不思議っ茶の日記
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2007年04月30日(月) 詩にグッズにメッセージ性

70年代

GS時代の後期、(60年後半から70年にかけて)音楽が変わって行きました。
ザタイガースの、ヒューマンルネッサンスというアルバムに
あるように、メッセージ性が高くなるのです。
曲は「廃墟の鳩」「青い鳥」他

この頃、はでなキャーキャーと騒ぐGSから、徐々に、フォークソングが
高石ともや、岡林信康らを筆頭に広まっていきました。

人前で歌うくせに、ジーンズとTシャツといった格好の連中です。
頭は長髪・・・・。
ギター一本で引き語りをはじめました。

高石ともや「受験生ブルース」「主婦のブルース」「想い出の赤いヤッケ」など歌ったものです。
岡林信康、「山谷ブルース」「チューリップのアップリケ」「くそくらえ節」「友よ」。

メッセージソングとでもいうのでしょうか。
若者の気持ちをぐっとひきつけたわけです。

ほれた、はれたの歌ではなく、人生どういきるべきか?
おかしいんとちゃうか、こんなん!という内容でした。

どうでしょう?

知ってますか?

町には若者が、フォークギターを持って、あるいてます。
その後にやってくるテニスブームも似てました。
街をテニスラケットを持って歩く人が多かったですが、とりあえず
この時代は、ギターでした。

シンガーソングライターなんて言葉が市民権を得て、自分で作詞作曲して歌うのですから、メッセージ性は高いですね。

やがて、ロックとフォークを融合した、吉田拓郎がおかっぱ頭で現れます。

「イメージの詩」です。

・・これこそはと信じられるものが、このようにあるだろうか
信じるものがあったとしても信じないそぶり・・

最初の出だしがこうでした。インパクトありますね。

信じるもの?ないよ・・
これこそはと信じられるものなんてもってないよ・・。


そうそう信じるものがあっても「ないんだよ〜」とニヒリストに
徹してたのも、これも一つのスタイルであり、また人生観でもあり
そのひとの、ファッションだったと、今思うと感じますね。


人生どういきるべきか、私はなぜにここにいるのか?
そんな哲学的なことも日常的に重要な問題でした。

ファッションは、個性化といいつつ、ジーンズに、Tシャツ、厚底の靴。
同じファッションだったと思います。ツイギーというイギリスのモデルが
人気を博してから、みんなミニスカートに、おおきな輪ッかのイヤリングをして、アイメイクは付けまつげをぱたぱたさせてアイシャドーなんて青をつけてました。

さくちゃんは、ニコニコマークの黄色のグッズが大好きでした。(笑)
これも愛と平和のメッセージグッズであります。

とりあえずこの時代は、「メッセージ性」がキーワードということかいな。


2007年04月29日(日) 長髪と音楽

音楽とファッションは、密接な関係があります。

60年代の末に、日本でグループサウンズが出てきた頃、ビートルズの影響で、長髪でした。

例えばタイガースの沢田研二や、テンプターズの萩原健一・・スパイダースの、かまやつひろし他

長髪になると、衣装も派手になったと思いますが、もちろんタキシード風の衣装もありました。

この「長髪」に世論は 喧々諤々、非難轟々・・・賛否両論。

NHKは長髪のGSは出演させませんでした。
ワイルドワンズ、ビレッジシンガースは、長さが適当という理由で出演してました。

隔世の感です。

子供達は、かっこいーーーといいながら、長髪にあこがれたようですが、何だその頭は!!と、学校の先生方に、注意されたり、きられたり。

私の母もそのうちの一人で、なぜ長髪でなければ、歌えないの?といいました。

世代の断絶です。

こうして、70年安保を無事通過した日本に、音楽とファッションの革命が起こったのでした。




2007年04月27日(金) ファッションの浮き沈み

浸りました・・・・あの時代に(笑)

http://www.youtube.com/watch?v=Gcszzopka_k&eurl=
上をアドレスに貼り付けてクリックして飛んでいくと

NHkのステージ101の「涙をこえて」のビデオが
見れます。

懐かしいですね〜〜〜

女の子たちのカッコやら
男の子たちのカッコをみてると

変なファッションの時代だったんだと納得しました。(爆)

そういえば、ビンテージものというジーンズの話を
友人達としたことがあります。

「あれは、理解できない」
「ビンテージジーンズってすごく高いからどんないいものかと
思ったら」
「そう・・・汚いだけ」

「そう〜そう〜そう〜〜」

で、おばさんたちは声をそろえていったわけです。

「どこがいいのよ!!よれよれの、ぼろぼろじゃないの!!!」

ファッションというと、やはり綺麗なものであって欲しいのです!!



2007年04月26日(木) 永遠のひなげしの花

「おっかの上ひなげしの花で〜〜〜
占うの あの人の心〜〜〜」

アグネス・チャンのデビュー曲です。もともと香港で
歌手活動をしていたらしく、日本には是非といわれて
やってきたらしいですが。

アグネス・チャンのコンサートに行って来ました。

特にファンでもないのですが、こんな機会もあとあとないだろうと出かけました。

彼女はアイドル時代、まさしくトップスターでした。

ひなげしの花だけでなく、ヒット曲はつぎからつぎでした。
当時、三人娘といわれていた、小柳ルミコ、天地真理 南沙織が活躍していました。

その中に、飛び込んでいったのがアグネス。

当時貿易商のお父上に守られ、お嬢様のような生活をされていた
ことに、お金持ちは何をしても何でもできるのね〜〜なんて変な嫉妬を
していたのかもしれません。

いま、アグネスの出会いの足跡の話を聞きながら、なんとしっかりした人だろうと、感心しました。

歌を歌っていたのは、ボランティアでチャリティコンサートのようなことをしたのがきっかけとか。

ボランティアは、家族の勧めでやり始めたといいます。

自分の母上様の実家がある村の貧しさを目の当たりにしたり
アフリカの子供たちの現状を目の当たりにして
ますます、ボランティア活動を、自信のライフワークにしたようです。

トップアイドル時代、寝る時間もない、勉強する時間もない、時間に追い立てられる生活を、見たお父上は、アグネスにとっていい環境ではないと判断され、カナダへの留学を勧められたそうです。

私は当時、なぜトップアイドルの座を降りてまでいまさら留学?と不思議でした。

お父様の深い愛情に感謝していますといっておられたのが感動的でした。

いまや50歳を超える年令になったアグネスの、懐かしい「ひなげしの花」を聞いて、涙が出てきました。

あの頃、人生の重みに不安を感じて、頼りない女の子だった私がこうして
今りっぱな?おばちゃんになっている。

そして初めて生で聞いたひなげしの花はやさしく「頑張って生きてきたわね」と、語りかけてくれたような・・そんな気がしたのかな?


2007年04月22日(日) 長崎市長選挙

長崎市長選挙は、疑問が残った。
あれって民主主義的な選挙なん?
法的にはまちがってないかもしれない。

だけど、無効票が一万とか。

前伊藤市長が選挙中、殺された時点で、期日前投票も済んだ有権者だって多かったはずだ。その有権者の意思はどう反映されるんだろう?

この点がどう考えても納得できない。

このようなことがまた起ったら??
究極的に明日が、投票日に殺人が起ったとしたら??


なんだか、難しい話になった。


2007年04月21日(土) 今週という週

この一週間、びっくりしたニュースが多くなかったでしょうか。

やはり、アメリカのバージニア工科大学の銃乱射事件が
ショックでした。(人種差別が原因でしょうか)

するとすぐ日本で、選挙中の長崎市伊藤市長が銃で撃たれてなくなりました。

これは怒りを感じました。


川崎市の通り魔事件も、町田市の立てこもり事件も・・・人間がおかしくなってないかなと心配になりました。

そして、金曜日の夜、延長12回で、巨人と阪神の試合、阪神のさよなら勝ちで終わったことは、この一週間ろくなことがないという締めくくりの最大のビンタのようなものでした。

悔しい!!!阪神が食い逃げをした〜〜〜〜!!!(阪神に限るサヨナラ勝ちを「食い逃げ」と呼んでいます)


行儀が悪いぞ!!!


と、どなりまくり、スポーツニュースはご法度にしました。

もちろん、虎ファンの主人は、見たいからつけて〜〜!!といいますが。

昔・・・・・


巨人が・・・


アホみたいに強かった頃、巨人がスポニューにでたとたん、番組を変えたり
テレビを消したりの嫌がらせをした主人です。
自業自得です。

という、すったもんだで、4月はあたふたとすぎていきますね〜〜。


2007年04月19日(木) 5,000円の値打ち

今日は4月らしい、暖かな一日だった。
コンタクトレンズが無くなった・・・・・

一個だけ・・・。





目にいれようと、レンズホルダーをみると・・・






ない!!!




あれ?






え??????





覚えが無い。

左はある。はずした時確かにホルダーにいれたはず!!





ってことで、なくなく眼科へ行った。


左も傷が入っていたので、無償で交換してくださるとのこと。
右は、現物が無いので、一個5,000円と消費税である。


ああ・・・・もし・・・もしも、この5,000円がいらなかったら
今日発売のニンテンドーのウィー「ペーパーマリオ」を買おうと思ってたのに。

・・ショックである。



2007年04月17日(火) 頂き物〜おすそ分け

パン

画像〜〜ペンタブで描きました。

でも、あんまりおいしそうにかけれなかった。(TT)


たくさんのパンをいただいた。
ゆうパックのダンボールの箱いっぱいに。
おいしいんだけど、おいしい期間中にたべてしまうには多いので
ご近所におすそ分けに行った、

そんなに気の張るものではないから、迷惑にはならないだろう。
おすそ分けの極意ってあるのだろうか?
ドキドキする。
緊張しないで、気楽にできらたいいなと思うけどね。


2007年04月14日(土) 早速の授業参観

土曜日は息子の学校の参観日でした。
一クラス37〜8人なのに、文系と理系に分かれたクラスは

理系・・・24名・・・(息子のクラス)

すくなっ!!!!
教室  がらがらやん!!!
目立つやん!!

それでも、寝てるやつがいるヤン!!!
しかも
英語やで。
英語で寝るか???(将来大物かも)

って言うてるまにさくちゃんも眠くて〜〜眠くて。
立ってるけど、寝てしまいそうでした。
ここで寝ぼけてこけたら、息子が恥じをかく・・・
ぐっとこらえて、がまんしましたね・・・。はぁ〜〜しんどかった。


2007年04月13日(金) 桜の国

sakurasuisai1

うまくアップできるかな?水彩ソフトで書きました。
ペンタブ修行中です。




暖かいお天気でもあり、寒い感じもするお天気でもあった。
四条の木屋町の高瀬川沿いの桜を見ながら歩いた。
ハラハラと散る花びらが川面に浮かんで、どんどん流れていく。
花吹雪に包まれた町になっていた。

京都に中国の温家宝首相が来られていたという。
この桜吹雪をごらんになっただろうか?テレビの映像では、御所に入られる場面が映っていた。

過日渋谷の代々木公園で、早朝ジョギングをして、市民と触れ合うというイベントを実行されたという。

公園にいた人たちとジョギングをして、太極拳をされていた。
日本と中国の氷を溶かす訪日の旅とおっしゃられた。

充分、溶けたのでは無いだろうか。
少なくとも私は、中国の政治家の人間性の深さを感じて
良い印象を持った。



2007年04月12日(木) イチローと松坂

マスコミの力はすごい。
昨夜からイチロー対松坂の話題でメディアがわいわいいってたのを
聞いてたか聞いてないのか・・・・ついつい今朝方・・・
NHKの中継を見てしまった。

あれほど、わいわいやられると、興味がわく。
松坂の投球は、うまい!!
あっという間に追い込んでしまう。
イチローとて打てない・・・・3打席目も打てなかった。
その時の目の悔しそうなこと。

4打席目・・・・・セカンドゴロ。でも一塁セーフ。

ってところで、中継が切られた。

ランナーとしてのイチローも見たかった。

残念・・。

ボストンの本拠地での試合。あまり大リーグは見ない私でも見てしまって、日本と違うスタンドがめずらしかった。
かなり寒いようである。

日本の応援団のような太鼓の音など聞こえない。
さんさん七拍子もない(笑)
声援と指笛のような音ばかりである。

それもなんともスマートな感じである。

売り子さんなんかいないんだろうなぁ〜〜〜。
風船も空を飛ばないんだろうな〜〜



ところ変われば、応援も変わるんだね。


2007年04月10日(火) お昼寝ミケ

愛猫ミケは、我が家のアイドルである。

子供達が大きくなって、かわいい!!と抱きしめることさえ
嫌がられる年令になってしまった。

でも、猫はいくつになっても、かわいい!!と抱きしめることが出来る。

ただし、犬じゃないので、かまって欲しい時でなければ、

嫌がられる・・・

やっぱり猫なんだわ・・・。

お気に入りのソファに主人が仕事の道具を置いていた。
ミケがさんぽから帰ってきて、ソファに横になろうとしていたが・・
道具が邪魔で寝れないらしい。

私を呼びつけて、にゃ=====!!!と、鳴いて
どかしなさいというのだろう〜〜
「はいはい、すみませんね!!」

人使いのあらい猫である。

ソファにのうのうと寝ている・・。(笑)


2007年04月09日(月) 戦い終わって

地方統一選挙前半戦が終わった。
自民党の当選議員が大幅に減ったという。
支持不支持は別として、自民党の候補って魅力がない。
京都では、荒巻元知事の息子さんが当選した。
またその前の知事であり、元国会議員の林田の息子も
当選した。ともに自民党である。二世が悪いという
のではない。父親が偉くても、息子までもが同じく
偉いという理屈は通じないはず。
なのになぜ、父親の地盤を使って当選しようとするのだろう??

また選挙区によるとどうみても、接戦などという群雄割拠に程遠い区もある。
選ぶ余地がないのだ。

・・・・・・野党はなにしとんねん!!!

この人!という代表を選ぶ選挙である。選ぶに選べない選挙とはなんぞや?

今回の都知事選、候補がびっくりするぐらい出馬している。ここまでとはいわないが、多士済々の候補がでると政治に興味が出てくるものだ。

東京はともかく・・
なんで、京都は共○党が強いのかと、がっかりする。
大阪で接戦でもりあがった選挙区でも、空けてみれば共○党の候補が
一番で当選することはない!!最後で当選するか落選である。

なのに、京都はなんで一番で通るのだろうか???

生活をまるがかえしてもらっている低所得層なり、小規模の自営業が多いのも理由である。


「児童手当を実現したのは共○党です」とのデマ宣伝に、怒り狂った有権者のおばちゃんが「あんた、なにゆーてんねん!国会で反対したくせになんで京都でできるねん!市長も府知事も、実現できたのは、与党連合の努力ですっていうてるやんか!!!」
と、どなりつけた。

某候補も「うそつき!!!誰がやったというのよ!!」と、遊説のマイクで抗議した。

「ゆーたもんがち」が、党のポリシーのようだが、うそはルール違反である。選挙民を馬鹿にした言動である。いくら生活を丸ごとめんどう見てもらっているからって、こんな思いあがった連中を支持していいのだろうか。
いつまでも国民を馬鹿にさせていていいのだろうか。
連中もそうだが、馬鹿にされてもいいなりになる有権者も悪い。

「なぜ京都は共○党が強いのか」この命題に対する答えは、誰もがわかっていることだ。

しかし、それに逆らえない庶民の弱さと愚かさと悲しさがいまだに、共○党が選挙区で一位当選、多人数当選、などという珍現象を京都だけに展開している理由である。


2007年04月08日(日) 新しい学年

明日から新学年・・・・・

これは高校生の息子の話です。

土曜日にクラス発表を見に行って、理系だけのクラスになったといいました。
クラスメートがすくないのでは?と思って、知ってるお友達の名前を挙げると「文系・・そいつも文系・・・文系・・・・」

「友達は文系ばっかりだったの!!」
「一人だけ理系・・・。」

「あ〜〜よかった知ってるお母さんがいて。」と安心しました。

あまり深い意味はありません。
私にとってしゃべる相手がいないのは、参観日などで学校へ行く時に、張り合いがなくて。(^_^;)

「何人のクラス?」と聞くと、「26人」。

田舎の過疎の学校並だわ・・・・・・・・・。
教室の半分から後はがらがららしい。

不安と期待の春。

明日は桜の華やかな学校に、新2年生として、どきどきしながら登校するんだろうなぁ〜〜と、この時期ならではの感慨にひたりました。


2007年04月05日(木) そろそろ新学期

寒い。
桜は咲いているが、気温の低さと桜の花はなじめない。


娘がやっと・・・・・・・
春休みを終えて、新しい学年になり、大学がはじまった。

思えば、あれは・・
・・・????一月の末だったと思うが・・・

後期試験でバタバタしていた。

そうおもったとたん、試験終わったし・・と、突然春休みになった。


それでも高校生の弟は、学校である。
娘が休みだからと私も楽になるわけではない。

息子がようやく春休みなり、春の講習会も終わるころ、3月の下旬である。

4月の4日が娘の大学の入学式で、サークルの勧誘に行ったという。ご苦労なことである。

早速の一日フル回転に、毎日が日曜日だった生活と180度転換したことで
彼女の表情が変わった。


・・・引き締まった(笑)



反対に息子は、いまだ春休みをやっている。
大学生はのんきでいいなぁ〜〜〜〜〜〜といってたことを思うと
高校生の春休みなんて、短い。

今週末には学校へいって、新しいクラス発表を確かめるそうだ。

さて・・・

わたしも、長らくの弁当作りを休んでいたが、そろそろお弁当〜〜いるから作って〜〜と、言われそうである。


2007年04月02日(月) フレッシュというけれど

世間では、新入生とか、新社会人の季節を迎えたらしい・・・(笑)

いいなぁ〜〜〜〜〜〜



・・・でも、当事者は



不安やろなぁ〜〜〜〜〜〜


絶対不安やろな・・・。

ん十年前、雨の朝、京都へ着いた。
大学入学である。入学式であった。
不安な一人暮らしの始まりやった。
まわりは、知らん人ばっかり!!!!!!

浪人したせいで、一年上に知り合いがいた(笑)
せやけど、彼女は彼氏オンリーで、わたしなんぞ世話など
焼いてくれるわけはない。

ひまやったら、相手はしてくれるらしいが。



ってことで、初めて暮らす部屋に行った。新品のふとんやら、見慣れた(家から持ってきた)勉強机やら簡単なクローゼットやらがあった。


母は、仕事があるのでその日のうちに帰った。
一人になった。


・・・・・・風呂は、順番らしい(下宿なもので)


夕飯は・・・・・一応友人が世話を焼いてくれて、買い物にもいったもので
作れた。


明日からどうなるんやろ?
入学式で見たクラスの顔は、本当に知らないメンバーで、一人話しかけてくれた人がいたが・・・。

不安の中、そんな始まりだった。

その日見たテレビは珍しい再放送の森田健作の青春ドラマをやっていた。(笑)

もう大学時代の入学式が懐かしい思い出になってしまった。


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