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遠子(桜井都)

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 Missing(ハリポタ)(リドル)

 そっと触れてくれる優しい手のひらを探していた。








 夢を見ていた。
 覚えのない父が、こちらを見て蔑んだ笑いをしている。


 ―――…汚らわしい。
 ―――欲しくなかったさおまえみたいな子。


 だからどうしたと夢うつつに、父と同じ名の少年は思う。
 望まれて生まれなくても構わなかった。過去がどうであれ、いま自分はここにいて生きている。それだけでいい。

 ―――お母さん。

 ささやくような声で言うのは、かつての幼かった自分だ。
 生まれてすぐに母を失い、育ちの場となった孤児院で、寂しくなるといつもいつも記憶の向こうの母に呼び掛けた。

 ―――ぼくは、『まほうつかい』なの…?

 声が応えることは決してない。
 わかっていながらも、問い掛けたい気持ちは消えなかった。
 ほかの子たちには出来ない、奇妙な出来事を引き起こす自分。ほかの子たちにはわからない蛇の言葉を理解出来る自分。幼心にもそれが、周囲の大人たちの驚愕と畏怖を呼び、厭われる原因であることを知っていた。

 ―――…おかあさん。

 どうか教えて。
 お願い応えて。
 ぼくはどこに行けばいいの―――








 はっとリドルは現実を取り戻した。
 天蓋つきの、四本の柱に支えられたベッドの上で、リドルはしばらく目を見開いたまま動けなかった。やっと意識がはっきりしたのは、白々と窓から差し込む月の光をしばらく見つめてからだった。
 …そうだ。ここはもうあのマグルの孤児院じゃない。ここはホグワーツのスリザリン寮で―――あそこじゃない。
 喉がひどく乾いて、冷や汗で服の襟が濡れていた。顔も覚えていない両親と、幼い自分の夢を見たときはいつもこうだ。

「…Tom Marvolo Riddle」

 かすれた声で正確な自分の名を綴る。
 一体母は、どんな思いで自分を育てた父の名と、自分を捨てた男の名を、生まれてきた息子につけたのだろう。
 もう生きてはいない人間に理由を問うことは出来なかったが、もしも母との再開が叶うのなら訊いてみたかった。

「おかあ…さん…」

 涙がこぼれるのはなぜだろう。
 両親など今となってはどうでもいい人たちなのに。今更知ってもどうしようもない人たちなのに。
 いや、ちがう。
 固く毛布を握りしめて、リドルは嗚咽を漏らさぬよう口を引き結んだ。
 どうでもいいわけじゃない。幼い頃は、ずっとその姿に恋い焦がれていた。
 けれどいつの頃が、どうでもいい存在だと、もう自分に関係のない存在だと思い込もうとしていた。

「そうしなければ…僕は生きていけなかった…」

 寂しさで心が押しつぶされそうだった。
 だから、忘れようとした。そうするのが一番楽な方法だったから。
 けれど思い出そうにも姿の浮かばない母の面影は、今も夢に見るほど思慕を持って脳裏を横切る。

「おかあさん…ぼくは…」

 僕は魔法使いになりました。
 あなたと同じ、魔術の徒となりました。
 …よろこんでくれますか?

 ばかだ、とリドルはそんな自分に失笑した。
 忘れようと、関係ないと言い切ろうとするそばから、もう二度と会えない母を探して問いかけている。
 母を失って十年以上過ぎても、自分はまだあの人を探している。


「お母さん…」


 …あなたは。

 僕の選んだ道を、許してくれますか―――








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 古すぎるぐらい古い小ネタ。
 すいません、ファイルの日付を見たら2001年5月15日とかありました。二年前ですか…。

 いいんだか悪いんだかわからないことに、まだまだ過去のストックは残っているのでこれからもちらほら出していこうと思います。や、ほら、笛ばっかじゃアレだしさー…。

2003年05月11日(日)



 桜の詩(ホイッスル!)(渋沢と三上)

 初恋はどんな人でしたか?








「年上の綺麗な人だったな」

 あまりにも穏やかに彼がそう言ったので、三上は驚いた顔を隠さなかった。

「マジ? 年上?」
「…何だ、その面白そうな顔は」

 昼食時の昼休み。牛乳パックを右手で握り潰さんばかりに意気込んだ三上に、渋沢は目許をしかめてみせた。

「なあ、いくつぐらい年上だったんだ?」
「俺が小学校に上がったぐらいのとき、二十三か四ぐらいだったから…十六か十七ぐらいか?」
「幼稚園の先生とかか?」
「いや違う」

 三上としては妥当な線を狙ったつもりだったが、教本のような箸の持ち方をしている渋沢にあっさり首を振られた。

「んじゃどういう人だったんだよ。なあ?」
「…だからお前は、どうして人の話にはそんなに目を輝かせるんだ」
「細けえこと気にすんな大将!」
「俺はキャプテンだ」

 さらりと言い返した渋沢はそれ以上言う気がないようだった。
 しかしここで終わられては半端に聞いてしまった三上の気が済まない。

「なー、それで、どんな人だったんだ?」
「だから、十七ぐらい年上の綺麗な人だ」
「そんなんでわかるか。だいたい6つや7つのときなんてな、大抵の年上は『キレイなお姉さん』になるだろうが」
「何言ってるんだ、美人はいくつになっても美人だぞ」

 したり顔で言われても全然楽しくない。ずずずと音を立ててストローから牛乳を吸い上げながら、三上はこの友人をどうつついたら本音を言わせられるか考えた。

「…どんぐらい好きだった?」

 ふと、そんな疑問が沸いた途端口から出た。
 渋沢は聞いた意味がわからないように不思議そうな顔をした。

「どのぐらい…って、小学校に上がるかどうかの頃だぞ?」
「でも程度ぐらいわかるだろ」
「そう言われてもな…。憧れてはいたけど、もう結婚してたし」

 最初からかなうはずないってわかってたからな。
 渋沢はそう言って、過去の憧憬を秘めた笑みを見せた。
 その言葉は、想いが叶わないことと、相手の想う人に敵わないという二つの意味を持って三上の耳には届いた。

「…ってか、人妻!?」
「響きとして微妙だが、知り合ったときにはもう既婚者だったな」

 相変わらず何のためらいもなく淡々と言う渋沢を、三上は何となく「負けた」と思った。渋沢らしいと言えばらしいのかもしれないが、その歳で人の奥さんに懸想していたというのは何気なく驚嘆に値した。
 こいつってほんと計り知れねえ。
 すでに空になりかけた牛乳パックを右手に持ち直しながら、三上はほのぼのとした表情で弁当を食べている友人のことをそう思った。

「何かな、桜みたいな人だったな」
「は?」

 不意に渋沢が言い出し、三上は顔を上げた。

「その人のことだ。最初に会ったのが春っていうせいもあるんだろうが、第一印象が桜の花みたいな人だって思った」
「桜?」
「ああ。白いっていうか、少し透けた薄いピンクというか、ああいう感じだな」

 その説明で三上が思い出したのは、よくあるソメイヨシノの花だった。
 一重咲きの薄紅。はらはらと舞い落ちる光景は、日本の春を一番よく表している。あの可憐さに喩えられるのだとしたら、儚げな美人だということなのだろうか。

「お前、夢見がち」
「うるさい」

 三上がにやりと笑って揶揄すると、渋沢は眉間のあたりに皺を寄せた。照れくさいのだろう。その顔はいつもの彼より幼く、三上はきっとその人に対するときの渋沢はいつもそんな顔をしているのだろうと思った。
 淡い恋心を抱いた人を、花に比喩するとは随分ロマンチストだ。渋沢は現実主義者のタイプに属するほうと思っていたが、やはり初恋の人というのは特別なのかもしれない。

「いいだろ、人の趣味だ」

 口端でとはいえ、笑い続けている三上に、渋沢がむきになった声を上げた。
 普段すまして大人びた顔をしているだけに、その様子が可笑しい。すっかり空になった牛乳パックを机に戻し、三上は空いた右手で頬杖を突いた。

「ベツに? 悪くないんじゃね? すっげ楽しいこと聞いた気はするけど」
「…誰にも言うなよ」
「なんか言ったかー?」
「誰にも言うなよ!」
「い、言わねえよ! ってかいきなり胸ぐら掴んで脅すなボケ!」

 机の向かいから腕を伸ばして脅しつけたその剣幕に三上は心臓を跳ねさせたが、赤い顔でそうされでも全く怖くないことにも気付いた。
 ただ、この友人にもそういった子供じみた部分があることに親近感を抱いた。
 そっとシャツを掴む手を解かせ、まあ落ち着けと嫌味のない笑みを浮かべた。ぶすくれた渋沢の顔など滅多に見られるものではなかった。

「…言うんじゃなかった」
「そう言うなっつーの」

 呟いた渋沢に三上は苦笑で応える。
 つい先ほどまでは当分このネタで遊んでやろうと考えていたが、予想以上に相手の深い部分に触れている情報らしいので、仕方なくその考えを棄却した。

「誰にも言わねえから、今度続き聞かせろよ」
「…………今度な」

 かろうじて渋沢がひきつった笑いを見せた。
 対する三上は可笑しそうに、口許で笑っただけにしておいた。








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 幼稚園ぐらいの克朗少年が、桜の下で年上のお姉さんに憧れる図、というイメージが浮かんだのです。いやそれだけ。

2003年05月06日(火)



 真夏の果実(ホイッスル!)(アンダートリオ)

 間抜けの意味を文字通り噛み締めていた。






「…バッカみてえ…」

 とほほとでも付け加えたい気分で、布団のなかの一馬はそう呟いた。
 額に当てた濡れタオルが、一馬の体温を吸収しきってもう生温い。手足もだるく、動かすのが億劫だった。ふわふわと安定しない思考回路と常より高い体温は何だか泣きたくなる。

「何言ってんの、バカでしょ」
「だよな。だってフツー夏風邪ってバカが引くもんだろ」

 見舞いと称して遊びに来た親友たちは容赦がなかった。
 確かに、スポーツを生業として生きていくのなら、ベストの健康を維持することは当然の義務だ。それを怠るなかれ、と親友たちから嘲笑されるのも仕方ないのかもしれない。
 体温38度。咳、頭痛、鼻水、手足のだるさと全体的な不快感。今一馬の身体を支配しているのはまぎれもない風邪の諸症状だった。

「…わかってるけどさあ」

 ああ、何だか本気で泣きそうだ。
 外で鳴く蝉の声がやけにうるさい。七日しか生きられないのだから、彼らもきっと必死に鳴いているのだろうなあ、と一馬は全然違うことで自分の気だるさを逸らそうとしたがうまくいかない。
 誰だって、病気のときは優しくされたい。
 ごろりと寝返りを打って、一馬は親友たちとは逆の壁のほうを向いた。

「あーあ、スネてやんの。ガキじゃねーの、お前」
「結人、言い過ぎだよ。ほんっと言葉選ばないんだから」

 そういう自分だってひどいときにひどい台詞を言うくせに、と一馬は二人の会話を聞きながら英士に突っ込んだ。どっちもどっちだと。
 お調子者で分別に欠けるところはあるけれどおおらかな結人。
 意外に短気ですぐ手を上げたりするけれど聡明で真面目なところのある英士。
 実は一馬も含めて似通った部分はかなり少ないのだが、どちらも、一馬にとってはこの上ない大事な友だった。
 たとえば、誕生日には何も約束していなくても家までやって来てくれるような。
 ちら、と身体は反対を向けたまま首だけ二人を見ると、「お」と結人が気付いた顔をした。

「ほーら、いつまでもスネんなって。今日誕生日だろー」
「一馬、リンゴ食べるなら剥いてあげるから」

 英士の言葉に、ぴくりと一馬が反応した。

「…リンゴ?」
「そう。好きでしょ」
「真夏のリンゴも悪くないだろ」

 高いけど買ってきてやったんだぞ、と恩着せがましく言う結人を無視して、英士は実は先ほどからずっとそこに置いてあった皿と包丁、洗ったリンゴそのほかを見せる。

「さっきおばさんから借りてきた。一馬がどうしても食べたいって言うなら、剥いてあげるよ」

 包丁を手にした、英士の深い黒色の瞳がきらりと輝く。

「英士、出来るのか?」

 そうっと尋ねた一馬に、英士は心外だとばかりに細眉を跳ね上げた。

「出来ないことを言い出すほどバカじゃないよ。…で、そこの結人もやりなね」
「えっ? なんで俺も!?」
「ついでに自分も食べようだとか思ってるなら、自分で剥きなよ。今日は一馬が病人なんだから一馬が優先」
「…いいけどさー」

 ぶちぶち尚も文句を言っている結人を無視して、英士はリンゴと包丁を持ち、皿を使って器用に四等分した。そこからさらに皮を剥こうとしたとき、一馬がふと思いついたように声を張り上げた。

「あ、俺ウサギがいい!!」

「………は?」

 ウサギ? と英士が視線で確認すると、一馬は熱で潤んだまなざしのままこっくりうなずいた。子供かと思われる、やや幼稚な仕草だった。

「…ウサギ、ね。はいはいわかったよ」

 熱のせいで退行化現象でも起こっているのだろうか、と思いつつ英士は素直に了承した。ウサギりんごなんて、確かに風邪のときぐらいしかねだれない。

「英士ー、俺もウサギがいい」
「だから結人は自分でやれって言ったでしょ」

 手を切らないよう注意しながらりんごを剥く英士。一馬より遥かに手先の器用な彼の指は、見事に可愛らしいウサギりんごを生み出していた。

「だって俺ウサギなんて出来ねえもん。いいから俺にもウサギ! ハイ決定!」
「…わがまま」

 不平を鳴らしつつ、結人に言い切られると英士は弱い。まだ残っているりんごに手を伸ばし、さらに剥き続けた。うさぎのかたちに。
 かなり真剣な顔になっている英士に、結人と一馬は何となく顔を見合わせて笑う。
 それに気付いた英士が、やや眉をひそめながら顔を上げた。

「…何、二人とも」
「べっつにー、なー一馬ー?」
「ん、何でも」

 ならいいけど、と英士は再びりんごに戻る。今度もまた残る二人はこっそり顔を見合わせたが、英士は何も言わなかった。
 親友の手から生み出されるウサギのりんご。
 また別の親友とそれを見て笑う、奇妙なおかしさ。
 まだ風邪の症状は辛いけれど、二人がいるならこんな誕生日も、悪くない気がしていた。





「…いや、英士もういいから」
「だって一度始めたら全部やるまで終わりたくないんだよね」
「だからって誰が食うんだよ、この大量のりんごを!!」

 英士によって増殖されたウサギりんごは、翌日の昼食まで持ち越された。
 真田一馬、8月20日。
 リンゴは塩水につけておけば変色しないということを知った、夏の誕生日。




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 今、4月です。
 絶賛使い回し中。要するに書いたのはずっと前。今風邪引いてるので、そういえば前に風邪引き一馬を書いたなあと思い出したのです。

 おとといは椎名くんと桐原パパの誕生日でした。

2003年04月21日(月)

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