a Day in Our Life


2006年07月27日(木) 決戦の朝に。(翼雛)


 泣くのはもうやめた、と言って彼は笑った。

 そもそも、彼が泣いたところなんて、殆ど見た覚えがなかったのだけれど、それすらがかりそめの姿で、彼の上辺しか見ていなかったのかも知れない。
 「うん。だからさ、それは言葉のあやで」
 要するに、カッコつけるのはやめたんだ、と今井は笑った。
 「気持ちに格好をつけて、言いたい事も言わないで。気付かないふり、なかった事、傷付くのは怖いし、格好悪い事はしたくない。いつだって、スマートな男でいようとしてたんじゃないかな。そうやって、目を逸らして、逃げていたんだ。たぶん」
 本当の俺はもっと、臆病で、意地が悪くて、ダサい男なんだと思う。そう言ってまっすぐに村上を見る今井はまるで格好悪くなんかなくて、だから一体何を言い出して、何を話そうとしているのか、村上は、その大きな目で今井を見上げた。
 「そうは言うても、翼くんは格好ええやん」
 「いや。そうじゃなくてさ、村上」
 すらりと微かに滲んだその笑みに、一瞬どきりと心臓が高鳴ったのは、自分のせいだっただろうか、と村上は思った。脊髄反射のように向けて、交わって、絡まった視線を離す事が出来ない。
 「村上が好きなんだ」
 告白のような、独白のような、滑り落ちるように今井の口をついた言葉を、村上は黙って受け取る。遠い昔にも似たような事を言われた気がするけど、それとは全く趣の違う。言うなればあの頃よりもずっと軽く、ずっと柔らかい。
 「…でも、俺は今、ヨコが好きなんやで」
 「知ってる。それでも、俺は村上が好きだって、それだけ」
 そういう事をね、今までの俺は、言わずに黙って抱え込むのが美学だとか、耐え忍ぶ恋なんだとか、そう思って、酔ってたんだよ。たぶん。
 「だって、横山がいる村上に、俺が好きだって言ったとしても生産性はないし、振られた分どうしたって俺はカッコ悪いじゃん。だから言うつもりはなかった…ていうか、それすらなかった事にしようとしたのかな」
 村上に分かり易い言葉を選んでいるのか、それとも堰を切ったように言葉が溢れるのか。その時の今井は珍しく饒舌で、気持ちよさそうに言葉を紡いでいく。
 「なかった事に?」
 「そう。村上の事を好きな訳じゃない、何でもないんだ、ってそう思い込もうとしてた。でも、そういうのって不健全だし、黙ってて気持ちが伝わる筈もないし、それなら玉砕覚悟でも、言うのはタダじゃん、ってね(笑)」
 「それ、関西人の考え方やで(笑)」
 好きな人に似たんだよ、とおどけてみせた今井の言葉に、つられて村上も笑う。
 確かに今井本人がそう言ったように、まるで生産性のない告白は、それでも村上にとって、素直に嬉しいと思えた。今更その気持ちを受け取れるとも思わないのだけれど、不思議と今井がそれを望んでいるとも思えなかったから、彼の言うようにそれはきっと、「格好つけるのを止める」為の儀式のようなものだったのかも知れない。そして不思議と、そうする事を止めた今井が、今一番格好良く、村上の目には映った。
 「えぇ〜?これ以上男前になったら、罪だな〜。俺」
 ヒナちゃん惚れ直しちゃったらどうしよう?と今井が惚けるので、
 「いやいや、”惚れ直す”前に惚れてへんやろ!」 と村上が豪快に突っ込んで、二人して顔を寄せ合って笑った。それが幸福だと思った。



*****
Aqua-Timesのこの曲がめっさ翼雛!と思いました。

2006年07月20日(木) お別れにむけて。(丸雛)


 久々に会った村上くんは、村上くん通りの笑い方をしていたので、僕は嬉しくなった。

 「そうや、一週間振りやなぁ。何や心配してくれとったん?」

 してましたよ。村上くんがタフなんは知ってるけど、それにしたって仕事が詰まっていたし、内容が内容やったし。高い所も深い所も苦手な村上くんに海に飛び込む役なんて、過酷やと思ったから。
 けれど、その「よりによって」の仕事を村上くんは、持ち前の向上心でしっかりこなしたらしい。「やり遂げたった」感が気持ちよかったと、また笑う。

 「ポジティブってな、要は気の持ちようや思うねん。マルも昔に比べて随分前向きになったやろ?」

 確かに昔は事あるごとに凹んでいた俺は、よく村上くんに面倒を見て貰っていた気がする。ゴハン連れて貰ったり、遊んで貰ったり。何か特別な事をしていた訳やないねんけど、そうやって一緒にいるうちに、村上くんの元気に引っ張られて気持ちが楽になっていた。だから文字通り、村上くんの「元気を貰っていた」んやと思う。

 「あの頃に比べたら、最近は家にも来んようになったなー」

 言った村上くんの顔が、ほんの僅か残念そうにも見えたのは…気のせいだろうか。
 それはもう、ホモ説まで出た当時に比べたら、今は殆ど行かなくなったに等しい。プライベートで会う事も減ったし、いわゆる「別れた」ようなもん。でも、誓って言うけどそれは飽きたとか嫌いになったとかでは決してなくて。
 上手く言われへんねんけど、側にいなくても大丈夫になった、というか。
 お互い元気なんは分かるし、頑張っているのも知ってる。俺が頑張れば頑張るほど、村上くんも頑張ってる。そういうのを、側にいてわざわざ確かめなくても顔を見るだけで分かるようになった、のは大きな変化だと思うのだ。
 何やろう、横山くんと村上くんの関係ほどスゴイもんやないけども、それでも俺にも少しずつ、「言わなくても分かる何か」が分かるようになってきた。だから過度に一緒にいる必要を感じないし、仕事で会う多くの時間が濃くて、大事なんだと思う。それを大切だと思えるようになったのは、俺にとっての成長なんやと思う。
 今になって、少しだけ分かる。村上くんと横山くんが、仕事場で互いに交わす言葉少なである事。
 その必要がない、のだ。たぶん。
 きっとそこまで行くには、俺にはまだまだ時間がかかるだろうけども。
 それでも今、何となく嬉しいと思った。目の前の村上くんと、交わす他愛のない会話。その端々に、無事終了した仕事の達成感や充実感を感じ取れる事。そんな村上くんに負けないように、自分の仕事も今以上に頑張ろうと思う事。
 思いのほかにこにこ見ていたかも知れない。ふと、村上くんがじっと俺の顔を見て。

 「マル、ちょう顔変わったなぁ。男前なったわ」

 体の方は、2割増し気味やけどな、とすぐについたオチは聞こえなかった事にしておく。



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シカオリスペクト。

2006年07月16日(日) 7・17。


 「暑っついなぁ〜」

 手のひらを団扇がわりにぱたぱたと泳がせながら、横山が唸る。犬のように舌を出して、その姿は言葉通りにへばっていたから、余計に暑くなるから言うな、などと嗜めるのは気の毒な気がして、村上は黙った。
 「しゃ〜ないな〜。アイス買うて来るから。何がいい?」
 村上にしても多少喉が渇いていたので、何か飲み物を買いに出ようと立ち上がる。すると横山以外のその場にいるメンバーも反応して首を伸ばすから、そこで初めて村上はしまった、と後悔をした。が、もちろんそれでは遅い。
 「村上くん!俺も暑い〜」
 「横山くんばっかりズルイですよ!」
 と、口々に非難しながら自分の分も、とアピールをする安田と大倉、村上の動きに便乗して俺も行く、と立ち上がる丸山、何となく成り行きを見送った錦戸、そして若干出遅れた渋谷は、ウォークマンのイヤホンを外して何事かと視線を巡らす。
 「しゃ〜ないな〜、まとめて買うて来るわ。何がええねん?」
 但し代金は後払いな!と釘を刺した村上に、途端にエェ〜!っとブーイングの声が上がる。アイス1本くらい奢ったろーという心意気はないんですか?!との批判に胸を張った村上が、おまえらに見せる心意気はない!と言い放つのに、思わずという感じで錦戸が吹き出した。
 バニラ、抹茶、などと口々に希望の味を聞きながら、最後に村上は後ろを振り返る。そもそも彼の為の買い物だったのに、気が付けば後回しになってしまっていた。
 「ヨコは?何にする?」
 呼びかけられて目線を泳がせた横山は、ふと一瞬沈黙をする。小首を傾げて、呟くように言った。
 「チョコがええ」
 「チョコ?」
 甘いものはそれほど得意ではない横山が、甘い代名詞のアイスを頼むなんて珍しいな、と思ったであろう村上は、しかし全てを悟ったかのような一瞬の間の後に、ふわりと微笑む。優しい顔をした。
 「分かった、チョコソフトな。俺もそうしよ」
 村上の独り言を聞き留めた他のメンバーが、それでやっと、何かを感づいたかのようにびくりと身震いをした。あぁ、と口の中で呟くもの、思い出したように時計の日付を覗き込むもの、それぞれの反応の後に、声を揃えて、
 「村上くん。俺もやっぱりチョコにするー」
 その言葉にひと際にっこりと笑った村上が、
 「オッケー。ほなチョコソフト7個な!」
 大きな声で宣言するのに、いや俺は頼んでないで、と目を丸くした渋谷と、
 「持つん手伝いますよ」
 意味もなく男前に立ち上がった錦戸が、笑って続いた。



*****
丸1年ですね。

2006年07月15日(土) 幸せになってよ。(倉雛)


 「村上くん」

 呼ばれて顔を上げた先、何だか神妙な顔をした大倉がいて、何事だと村上は返事より先に怪訝な表情を浮かべる。
 「幸せになって下さいね」
 「…は?」
 神妙な顔で神妙な事を言った大倉に対し、ぽかんと口を開けた村上に、罪はなかったに違いない。それは確かにどこか間抜けた所のある大倉だったが、それにしたって唐突なその言葉の、意味が分からない。
 「いや俺、今も結構幸せやけど」
 村上の返事もそれはそれで、どこかとぼけたものではあったけれど。他人に対して自らを幸せだと言い切れる村上の潔さが、大倉は割と好きだと思った。
 「うーん、それはそれでええことなんやけど」
 「けど?何やねん」
 僅かに首を傾げた大倉を見上げた村上は、じっとその真意を読み取ろうとしてみたけれど、穏やかな大倉の目から彼の思考を引き出す事は難しかった。一見、分かりやすいように見える大倉は、実は結構、本音が見えない。
 「俺が幸せにしてあげる事は諦めましたから。後は自力で幸せになって下さい」
 大倉の考えとしては、こうだった。
 目の前の村上が、長い「恋人」である横山や(場合によっては「大親友」である渋谷を)差し置いて自分と付き合う、大倉の「モノになる」ことはほぼありえなかったから、可能性の問題として、将来の村上を「幸せにする」事は不可能に思えた。それでも大倉は村上が好きだったから、幸せになって欲しい事には違いなくて、だから、自らの力では無理だけれど、必ずそうなってくれるように、と思ったらしい。
 「…幸せになれなんて、初めて言われたで」
 「まぁ、なかなか言われへん言葉やとは思いますけど」
 そう思ったから言うてみたんですよ、と大倉はO型特有の(もしかしたらそれ以上の)大らかさで笑ってみせる。その笑い顔に嘘はなかったから、村上も、その気持ちが素直に嬉しいと思ったから。
 「ありがとう。幸せになるわ」
 言って八重歯を揺らして笑った。



*****
言われて一番嬉しい言葉だと思います。

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