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遠子(桜井都)

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 秒読み開始(笛)(若菜と真田)

 奴が来る。









 日本の特徴その一。

「四季がある!」
「日本って縦長の国だもんな」

 あとは? と、社会科のレポートを前に、真田一馬は助けとなる友人に目で訴えた。

「あとはアレだろ、ほら、梅雨があるってヤツ」

 テーブルの向かいにいる若菜結人は窓の外を指さしながら答えた。
 独特の音を鳴らしながら大地を潤していく6月の雨が、彼らの外の世界に存在している。梅雨入り宣言はそう遠い日のことでもなさそうだ。

「梅雨って日本しかないんだっけ?」
「だろ。他はー…、乾期とか雨期とかってカンジじゃん」
「…なんか理由なきゃ書けねーじゃん!」
「あーうるさー。そういうのは英士の領分! 俺にはわからん!」

 自分の聞きかじりの知識だと暴露して、結人は言葉を投げ捨てた。明日提出の宿題を抱えている一馬はシャーペン片手に恨めしげな顔だ。

「…お前が手伝ってやるっつったんだぞ」
「俺に英士と同じこと出来るわけねーじゃん」

 アテにした自分がバカだった。一馬は内心そう思ったが、この雨空の日にひとり黙々と宿題と対峙する勤勉さが自分になかったことも確かだ。
 一馬は喋りながらでも地味に進めていく決意を固めた。

「そういや梅雨かー。やだなー、雨降ると試合延期とかなるからなー。ついでに朝髪すげえことになるしなー」
「ふーん…」

 止まない雨を見ながら、結人は心底鬱陶しそうな声を上げた。
 対して一馬は結人から貰ったヒントを元に、教科書の文章をレポート用紙に書き写す方向に思考が回っている。返事は自然と力のないものになった。

「だいたい6月ってのが俺に似合わないんだよ。一馬もそう思わね?」
「ん…」
「だよな! ジメジメジメジメとだーもーうぜー…って、聞けよ一馬!」
「聞いてる聞いてる」
「ウソつけ! …お前そういう言い方ばっか英士に似やがってさー。どうせ俺はいつも仲間ハズレだし、いいさ、お前と英士だけでまいんち仲良くしてやがれ」

 放っておくと部屋の隅でぶつぶつ言いそうな結人に、ようやく一区切りついた一馬が顔を上げる。

「え? 悪い、なんつった?」
「…………いや、もう、いい」

 一人芝居ほど切ないものはない。結人はそれを痛感してひきつった笑みを洩らした。
 それからきょとんとしている一馬に、普通に笑ってやる。

「雨、早く止めばいいよな」
「そうだな」

 言葉の内にあるのは『早くサッカーがしたい』だったけれど、それはお互い言わなくても通じる気持ちだった。おそらくここにいないもう一人にも。
 練習も試合も、晴れているからといって楽しいことだけではない。けれどこうして離れてみると、不意の瞬間に恋しくなる。
 二人の心はすでに梅雨の向こうの夏に飛んでいた。









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 まあどうせなら、例の私認サイトイラストに影響されてみましたということで。
 なんか不完全燃焼くさい上に、もう梅雨入りしてますけども。

 私認サイトさまはこちら
 7月カレンダーはシゲかもしれなくても渋沢を外さないことを切に願っておりますとも樋口先生!
 11月は当然水野でよろしく!

2003年06月15日(日)



 雨の音(笛)(渋沢と三上)

 雨が降ったら母さんが。










「…じゃのめって一体何だ?」

 突然疑問の声が聞こえてきて、渋沢克朗は数学のノートから顔を上げた。
 同室の三上亮が窓ガラスに額がつくほど顔を近づけて外を見ている。

「じゃのめ?」
「歌であるじゃん。あめあめ降れ降れ母さんが、って」

 アレ。
 そう続けた三上の、滅多に聞けない歌声に渋沢は軽く目を瞠った。
 童謡の些細な旋律とはいえまさか歌うとは思わなかった。

「…じゃのめでお迎え嬉しいな?」
「おう」

 こくりと三上の黒い後頭部がうなずいた。
 三上は結露が見える窓ガラスに指を伸ばし、暇そうに落書きしていた。
 その甲に比べてやや長い指が、曇ったガラスに「ジャノメ」と文字を綴る。

「じゃのめ…蛇の目、って書くんじゃなかったか?」
「ヘビ?」
「ああ。母さんから聞いたことがある」

 渋沢は言いながら、記憶の奥底をたぐり寄せる。
 小学生の頃今の三上と同じ疑問を抱いたことがある。
 しとしとと静かに降る雨の音に渋沢は記憶を集中させた。

「…ああ、思い出した。傘の種類なんだそうだ」
「蛇の目してんのか?」
「柄とかじゃないか? 昔、女の人が使う傘って言ったら蛇の目傘だったらしい」
「ふーん」

 相槌を打った三上の指先が、今度は「蛇の目」と漢字交じりでガラス窓に滑らされた。

「…雨が降ったら、母親が傘持って迎えに来てくれるってことか」

 蛇の目でお迎え嬉しいな。
 そう続けた歌声が聞こえたような気がして、渋沢は身を伸ばしてさっきからずっと三上が見ている窓の下を覗いてみた。
 寮の庭先にある水色の紫陽花。まだ花の色づき方が浅いその庭木の前に、傘が二つ並んでいた。透明なビニール傘と、小さな赤い傘。
 しっかりとその下で手を繋いでいる若い母親と黄色い長靴の女の子。
 友人はそれを見て、あの歌を思い出したのだと渋沢は知る。
 雨が降ってきたからと、母親がわざわざ迎えに出てきてくれる嬉しさ。小さな子にありがちな単純さだ。けれど自分たちはそれを待つほど、もう幼くはなく。
 ゆっくりと渋沢は伸ばした身体を元の椅子の上に戻す。
 雨の日の親子を見る三上の目が、懐かしさと微笑ましさを伴って彼女らに注がれている。
 日頃はどうにもひねくれた言動を取る三上にも人並みにやさしい顔が出来るのだな、と渋沢は内心失礼なことを考えた。
 きっと、彼にも家族が雨の日に迎えに来てくれた覚えがあるのだ。
 そしてそれは彼にとって優しい家族の思い出で。
 今よりずっと素直で、背も小さかっただろう友人の姿を想定して、渋沢は思わず笑った。











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 じゃのめって傘のことなんだって。
 母と叔母に教えてもらいました。
 蛇の目傘の情報はこちら。傘屋さんで見つけました。

2003年06月03日(火)



 名無しのメロディ(ミスフル)(司馬と比乃)

 音のない歌が聞こえた気がした。









 入学式直後の学校は落ち着かない空気に満ちている。
 不確かな記憶や新しすぎる情報を胸一杯に掻き込むことだけで精一杯の新入生は特にそうだ。
 まだどこかぎくしゃくした人間関係ばかりの教室を置き去りにして、比乃はその日屋上への階段を駆け上がっていた。

「いっちだん、にーだん」

 三段、四段。
 静かすぎる階段を歌いながら一歩ずつ昇る。
 小さな窓からこぼれ落ち、辺りに広がる太陽の光。決して暗くはないが、採光の小ささに明暗がくっきりと分かれている。人気のない踊り場は埃と比乃の声以外何も見当たらない。
 ここに、誰か一人でもいたら何か違うだろうに。
 比乃はふとそう思い、まだ高校に入ってから親しい友人が出来ていないことを思い出す。
 けれど、何せ入学直後だ。これから部活も入る予定であることだし、さほど焦りは感じない。まだまだこれからだ。

「きゅーだん、じゅーだん」

 残すところはあと数段。
 一度ぐっと狭い段の上で足の裏を踏ん張らせ、跳ねた。

「よっ!」

 タン、と軽い音がして、両足で着地する。
 思っていた以上に綺麗に決まり、比乃はひとりでにまりと笑う。
 上機嫌のまま屋上へのドアを開けた。
 その途端、顔のすぐ前を羽音が横切った。


「………ッ!!」


 急すぎて声も出なかった。
 びっくりしたまま目を見開き、空へと舞い上がっていく白い鳩を見ていた。
 一体何事かと思う。
 またいきなり飛んではこないだろうかとびくびくしながら半分開いたドアに、そっと背丈の低い身体を滑り込ませる。
 後ろ手で静かにドアを閉め、ほっとした瞬間また羽音が聞こえた。
 そうっと歩き、ドアの前からは死角になっている屋上の一番端を覗いた。

「……………」

 風に散らされる髪が見えた。
 同じ学校の制服を着た男子生徒。見覚えがあるようなないような感じで、比乃は声を掛けるどころか自分たち以外誰もいない場で近付いても良いのかすら躊躇った。
 髪の隙間から見えるヘッドホン。そばに置いてあるウォークマンから細い線が伸びている。目許を隠す色のついたサングラス。
 やわらかな線の横顔は少し大人びて、集まっている鳩にパンをちぎって投げる指が長い。
 唇が何か呟くように動いていた。

(…歌ってる……?)

 風の音や羽音にまぎれて、彼の声は比乃に届かない。
 けれど空気からそれが歌だとわかった。

 どんな歌を歌っているのだろう。

 ふと、そう思った。
 そして疑問はそのまま興味へと繋がった。


(友達になれるかな)


 何気ない予感を覚えた新学期。
 晴れた屋上の出来事だった。










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 林さんとこのイラストにふと触発されて。
 あははは直リンクだわ場面ネタ借りたりとかごーめーんー(私信)(あははじゃない)。
 ピノさんは誰とでも仲良くなれそうで、その実自分なりに友人は厳選するタイプのように思えました。どんな基準だかは敢えて考えないけど。

 よーしこの調子で笛以外も地味に増やしていきたいものですなー。

2003年05月30日(金)

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