a Day in Our Life


2006年06月28日(水) 赦されざるもの。(倉雛)


 「例えばの話、俺とお前が付き合うてたとして」

 口を止めた村上くんが、真剣な顔をして話し掛けてきたので、目の前の俺もレンゲを持つ手を止めて、真剣に村上くんを見返した。村上くんはいつでも真剣に生きている(と思う)から、これから何の話をされるのか、俺には皆目見当がつかない。
 「お前が醜く太っても、ブサイクなっても、面白なくても。間違えた事…例えば俺を傷つけたり、誤って人を殺めても。何をしても俺がお前を赦したら、お前はどう思う?」
 例え話の俺は随分と自堕落に生きていて、想像するのがちょっと嫌だった。けれど変わらず村上くんは真剣な表情を浮かべていたから、付き合うのが礼儀かな、ととりあえず掬ったままのスープを一口、口の中に放り込む。その間にもやもやと頭の中で考えた俺は、やっぱり村上くんを見ていた。
 「そうしたらきっと俺は、あなたを神だと思います」
 神、と聞き慣れない言葉を耳にして、村上くんはくるりと目を丸める。ちょっと大袈裟な気もしたけれど、他に言いようがなかったのだから仕方がない。自堕落で人でなしな俺はきっと、身勝手に村上くんを神と崇める。たぶん、一人でいる時に。
 「あなたが神だという事に、あなたが死んでから気が付きますよ」
 「…死んでからなんか。遅いやんけ」
 拍子抜けしたらしい、村上くんはちょっと笑った。何かを待っていた訳でもないのに、何を期待していたのだろう。
 「だって、生きているうちに気付けたら、村上くんを傷つけへんもん」
 「まぁ…それもそうやな」
 また少し笑った村上くんは、そこでやっと箸を持ち直す。そして「死んでから愛されていた事に気が付いても寂しいな」とぽつんと呟いた。
 「そうですよ。やから、言葉は大事やで」
 「それ、今度ヨコに言うといてくれへんかな」
 要するに、そういう事だった。喧嘩ほど些細なる要因で、村上くんは、ちょっと拗ねているらしい。それならそれで横山ムカツクと言えばいいのに、村上くんは面倒臭い。
 「嫌ですよ。自分で言うたらいいじゃないですか」
 「言うて素直に聞く奴やと思うか?」
 「村上くんが言うて聞かんのに、俺が言うて聞く訳ないでしょ」
 「やって、」
 ぷぅ、と頬を膨らませた村上くんは、けれど心のどこかで、既に諦めているに違いなかった。言葉が足りないと言う割に、そんな口下手な横山くんが好きならもう、仕方がないのだと。
 それはつまり、横山くんを赦してしまっているのだ。
 そうやって横山くんの全てを赦す村上くんは、俺ではなく横山くんの神様なんじゃないかって。言ってやったら今、口に含んだラーメンを吹き出すだろうか。
 「分かりましたよ」
 チャンスがあったらね、それとなーく言うてみます。
 チャンスがあったらですよ、と念押しをしているのに花が咲くようにパッと顔を明るくしたゲンキンな村上くんは、
 「さすが大倉、頼りになるわぁ♪」
 と、何より年上らしからぬ台詞を吐いて嬉しそうに笑った。



*****
「嫌われ松子の一生」を観てもにょもにょ出て来た倉雛。

2006年06月06日(火) Carnival.(丸雛)


 「好きやで」

 唐突に投げられた台詞を上手く受け取れなかった丸山は、その言葉を聞き逃した。どちらかと言うと「そんな筈が無い」思い込みで耳に届いた声を理解出来なかったのだ。だから、
 「え、信五さん。何て?」
 体ごと振り返って村上を見た丸山は、もう一度確認をする。今、何か不思議な言葉を聞いた気がするんやけど、何を言うた?
 「聞こえへんかったん?マルが好きやで、言うたんやけど」
 ぼんやりと立ったままの丸山と反対に、しっかり地に足をつけてにそこに居る村上は、もう一度、同じ言葉を繰り返した。
 「…好き?」
 「ちゃんと言うたことなかった気がしたから」
 おまえが好きやで、と言った村上の言葉を両手に抱えて、丸山はいまだぼんやりと立ち尽くす。「今更やけど、たぶん一度も言うたことなかったやろ」と笑う村上を前に、どうして今そんなことを言われるのか、まるで理解が出来ない。
 広げた手のひらをじっと見ても、「好き」だと文字が書いている訳ではないし、大した重さもないそれを、けれど丸山は大事に持ったまま、どうしようと考える。
 「マル、聞こえた?」
 聞こえてへんのなら何度でも言うで、くらいの勢いで村上は何度でも確認をする。一つ一つが決して安くはない、それを何度も貰うのは勿体ないと思った。
 「聞こえました」
 言われてみれば出会って数年、蜜月も倦怠期もあったけれど、はっきり好きだと聞いたことはなかった気がする。一方通行ではないと思うけれど、そう言われる事はないのだろうという予感があったし、正直、丸山自身がそれを望んだ訳でもなかった。村上の事は好きだし、尊敬や敬愛を少しは超えているかも知れない。けれど実際に気持ちが報われたら、自分は100%の想いを返せるだろうかと思う。それは、村上が望むだけの、という意味で。
 上手く言えないのだけれど、好きだから側にいるだけじゃない、様々な要素でもって、自分達は近くにいたような気がする。だから、村上がなぜ突然そう言い出したのか、丸山には分からなかった。
 「だから、一回でじゅうぶんです」
 きりりと唇を結んで、落ちてきた言葉に少しだけ目線を上げれば、きちんと背を伸ばした丸山と目が合った。仕事中ならまだしも、楽屋内で面と向き合って互いの顔を見るのは久し振りだった。よく「口さえ閉じれば男前」だと茶化して笑った丸山の顔を、村上は好きな方だと思う。仕事疲れか、横一線の一重になった瞼がやや重そうに落ちて、その何割かの視界でまっすぐに村上を見る。思わず笑い顔になったら、つられて丸山もふわりと微笑む。口角を上げて、柔らかい曲線と少し眠そうな目が、ひどく穏やかに、ひどく愛おしげに、笑いを象って村上を見つめるから。今、初めて気付いたような気がした。
 むしろ、なぜ、今まで気付かなかったのだろうと思う。
 そんなにも優しい笑い顔を、向けてくれていた事に。
 癒される、というのはこんな感覚だろうかと村上は思った。嬉しくて余計に笑うと、追い掛けるように丸山がまた笑う。くしゃりと崩れた顔が無性に愛おしいと感じた。笑うと口元のほくろが嬉しげに揺れることにも、その時初めて気が付いた。それはひどく柔らかで、ひどく幸福な。
 「俺な、思うねんけど」
 それが変わらず側にある限り、おそらく村上は大丈夫なのだと思った。その存在を忘れない限り。
 きっと今のこの気持ちを忘れない限り、自分は、ずっとずっと。

 丸山の事がとても好きなのだろうと思った。



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FTONツアー代々木感想的小話。

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