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遠子(桜井都)

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 空の詩(笛)(渋沢と三上)。

 いつも相手のほうが空に近い場所にいる。








 渋沢克朗が三上亮を見つけたのは特別教室棟四階のさらに上だった。


「…見つけたぞ、三上」


 意識的に低くなった声がむき出しの青空の下で響いた。
 呼び掛けられた本人は激しく驚き、寝転がっていた屋上の給水搭の上で慌てて身を起こした。

「……んだよ、渋沢かよ。寝てんだから起こすんじゃねーよ」
「寝惚けたこと言ってるんじゃない。今何時だと思ってる」
「一時半」
「いくら五時間目が美術だからって、毎時間サボるな」

 下から仁王立ちになって見上げてくる友人に、三上は大仰なためいきをついた。
 気だるそうに前髪を右手でかきあげ、視点に差がある渋沢と楽に話すために給水搭の上を移動する。しかし多少移動しようとも給水搭の端で両足をぶら下げて座る三上に、降りる意思は欠片もない。

「いいじゃねぇか。どーせ最後の時間に作品仕上がってりゃいいんだろ?」
「それでも教室にはいるべきだろう」
「いいっての。他の連中が喋りまくってんだろ。あんなうっせーとこで寝られるか」
「三上、授業は寝るものじゃない」
「ハイハイハイ、マジメな委員長は問題児捕まえんのに苦労してんのな」

 延々と続きそうな諌言というよりは説教めいた言葉が鬱陶しくなり、三上は適当に手を振って渋沢を追い払う仕草を見せた。渋沢は若干傷ついたような複雑な表情になる。

「…別に俺は、委員長だからとかそういう理由でこんなことやってるわけじゃない」

 視線は上を向いているというのに、渋沢の目は三上からやや外れた場所を見ていた。
 秋風に三上の黒髪がさらりと揺れ、遅れて渋沢の茶の髪も揺れた。それを見下ろしながら、三上は滅多に見ることのない渋沢を見下ろす位置で彼の髪の色が自分と相当かけ離れていることを改めて感じていた。

『すっげー色じゃん、染めてんの?』

 渋沢に初めて会ったとき、まず三上の目に入ったのは長身と髪の色だった。
 無遠慮にそう言ってきた三上を渋沢は邪険にすることなく、どこか困ったように笑ったのを覚えている。

『いや、地毛だ。…すまん』

 なぜ謝るのかそのときはわからなかったが、今ならわかる。相手の期待を裏切ってしまってすまないと、渋沢は言いたかったのだ。
 制服の脚をぶらつかせながら、三上は口の中で「苦労性」と呟いた。

(イイ奴ほど早死にするってのによ)

 放っておけばいいだろうに、渋沢はいつも三上を見捨てない。
 たとえ作品が仕上がっても教室にいないことが知れれば欠課となり、卒業資格の一つである成績がつかない事態になる。ただでさえ美術の教師と折り合いの良くない三上の性格も慮った上で、渋沢はここまで探しに来たのだろう。


「…なんでお前、俺なんて相手にしてんだ?」


 光に透けると琥珀のような輝きを増す髪の彼に、三上はかねてよりの疑問を問い掛けた。
 品行方正を絵に描いたような渋沢に対し、自分が反対に位置することぐらい三上も理解している。部活と寮が同じでなければきっと友人になどならなかった。あるいは、なれなかったというべきか。
 渋沢は三上の疑問に、例のどこか困ったような笑みで答えた。

「なんで、って…友達なんだからほっとけないだろ?」

 それ以外ないような口調だった。
 ともすれば白々しく言う綺麗事のようになってしまうだろうに、なぜか渋沢が言うと嘘の匂いがしない。彼はそのまま三上を友という分類に加え、表明出来る勇気があった。
 己の信じるものを自分の真実にしてしまえる強さ。三上は自分が持っていないそれを、渋沢が持っていることにかすかな羨望を抱いた。
 
「三上?」

 黙った三上を不思議そうに渋沢が呼ぶ。
 時折、その強いが故の鈍さがたまらなく鬱陶しいと言ったら、彼は傷つくだろうか。
 数秒だけ風に髪をなぶらせた三上はそう考えた己の根性の汚さに内心で舌打ちする。忘れろと言い聞かせる。渋沢の友でいたいなら、と。
 振り切るように給水搭の端を後ろ手に押し、飛び降りる。
 タン、と軽い音を立てた足と同時に膝を曲げ、衝撃を殺す。
 勢いで片膝と右手が屋上に触れた。

「…身軽だな」
「慣れてんだよ、こんなの」

 立ち上がり、軽く手を払いながら三上は素っ気無く言った。空気の流れで背中のほうへ行ってしまったネクタイを直し、渋沢を見る。

「で? 戻るんだろ?」
「え? あ、ああ。…いいのか?」
「成績つかねーと進級関わるし、かったりーけど」

 ちらり、と三上は渋沢を見たが渋沢の表情は変わらない。

「…お前にこれ以上手間かけんのもアレだろ」

 吐息のように言うと、三上は渋沢を置いてさっさと歩き出した。
 追いかけながら渋沢は笑う。

「アレってなんだ、三上」
「ニュアンスでわかれ」

 ふんと鼻を鳴らす三上だったが、渋沢はそうかと言って納得していた。

 二人が去ると、屋上には太陽の光だけが残された。









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 10月1日は三渋の日です。
 中学一年次ぐらいの、まだお互いへの経験値が不足気味の頃ということで。
 …これを指してどう三渋と言う気なのかは置いといて。わかってます、私が書くのはいつだってカップリングっぽいものじゃない。
 というかこの二人の場合、カップリングがどうのよりただ二人の組み合わせがすごく好きなだけです。森の茶髪と黒髪。

 ついでにどんな学校であろうが、学生二人を書くなら屋上シーンは一度は書きたいものだと思ってます。
 私が通っていた中学では屋上は開放されてませんでしたが(でも上がってみたけど)(怒られたけど)。

2003年10月01日(水)



 無音(ガンダムシード)(キラフレ)。

 帰ってきてしばらくは事後処理に終われ、振り返る暇がなかった。
 忙しさは一時の感情を忘れさせる。そんなありきたりのことを思いながら、どうしても立ち止まることを拒んでいた。
 止まったら、あの笑顔ばかり胸によみがえってしまいそうで。


 ―――キラ。


 無邪気だった少女。平和だった日、気まぐれでも笑いかけてくれたことがただ嬉しかった。
 それだけだったあの日々はもう戻らない。

「…なくしたものばっかりだよ」

 薄い闇の天井をキラは見上げていた。
 考えたくないと思うのに、思い浮かぶのは途方もない量の思い出ばかりだ。

「…フレイ」

 向かうべき相手がもういないその名。何度も何度も心に描き、呼び掛け叫んだ。
 届かないかもしれないと思いながら手を伸ばした。いつか、届くことを祈っていた。


 
「フレイ」



 この世界は、君が願ったものに少しでも近付いているだろうか。

 そうであっても、そうでなくても、やるべきことは一つだとキラは目を閉じた。
 生きなければならない。明日のために、自分のために。
 日々は続いていく。嫌でも非情でも、生きる者にはそれを続ける義務がある。

 薄闇に呟いた言葉は意味を成さず、ただの音として消えた。









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 なんだこの短さは。

 …薄々知ってたんですけどね、最後の最後でいなくなるって。
 多分きっと仮に生き残ってたとしても、キラがラクスよりも彼女を選ぶとかそういうことにはならなかったかもしれないんですけどね。
 …フレイ………。
 それでも生きてて欲しかったなあ、と今はただ思います。
 フラガさんも。マリューさんは最後まで信じて待ってたよ。帰ってあげて欲しかったよ。

2003年09月27日(土)



 冬の朝に(最遊記)(江流と光明三蔵法師)。

 十五夜から二月も過ぎれば、風に冬の刃が混じり始める。
 日課でもある庭の掃き清めのため、身の丈ほどもある竹箒を手に少年が庭先へ降りてくる。金鳳花のような繊細な金髪が身ごなしに合わせて揺れた。
 じきに、掃除の必要がなくなるだろう。曇天の空を目を細めて見上げながら、少年は身に纏う葉の大半が消えている山木と、来るべき冬を思った。
 そしてふと視線を下ろしたとき、彼は意外なものを見ることになる。

「…師匠」
「おはようございます、江流」

 早いですね。
 そう微笑みながら告げた師に、少年は半ば呆れた。

「何やってるんですか、こんな寒いところで」
「いえね、冬だなあ、と」
「まだ秋ですよ。薄着でこんなところにいないで、早く中へ入って下さい。風邪でも引かれたら困ります」
「まあそう言わず」

 師は物腰こそ柔らかでも頑として意思を変えない。いつものことだとわかっていたが、それでも少年は息を吐いた。

「冬には冬を味わう。それもいいものですよ?」
「…寒い中わざわざ出て来るのがですか?」

 自分は絶対御免だと言いたげな弟子に師は柔和に笑む。

「あるべきものが、あるべき様にある。それを確かめる。冬の寒さを受け入れるからこそ、春のありがたみがわかるというものです」
「…………」

 そうして師は空を見上げた。少年もそれに倣う。
 曇天の冷たい空は無感動なほど何も変わらない。しかしこの冷たさが冬への始まりとなり、やがて来る春を待つ気持ちを生ませる。
 少年は、師の言葉の意味を考えていた。
 今はまだ寒さしか感じ取れない冬の朝。自分はまだ幼いのだと言われた気がした。けれど、そのうちこの朝にも意味を求めて受け止める日が来るのだろうか。この師のように。
 そうなれたらいい。いつか、この人のようになれたら。
 二人はただ黙って空を見ていた。





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 えーあーうー……気分転換? 最遊記です。
 久々すぎてすっかり口調を忘れております江流さんと師匠。絶対どっか違う…。
 やっぱりコミックス最初から読み直すべきだったか。
 外伝読み直してたらなんかふと久々に書くかー、という気分になったのです。書いたっていううちに入らない短さですが。

2003年09月14日(日)

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