないわけにもいかない。
「あ…ごめんなさい」
 素直に謝罪を口にした百合は一度立ち止まり、今度はそろそろと太一に近付くとずっと腕に抱えていたものを差し出した。頼りないほど細い髪が、百合のパジャマの上に羽織ったカーディガンの肩に当たりさらりと揺れた。
「これ、返そうと思って。ありがとうございました」
 百合が差し出したのは写真集だった。被写体を自然動物に限定したそれは、白熊が好きだと言った百合に太一が貸したものだ。受け取り、太一は笑い掛ける。
「どうだった? 白熊は」
「すごく、おもしろかったです。あの…白熊って北極にしかいないんですよね?」
「うん。北極熊とも呼ばれてるしね。逆に南極の近くにしかペンギンはいない。生息地域っていうのがあってね、地球上の一部にしかいない動物も結構いるんだよ」
「なんでですか?」
「ずっと古い時代に陸続きだったりしてその場所にやって来たんだけど、海が広がって帰れなくなって、そこで同じ種類でも進化が別れちゃうんだ。もちろん、それだけが理由じゃないけど」
「…パンダと白熊の柄が違うのも?」
 う、と太一は素朴な子どもの疑問に返答を窮した。そもそもパンダは猫熊と書くが、猫科なのか熊科なのか。熊のような気もするが、ならばなぜ猫の字を使うのかなどと考え始めると段々わからなくなってくる。
「…今度までに調べておくから、そのときでいいかな?」
 小児科医を志すのなら子ども相手の話術の必要性をも噛み締めながら、太一はごまかすための笑みを浮かべる。素直な百合はこくりとうなずき、嬉しそうな笑顔を見せた。
「はい。待ってますね」
 年齢の割には落ち着いた喋り方をする百合は髪や肌といったところの色素が薄い。そんな外見の印象は吹けば飛ぶ花びらのようなはかなさに似て、この歳の子が持つ雰囲気としてはどうにも痛々しく太一には映っていた。
「そういえば、雪、降りそうだね」
「雪…ですか?」
 意外そうに百合が首を傾げ、もう少し嬉しそうな顔をするだろうと思っていた太一の予想は当たらなかった。
「嫌い?」
 直接的な問い掛けに、百合は言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。
「雪は、ここでも見れます」
 貴重なものではないのだと、百合の幼い表情が物語るのを太一は見た。子どもらしくないと感じるのは、その目の中に諦めに似たものがちらついたせいかもしれなかった。
 ああそうだったと、不意に太一は思い付いた。目を細めて笑う。
「…見たいのは、白熊?」
「はい。まだ、ちゃんと見たことないんです」
「…そっか」
 白い部屋にいる記憶が大半を占めている百合の思い出の中で、白い熊は何の象徴なのだろう。白い病院、白い雪、白い熊。同じ色で表現されても、まるで違う意味を持つそれら。
「白熊は…連れてきてあげられないからなぁ…」
 安易に『そのうち見られる』とは言えず、太一が困った顔をすると百合はまじめな顔で首を横に振った。
「いいんです。私、自分で見に行きます。いつか、ぜったい」
 真剣な少女の声は、何かを誓う響きに似ていた。そのときだけ百合のあの消え入りそうな雰囲気が消える。生命力が滲む声だった。
 奇妙なほど微笑ましく、また嬉しい気持ちに駆られた太一はゆっくりと笑った。
「そうだね」
 見られるといいね、とは言わなかった。ただ、彼女がいつかあの白い熊を自分の目で見る日が来ることを、祈るように願った。

 初雪が舞ったのは、それから二日後のことだった。







********************
 一月ぐらい前、学校での課題『千文字小説』で提出したものです。
 実際千文字なんて平気でオーバーしまくってますが気にしない(出せばいいんだ出せば)。
 公的課題ですのでオリジナル設定の二人組。青年医師とお子様。
 白クマはいいよね、うん。白クマグッズが好きなんじゃなくて、生の白クマが好きです。動物園に行って白クマがいるとわくわくします。ガラスを隔てない場所で会えと言われたら躊躇しますがね。
 この二人組はわりと好きなので、そのうちまた書くかもしれないし書かないかもしれない。太一さんと百合ちゃん。

 ところで髪が黒くなりました。ブラウンブラック、という感じではありますが、黒です。
 懐かしいようで、妙な違和感を誘うのは私だけだろうか。黒髪桜井。
 そして髪を黒くすると、地味顔がさらに地味になると痛感。
 なぜかバイト先の男の子から安達祐実に似ていると言われたのですが黒髪にしたらそんなことないだろうなー、と思っていたのに「やっぱり似てますよー」と言われほんのりショック。似てないよ。

2003年11月27日(木)



 ハッピーバースディ(笛)(渋沢と椎名とその他)。

 恨むなら自分か神様でも恨め。









 その青年のような外見をした少年は、その日彼にこう言ったのだ。

「椎名、誕生日おめでとう」

 祝われた本人は、認めたくないが本日から数ヶ月年下になるチームメイトに向かって、にっこりと笑った。

「嫌味なら他に言ったほうがいいんじゃない、渋沢」

 え、と純粋な好意のみでおめでとうと告げたはずの渋沢克朗は絶句した。
 その顔を間抜け面だと言わんばかりに翼は鼻で笑う。

「あのさあ、そもそも男同士で誕生日おめでとうなんて言われたって気色悪くない? しかも十六にもなって誕生日がめでたいなんて本気で思ってる? 俺そういう馴れ合いみたいな風潮すっげ嫌いなんだけど。ウザいから二度と言うなよ」

 言うだけ言うと、彼はそのまますたすたと遠くへ行ってしまった。
 残された渋沢は唖然とし、そばにいた他のチームメイトたちを見る。

「なあ、俺なにか悪いこと言ったのか?」
「別に先輩は悪くないッスよ!」

 しかし、否定してくれたのは藤代だけだった。
 その会話を丸聞きしていた木田は苦笑しているし、郭は小さなためいきをつき、若菜は「気付けよ」とぼそっと呟き、水野は目を逸らした。他の面子も似たりよったりだ。

「…黒川」

 困った渋沢が、翼とこの場で最も親しいと判断した人間に話を振ると、彼はあっさり「仕方ねえよ」と言った。

「何が」
「渋沢、7月生まれだろ?」
「ああ」
「で、翼は4月生まれ。学年変わらなくてもお前のほうが年下だろ?」
「それがどうかしたのか?」

 渋沢に悪意はなかった。彼は心底から翼に邪険にされた理由がわかっていない。
 見かねた郭が会話に入った。

「年下に身長差つけられてるのがイヤなんでしょ」
「……は?」
「渋沢と椎名、身長差がすごいあるのに、椎名のほうが年上。その上このメンバーの中だと椎名が今一番年上でしょ? でも身長は下から数えたほうが早い。ちょっと気にしてるんじゃないの? 椎名プライド高いしね」
「だっつーのに、よりによってお前が『誕生日おめでとう』とか言うから。あいつけっこームカついたんじゃね?」
「………………」

 そんなことで。
 正直渋沢はそう思ったが、それは翼にはないものを持っている人間の奢りかもしれないとすぐに己を反省した。

「でも、たまたまですよ。翼さん今日はちょっと機嫌悪かったし、タイミングが悪かっただけだと思います」

 風祭のフォローが一同の胸に染みる。

「全く気付いてなかったってだけで充分無神経って気ィするけどなー」
「結人、人それぞれだろ」
「気にすることないんじゃない? むしろわざわざ嫌味だって言い返すほうこそ気にしすぎなんだと思うけど」

 慰めなのかそうでないのかよくわからないロッサ三人組はマイペースだった。
 それでも傷つけたことに変わりはないだろう。根が生真面目な渋沢は反省と同時に申し訳なさが心に浮かんだ。

「…ちょっと、行ってくる」

 さして悩む前に決然と顔を上げ、渋沢は歩き出していた。
 それを見送りつつ、残った少年たちはやれやれとそれぞれの表情を浮かべた。

「あーあ、渋沢って苦労性」
「鈍いんだか鋭いんだかわかんねー奴だよなー」
「…いつか胃を壊さなければいいな」
「いい人なんですけどね」
「うちの部長だった頃もあんな感じでやってたぜ」


 さてさて、そんな武蔵野森の元部長。
 どうにか本日誕生日の同学年を掴まえ、真摯な気持ちで謝ったものの、またしても「ばか?」の一言を喰らい敢え無く撃沈。
 根本では嫌い合っていないはずのこの二人、障害は目下身長30センチ差にあった。







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 発掘してみた、椎名くん誕生日話。
 彼の誕生日は4月19日ですが。

 きつい美人さんに振り回される大きな人克朗さんを書きたかったんだと思います、これ書いてたとき。あと地味に選抜メンバーとか。
 笛は人数多いから書ききれないよね。オールキャラでやろうとはあまりに思えない(…というか書ける人が随分限られる)。

2003年10月04日(土)

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