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2002年10月31日(木) ナイトメアー・ビフォア・クリスマス

ハロウィンにこの映画を御紹介しなかったら、
「映画と記念日の日記」の名折れ!
(一応、コンセプトはコレなので)
いや、とっくに折れてるってウワサもありますが。
そんなわけで……

ナイトメアー・ビフォア・クリスマス
The Nightmare before Christmas

1993年 ヘンリー・セリック監督

個人的なことですが、
学生時代、
某私鉄駅前の書店で映画の前売り券を買っていました。
この映画のチケットを所望したら、
あの愛すべき、横文字に弱そうなおっちゃんは、
きっと復唱に苦労しただろうなあ…
と、今でも思うタイトルの映画が時々ありますが、
これもその1本です。
原題を直訳すれば、
「クリスマス前の悪夢」ってところでしょうか。

鬼才ティム・バートンが考案したキャラクターと原案で、
超ストップモーションアニメで繰り広げるは、
愛すべきキャラクターたちによる
ミュージカルコメディーでした。

毎日がハロウィンの、その名も「ハロウィン・タウン」
毎日毎日ハロウィンの支度をしているジャック・スケリントンは、
騒々しいハロウィンってやつを、うっとうしく思い始めていました。
(ハロウィンって言葉が3行にわたって並ぶと、
なるほどうっとうしい)

そんなある日、ジャックは「クリスマス・タウン」に迷い込み、
その鮮やかな色彩、幸せで楽しい雰囲気に魅了されて、
ハロウィン・タウンでもこの「クリスマス」ってやつを
導入しよう!と思うのですが……

日本でその昔、西洋の習慣としてクリスマスが紹介されたとき、
「サンタクロース」は「さんたくろう」と呼ばれていた
……というような話を聞いたことがあります。
異文化の習慣を根付かせようとするジャックも、
それに類する勘違いをしていたのが笑えました。
徹底した独りよがりの美意識が妙におしゃれで、
ムードというか、ノリで楽しんでもイケる映画ではありますが、
「おらが村に○○がやってきた」という
涙と笑いの顛末記として見るのもおもしろいと思います。

不気味だけれど、その不気味なところが魅力的な
ハロウィン・タウンの住人たちは、
フィギュアなどのキャラクター商品も大人気で、
小中学生がお小遣いで買える値段のものばかり
ずらりと揃った雑貨屋さんで、
ひとり堂々の5ケタプライスで気を吐いている
グッズがあるなーと思ったら、
この「ナイトメア…」絡みであることも多いと思います。
(その一方で、ガチャポンの景品にもなっていたのは、やっぱり人気の証?)
スケリントンの名から想像できる?とおり、
骸骨(スケルトン)男のジャックは、
初見にはちょいと引いてしまうようなルックスですが、
そのうち、
その好ましい性格やダンディーさのとりこになることでしょう。
彼に恋する、かわいそうな境遇のサリー(つぎはぎ人形)や、
ジャックのペットである幽霊犬のゼロなど、
ほかにも魅力的なキャラクターはいっぱいです。


2002年10月29日(火) 推手

先日、アン・リーの誕生日に、「父親三部作」の1つとして、
『ウェディング・バンケット』を御紹介しましたが、
残る1作、最も早くつくられたこちらをどうぞ。
(この作品は、何度か『映画よろず屋週報』で取り上げていたため、
すっかり御紹介した気でおりましたが、
こうして1本で立てるのは初めてでした)
因みにさらにもう1本『恋人たちの食卓』はこちら。

推手 Pusing Hands
1991年台湾/アメリカ アン・リー監督

この映画自体が、アン・リー監督の長編デビューだったようです。
また、「父親」役のラン・シャンは、
この作品で最もキャラが立っていた…というか、
ずばり「主役」でした。

ラン・シャン演じる朱老人は、太極拳の師匠ですが、
華僑としてニューヨークで成功した息子アレックスのもとに
身を寄せます。
が、息子の妻はアメリカ人で、言葉もまともに通じない、
食事の好みも全く合わず……で、
コミュニケーション以前の問題ですれちがってばかりです。
かわいい孫にいろいろ教えようとしても、
アメリカ人として子供を育てたいと考えている
嫁も息子もいい顔をしません。

朱老人の生きがいといえば、
成人学級で太極拳を教えることでした。
(タイトルの「推手」とは、2人組で行う組み手の1つだそうです)
ある日、いつも教室として使っているホールを、
料理教室と共同で使わざるを得なくなったのがきっかけで、
その講師を務める、台湾出身の上品な老女と知り合い、
ほのかな恋心を通わせることになります。
しょぼくれていた親父さんが心配だったアレックスも、
彼女との交際には好意的で、
むしろ応援すらするのですが……

親子でありながら、カルチャーとゼネレーション、
いわば二重のギャップを感じつつ、
お互いを思い合う父と息子の物語でした。
重大な問題を含みつつ、映画自体は淡々としたもので、
あっけない幕切れにさえ思えるラストまで、
小事件がぽつらぽつらと起こる程度です。
けれども、何とも言えないユーモアがにじむようで、
とてもデビュー作とは思えない、
(当時まだ30代ですぜ、ダンナ!)
それこそ成熟とか円熟といった言葉を使いたいような
見事な仕上がりでした。


2002年10月28日(月) グッドナイト・ムーン

1967年10月28日、
女優のジュリア・ロバーツが生まれました。

グッドナイト・ムーン Stepmom
1998年アメリカ クリス・コロンバス監督

いや〜、卑怯な映画です。
豪華なキャスト、NYという舞台設定、
「病気」をきっかけとして、
心の強靱さに磨きをかける大人と子供、
もう、1つ1つがツボです。
だからこそ、「絶対泣いてやるもんか」と思うところですが、
意外なところで泣かされたりします。

才能あるカメラマン、イザベル(J.ロバーツ)は、
弁護士の恋人ルーク(エド・ハリス)と同棲中ですが、
彼には2人の子供がいて、
特に、上の娘アンナ(ジェナ・マローン)は
12歳の難しい盛りで、
完璧過ぎる母親ジャッキー(スーザン・サランドン)が、
がっちりと子供たちのハートをつかんでいることもあり、
なかなかイザベルに心を開きません。

けれどもジャッキーは、実は癌で、
正直、先が長いとはいえない状態にありました。
また、ルークがイザベルに
正式にプロポーズしたいという話を聞いたこともあり、
子供たちの今後を懸念したジャッキーは、
アンナに、イザベルのいいところを見るようにし、
よい関係を築くべきだとアドバイスします。
もともとアンナよりはイザベルに懐いていた
弟のベン(リーアム・エイケン)も含め、
徐々にいい方向に向かっていくのでした……。

イザベルは意外といいかあちゃんになれるんでは?
と思わせておいて、釘を刺すべきところには刺す、
そんな描写がお見事でした。
安心して見られる無難な演出をしたC.コロンバスよりも、
脚本の勝利だったのではないでしょうか。
(ちなみに、5人の脚本陣の1人に、『コリーナ、コリーナ』や
『アイ・アム・サム』の監督ジェシー・ネルソンも含まれています)

完璧に見える人の落とし穴や、
歓心を買うことと信頼を得ることの違いなど、
シンプルで当たり前なはずなのにわかりにくいところを、
非常にうまく扱っていました。

惜しむらくは、二大女優の見事な存在感のおかげで、
せっかくの個性派E.ハリスの影が薄くなったことでしょうか。
とはいえ、この場合、あの人が出しゃばったら
映画として台無しだったので、これで正解だったと思えます。

ところで、この映画はアメリカではPG-13扱いだったそうです。
暴力シーンもセックス描写もないこの映画がなぜ?
と思ったのですが、
実はその理由は、あっけないほどすぐにわかりました。
(勘違いでなければ、ですが)
一部、非常に言葉が汚いところがあるのです。
けれどもまあ、必要悪ということで……。
実は私自身、11歳の娘に、「○○って何?」と尋ねられ、
情けなくも周章狼狽いたしました。


2002年10月27日(日) 映画よろず屋週報 Vol29 「義母・姑(+義父)」

特集「義母・姑(+義父)」

このメールマガジンの前身は、
メーリングリスト『日刊きょうの1本』というものでしたが、
それを昨年3月に始めて以来、
本当にいろいろな日があるものだと、
いつもいつも感心したり、呆れたりしていますが、
10月の第4土曜日はというと、何と「義母の日」だそうです。

そこで、義理の母や、結婚によって縁続きになる
嫁・姑の関係が印象に残る映画を取り上げることにしました。
(1本だけ“義父”あり)

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グッドナイト・ムーン Stepmom
1998年クリス・コロンバス監督

邦題は有名な童話のタイトルですが、
原題はずばり「継母」の意味。
ここで「継母」を演じるのは、ジュリア・ロバーツです。
恋人(エド・ハリス)との結婚により、
彼の連れ子の歓心を買おうと
一生懸命頑張るイザベル(ジュリア)と、
いつまでも実の母ジャッキー(スーザン・サランドン)に
べったり懐く子供たち…
前半は、ジャッキーの傲慢さばかり鼻につくのがナンですが、
母親としての女、女としての女、そして子供たちの思い、と、
各方面に気を配ったが故の散漫さに、
この映画全体に好印象さえ持てれば、
それすら微笑ましくさえ思えましょう。
この種の映画の常として、
オトコの存在がお粗末なのは気の毒ですが。

ふたりは最高!ダーマ&グレッグ(テレビ) 
Dharmr & Greg
 1997年〜 アメリカ

現在は深夜にNHKで再放送中の、
アメリカ製シチュエーションコメディー。
ことし2月(3月?)アンマリな結末で
終わってしまったこともあり、
ファンにとっては新シリーズの放映が心から待たれます。
ヒッピーの親にのびのび育てられた
ダーマ(ジェナ・エルフマン)は、
運命の出会いをしたグレッグ(トーマス・ギブソン)と
結婚しますが、
おハイソなグレッグの母キティは
(演じるは、『ベスト・フレンズ・ウェディング』で
C.ディアスの母親を演じたスーザン・サリヴァン)
ダーマの余りの突拍子のなさについてゆけません。
それでいて、見進めていくと、
キティが結構、嫁のダーマをかわいがっているのが
微笑ましかったりもします。

くちづけはタンゴの後で
Mrs. Winterbourne

1996年アメリカ リチャード・ベンジャミン監督

ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウルリッチ)原作の
『死者との結婚』をコミカルに映画化した作品。
身寄りのない娘(リッキー・レイク)が
ひょんなことから大金持ちの嫁として迎えられると、
その家で待っていたのは、ショーガール出身の姑、
“ウィンターボーンおかあさま”(シャーリー・マクレーン)でした。

ディープ・エンド・オブ・オーシャン
The Deep End of the Ocean

1999年アメリカ ウール・グロスバード監督

写真家ベス(ミシェル・ファイファー)は、
まだ3つだった次男ベンを同窓会の場で
何者かに連れ去られたショックで、
以来、長男ヴィンセントとの関係もぎくしゃく。
9年後、ほんの偶然からベンを見つけ、家に受け入れるものの、
養父に愛情たっぷりに育てられていた彼にとっては、
自分の血道のはずなのに、なかなかなじむことができない…
9年間、長男との関係をおろそかにするほどに
次男のことを想い、嘆き悲しんでいたベスよりも、
ある日突然、愛する息子をもぎとられる養父に
感情移入してしまうかも。

ステラ  Stella
1990年アメリカ ジョン・アーマン監督

とっても意外なような気もするのですが、
主演ベット・ミドラーは、この映画の演技で
ゴールデン・ラズベリー賞にノミネートされていたそうです。
1925年と37年に製作された映画の、さらにリメイク版。
シングルマザー(ミドラー)と
娘(トリーニ・フルバラード)との
切っても切れない絆を温かく描いた好編でしたが、
最後の最後で母が娘の幸福のためにしたことは、
別れた男(一応、娘の父)の
恋人(マーシャ・メイスン)に
娘を託すことでした。
なお、イタリア語で「星」という意味の名前“ステラ”は、
下町育ちの女性に多い名前なんだそうな。
ガラッパチではあるけれど、愛情はたっぷり、という
ミドラーが演じたこの役にはぴったりでした。
何やってもうまい人ゆえ、
ベタベタの母娘ものに出演したというだけで、
ラジー賞ノミネートにつながってしまったのでしょう。

エバー・アフター Ever After
1998年アメリカ アンディ・テナント 監督

いわゆるシンデレラ(サンドリヨン)をモチーフとした物語。
シンデレラ的ポジションである“ダニエル”を、
ドルー・バリモアが演じています。
城主である彼女の父の再婚相手で、新婚早々、その夫に死なれ、
しかも、そいつが最後に気にかけたのは自分ではなく娘だった!
ということがトラウマになって(多分)、城を乗っ取り、
性格の悪い姉娘とともに(妹娘の方はそうでもない)
にっくき継娘ダニエルをいびりまくる継母を、
アンジェリカ・ヒューストンが怪演しています。


2002年10月25日(金) プリシラ

1911年10月25日、雑誌「暮らしの手帖」の名物編集長だった
花森安治(はなもり・やすじ)さんが生まれました(78年死去)。
この方は、男性でありながら、
女性のスカートを履いたことでもよく知られているということで、
突然飛びますが、以前から御紹介したかったこちらをどうぞ。
(そういえば少し前、スコットランドのキルトなどとはまた別に、
男性用のスカートが登場したことがありましたが、
結局、ファッションとして浸透しませんでしたね)


プリシラ 
The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert

1994年オーストラリア スティーブン・エリオット監督

オーストラリア映画の上にゲイムービー!
なぜかハズレの少ないこの2つの分野がタッグを組み
愛と勇気が満ちあふれた秀作コメディーになりました。

原題に入っている「砂漠の女王」の言葉どおり、
プリシラというのは、
3人の魅力的なドラッグクイーンを乗せて、
豪州の砂漠を横断するバスの名前です。

ちょいと年は行っているけれど
ゴージャスなバーナデット(テレンス・スタンプ)、
ストイックな雰囲気のあるミッチ(ヒューゴ・ウィービング)、
ちょっとお調子者っぽいフェリシア(ガイ・ピアース)の3人が、
興行のために
アリス・スプリングスに向かうまでのロードムービーですが、
ゲイへの偏見は凄まじいものがあるようで、
バスの車体に
酷い誹謗中傷をいたずら書きされる一幕もあり、
そうしたエピソードが、
皮肉にも“現実”という名を影を程よく落としていて、
リアルで共感できるつくりになっていた気がします。
“彼女”たちがステージに上がるときの衣装はといえば、
当然のように、とんでもなく現実ばなれしているんですけどね。
ナツメロの当てぶり芸なんかも楽しめます。

3人がいかにして
「この世界」に入っていったが窺い知れるような、
幼時のエピソードにも、にやっとしたり。
最初に見るきっかけが、
ちょっとした好奇心やある種の怖いもの見たさだったとしても
それはそれでそいいのですが、
できれば、誇り高く生きたいと思う、
そんなすべての人々に見てほしい作品です。

その昔、アラビアのロレンスは、
「砂漠は清潔だから好きだ」と言いましたが、
この映画を見たら、
「バーナデットたちに会えるかもしれないから
好き(惹かれる)」などと答えたくなるかもしれません。


2002年10月24日(木) 白い花びら

今さら何なんだ、という気もしましたが、
今朝の新聞(文化総合面)で、
イランの映画監督アッバス・キアロスタミが、
ビザの発給を受けられなかったばかりに、
NY映画祭(13日まで開催)への参加を見送らざるを得ず、
このことに抗議したフィンランドのアキ・カウリスマキ監督が、
同映画祭をボイコットしたという記事を読みました。
「イラン人の入国を望まないのならば、
石油資源のないフィンランドの人間にも用はなかろう」

など、かなり皮肉の効いた内容の長文のメールを
関係者に送ったとのことですが、
これだけの当てこすりを言える人が、
映画を撮ると、途端に無口になってしまうのが、
またまた皮肉ではあります(おもしろいけど)

そんなカウリスマキ監督は、20世紀末のあるとき、
次のようなサイレント映画まで撮ってしまいました。

白い花びら Juha
1999年フィンランド アキ・カウリスマキ監督


映画というのは、ストーリーだけでなく、
やっぱり“映像”なんだなーという、
この上なく間抜けな感想を抱きました。
というくらい、正直言って、ストーリーやプロットはトホホです。
ユハニ・アホ(う〜ん、フィンランド的名前)の原作に
材をとったそうですが、
これをごくごく普通にカラー、台詞つきで映画化していたら、
さぞやお安い復讐劇か何かになっていたでしょう。
「何考えて映画撮っているのかわからない」ところが魅力の
名匠カウリスマキは、モノクロ・サイレントで
ムードたっぷりに処理していました。

農夫ユハ(サカリ・クオスマネン)と、
妻マルヤ(カウリスマキ映画の常連カティ・オウティネン)は、
細々とキャベツをつくり、それを売って生計を立て、
「子供のように幸せに」暮らしていました。
が、シュメイッカ(アンドレ・ウィルムス)という
都会から来た男の車が2人の家の故障し、
そこに助けを手を差し伸べたのが運の尽き。
マルヤは、シュメイッカの悪影響を受けて、
下品な化粧に軽薄な服でタバコすぱすぱ…という、
ユハにとっては我慢ならない女に変身してしまいます。
その上、シュメイッカの甘言に乗せられ、
都会でのリッチな生活を夢見て、
ユハを捨てて家出までします。
しかし、そこでマルヤを待っていた現実とは?
そして、マルヤをあきらめきれないユハがとった行動は?

カウリスマキは、オウティネンに弱みでも握られているのか?
と思うほど、彼女ばかりよく使いますが、
ここでも、「そりゃないだろう」な役を、彼女にやらせています。
シュメイッカはユハに、「若くてきれいな奥さんだね」と
べんちゃらを言いますが(正確には、字幕で出るのですが)
きれいか否かはともかく、若いはないでしょう、若いは。
オウティネンが女優として
非常に力を持った人であることはわかるけれど、
まるで、後々こうして無責任で口さがない映画ファンに、
突っ込んでもらいたくてキャストをしたとしか思えません。
……とか思っていたら、都会に出てからの(哀れな)彼女に
どんどん惹かれていきました。
やっぱりこの人は、大した女優です。

ところで、サイレント、と言い切ってしまいましたが、
実は1カ所だけ音声が入ります。
酒場で歌手がシャンソンのある名曲を歌うシーンでした。
何かを意図したシーンだったのか、その辺はわかりませんが、
唐突な感じでもなく、映画になじんでいて、
しかも印象に残ります。


2002年10月23日(水) ウェディング・バンケット

1954年10月23日、映画監督のアン・リーが生まれました。
名前や初期(『いつか晴れた日に』あたりまで)の映画の傾向から、
女性監督かと思っていたら、
実は台湾生まれの李安おじさん、
英語名の綴りはAng Lee…でした。

この人には、
父親三部作と言われる台湾時代の作品があります。
以前、そのうちの2作は御紹介したことがあるので、
本日は、残りの1本であるこちらをどうぞ。

ウェディング・バンケット
The Wedding Banquet

1993年アメリカ/台湾 アン・リー監督


プロットだけ読むと、げんなりするほど
「よくある映画」です。
でも、マンネリズムに新しく感じのいい味付けするのも
監督やスタッフの腕というものでしょう。

NY在住のゲイのカップル、ウェイトンとサイモン。
ウィエトンは台湾出身で、お国の両親は、
彼が身を固めることを望んでいますが、
当然、ウェイトンが同性愛者であることを知りません。
が、ウェイトンの母親のお節介で、
お見合い相手の女性を斡旋されるに至り、
おまけに、両親そろってNYに出てくるとまで言います。

これは手を打たなければとなったときに、
サイモン(身内へのカムアウト済み)は、偽装結婚を提案します。
当然、お相手は女性ということになりますが、
白羽の矢が立ったのは、ウェイトンが管理するビルの住人で、
サイモンとも顔見知りのウェイウェイ(上海出身)でした。

両親はウェイウェイを気に入り、早速結婚という運びになり、
盛大な結婚披露宴(ウェディング・バンケット)が
繰り広げられます。
さあて、これで体裁は整った…とはならず、
ウェイトンとウェイウェイは、
とりあえず新婚初夜ってやつをやって見せなきゃならず、
おまけにそれがヒットして、ウェイウェイは妊娠するのでした。
そして、床を一緒にする2人に、
やがてサイモンは嫉妬が隠せなくなり、
真相を打ち明けることなりますが……

ウェイトンの父親を演じたのが、
この映画を父親三部作の一作たらしめる好演を見せた
ラン・シャンでした。
戸惑いつつも、サイモンの好ましい人間性を認め、
決して流暢とは言えない言葉で
しみじみと語り合うシーンなど、非常に印象に残りました。
物のわかったガンコ親父というのもいいものです。

また、「パパ、ママ以外の人間が介在する子育て」という状況が
映画のプロットとして、私の「いいなあ」のツボなので、
この後、生まれてきた子供が
どんなふうに育つのかを想像するのも愉しみです。


2002年10月22日(火) ザ・フライ

1952年10月22日、
俳優のジェフ・ゴールドブラムが生まれました。
鋭い眼光に190�僂鯆兇┐襦複競侫�ート4インチとか)長身で、
ルックスのインパクトは物凄く強い人ですが、
なぜか俳優としては影が薄い気がします。

ザ・フライ The Fly
1986年アメリカ デビッド・クローネンバーグ監督


1958年のアメリカ映画『蝿男の恐怖』(原題同じ)のリメイクですが、
私は86年版しか見ておりませんので、
幸か不幸か、比較はできません。
いずれにしろ、ラブストーリーとして非常に気に入りました。

天才学者セス・ブランドル(コールドブラム)は、
物質が瞬間に転送されるポッドを発明し、
みずからがその実験台となります。
果たして、実験は大成功。
彼は2つのポッド間の瞬間移動をしますが、
その実験に当たり、
1匹の蝿が紛れ込んでいたことに気づきませんでした。
が、その後、心当たりのない体調の変化があらわれ、
彼の姿は徐々に、人間離れしたものになっていくのでした……。

ブランドルにはヴェロニカ(ジーナ・デイビス)という
美しい恋人がいました。
ブランドルが変貌していくプロセスでの、彼女の彼への愛も
この映画の見どころの1つです。
普通(という言葉は使うべきではないのですが)
この手の“見世物”映画ですと、
恋愛エピソードはほんの添え物になるところですが、
この作品は、随所にグロテスクな描写はあるものの、
(いや、だからこそ?)
蝿という“不純物”を物ともしない、
純なラブストーリーになっています。

とはいえ、やっぱり目を覆うような不気味なシーンは
未だに軽いトラウマのように心に残っています。
しばらくエビチリが食べられないなあと、
個人的には思いました。
(あくまで私が映画を見て直感したことですので、
人によってツボは違うと思いますが……)

ところで。
佐々木倫子さんの代表作『動物のお医者さん』の中で、
公衆衛生学講座でハムテル君たちが
アイスクリームをごちそうになるシーンがありました。
が、そのアイスクリームが固い固い。
温度設定の低い冷凍冷蔵庫(細菌保管用)に入っていたので、
ガチガチになっていたのでした。
そして、食べている最中、突然に菱沼さんが腹痛を訴えたので、
すわ、細菌が漏れたか?とみんなが戦慄するものの、
すぐに菱沼さんの腹痛がひいたこと、
几帳面な菅原教授(講座責任者)がしっかり管理していることなどから、
それはなかろうと思っていたら、
そこにプ〜ンと1匹の蚊が……というようなシーンがありました。
(このコミックの存在を御存じない方には、
わかりにくい描写になってしまいましたが)

そんなこんなで、
今になって、“蝿”に気づかないって相当だよなとも思うのですが、
いや、意外と“そんなもの”かもしれないなと、
このコミックのシーンを見て、思い直しました。
(ちなみに、腹痛の原因は“細菌漏れ”ではなかったので、
御安心?くださいませ)


2002年10月21日(月) シュレック

10月21日の花はアザミです。
アザミといえば、スコットランドの国花……というわけで、
カナダ出身のコメディアンが、
スコットランド訛りで“役作り”したという
こちらのアニメーション映画をどうぞ。

シュレック Shrek
2001年アメリカ 
アンドリュー・アダムソン / ビッキー・ジェンソン監督


シュレック(声:マイク・マイヤーズ)は、
沼地の掘っ建て小屋でひっそり生きている、
姿は見るからに道楽だけれど、心優しい怪物です。
が、横暴なファークアード卿(同:ジョン・リスゴウ)が、
自分の国をつくるために、おとぎの国のキャラクターたちを
沼地に追放しました。
彼らに静かな生活をかき乱されたシュレックは、
これは一言言ってやらんと、と卿の元に向かう途中、
けたたましくしゃべる
ロバのドンキー(エディ・マーフィー)を助け、
彼にやたらと懐かれてしまうのでした。

ところで卿は、本物の王になるために妃を探していました。
お相手として目をつけられたのは、
ドラゴンの城に閉じ込められている
フィオナ姫(キャメロン・ディアス)です。
城に乱入してして、守衛の兵たちをものしてしまった
シュレックの腕っぷしに着目した卿は、
彼に、フィオナを助け出してくれたら
沼地を返還することを約束します。
こうしてシュレックとドンキーは、
フィオナ奪還の旅に出かけます。

ところで、実はフィオナは、
閉じ込められてさめざめと泣いているような
よくいる「おとぎ話のお姫様」ではありません。
美しく意志的な容姿にぴったりの気の強さで、
しかも武術の使い手でもありました。
城から抜け出し、ファークアード卿の城に向かう道中、
フィオナとシュレックはお互いに惹かれ合うのですが、
フィオナには訳あって、
好きでもない(つーか、顔すら知らない)
ファークアード卿に嫁ぐ「必要」がありました。
シュレックはシュレックで、
フィオナに思いを打ち明けようとしたとき、
たまたまフィオナとドンキーが話している内容を立ち聞きし、
フィオナが、自分の醜い容姿を
嫌っていると勘違いしてしまいます。

見ている方としては、
フィオナとシュレックは非常にお似合いなので、
ああーもーっ、じれったい!という展開ですが、
ハッピーエンドにならなくちゃ嘘、という前提でいれば、
一体どういうふうに覆すかを見るのが楽しいと思います。

「人を見かけで判断してはいけない」
というのも、この映画のメッセージの1つなのだと思いますが、
今までの、「顔形なんて関係ない。大切なのは心」という感じの、
無神経で無責任な台詞で片づけないところに好感が持てました。
(はっきり言って、それじゃデ★ズ☆ーの
粗製濫造アニメと同レベルだ…)
笑えるネタも満載されていて、
コメディー映画としても一流です。


2002年10月20日(日) 映画よろず屋週報 Vol28


特集パロディーの愉しみ

10月20日は、リサイクルの日だそうです。
ということで、リメイク特集も考えたのですが、
もう一歩進んで(後退して、かも)パロディー映画や
パロディーシーンの見られる映画を取り上げたいと思います。

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最終絶叫計画 Scary Movie
2000年アメリカ
キーネン・アイボリー・ウェイアンズ監督

この邦題からして、
【ラストサマー】【スクリーム】
【ブレア・ウィッチ・プロジェクト】と、
3本の映画タイトルの頭の単語を組み合わせ、
(【ラスト…】だけは原題もう少し長め)
日本語訳した…というシロモノですが、
見た人誰もが「金返せ!」と叫びたくなるくだらなさ。
とはいえ、パロディーネタはホラーだけでなく、
広範なジャンルにわたっています。

スペースボール Spaceballs
1987年アメリカ メル・ブルックス監督

一応、『スターウォーズ』のパロディーということになっていますが、
プロットなどは、1930年代アメリカの某ラブコメ大傑作とそっくり。
公開当時は、そのバカさかげんに大いに笑わせていただきましたが、
先日DVDで見直し、完成度の高さに改めて感心しました。

ホット・ショット Hot Shots!
1991年アメリカ ジム・エイブラハムズ監督

『トップガン』をベースにしつつ、
新旧の数々のパロディーシーンを満載した作品。
これがつくられた1991年に「最も話題になったヒゲ男」の
そっくりさんが登場し、災難に遭います。
(2年後につくられた続編あり)

ボギー、俺も男だ! Play It Again, Sam
1972年アメリカ ハーバート・ロス監督

映画作品そのものをどうこうしたというよりは、
ハンフリー・ボガートに憧れる
気弱な男(ウディ・アレン、兼脚本)の
見果てぬ夢…って感じの作品ですが、
一種のパロディーといえましょう。
原題“Play It Again, Sam”は、
『カサブランカ』の中のボギーの台詞と
言われていますが、実際には言っていない…という説も。
ただ、言ってそうですよね、
「サム、もう1度弾いてくれ」とか何とか。

オースティン・パワーズ
Austin Powers: International Man of Mystery

1997年アメリカ ジェイ・ローチ監督

古今スパイ映画パロディー全集をオバカ旗満艦飾でどうぞ!
1999年の続編『:デラックス』という邦題は、
原題を直訳したらちょっとヤバそうなところを
うまく処理したとして、なかなか評判がよかったようです。
最新作『:ゴールドメンバー』も、(地域によっては)公開中。


2002年10月18日(金) 日曜はダメよ

1920年10月18日、ギリシャの文化大臣を務めたこともある
女優メリナ・メルクーリが生まれました(1994年死去)。

日曜はダメよ
Pote Tin Kyriaki/never on Sunday

1960年アメリカ/ギリシャ
ジュールス・ダッシン監督


ギリシャの港町で、
美しく気品のあるイリアという娼婦を見初めた
アメリカ人旅行客のホーマーは、
荒くれ男たちに美神のように崇拝されているイリアに
2週間で教養をつけ、
本物の美神となるよう教育しようとします。
彼女は日曜日には、
取り巻きの男たちと騒ぐのを楽しみにしていて、
(で、日曜日は客をとらないので“never on Sunday”)
いつも男たちに荒唐無稽な“神話”を披露しますが、
その結末は、いつも同じ(しかも何かバカっぽい)でした。
ホーマーには、彼女のそんな話も気に入りません。
(ほっときゃいいのに、本当にノリの悪い迷惑なおっさんです)

自由に生きるのを好むイリアを
「啓蒙して差し上げよう」というのが土台無理な話でした。
その上、取り巻きの男たちにも
偉そうに意見するようになったりして、
ホーマーは、だんだんと反感を買うようになり……

先日、『マイ・フェア・レディ』を御紹介しましたが、
着想は似た感じのお話でした。
(といっても、こちらの方が製作が早いのですが)
本当に、女を啓蒙してやろうなどと思い上がった男というのは
うっとうしくてやりきれないものですが、
この作品の“ウザ男”ホーマーを演じたのは、
監督・脚本も兼ねているジュールス・ダッシンです。
そして、自由なイリアを演じたのがメリナ・メルクーリ。
(2人は実生活では1966年に結婚して、
終生添い遂げたようです……というか、
1911年生まれのJ.ダッシンは、まだ御存命です)

テーマ曲が余りにも有名ですが、
あの能天気なほどに明るい曲調を裏切らない、
すこーんとどっか抜けたような感じさえする
コメディーでした。
直接に訴えるメッセージ性は強くありませんが、
ギリシャの港町をあんなにすてきに見せてくれた彼女が、
その後、軍事政権に楯突いて
国籍を剥奪されたということを考えると、
何だかある種、象徴的な映画になってしまいました。


2002年10月17日(木) 特集「カラオケ大全集」

10月17日は、カラオケ文化の日だそうです。
(全国カラオケ事業者協会の設立記念日)

日本発祥のカラオケではありますが、
欧米の映画でも、カラオケのシーンに時々お目にかかれます。
そこで、そんなシーンが思い出される映画を
ちょこっと集めてみました。

ベスト・フレンズ・ウェディング
My Best Friend's Wedding

1997年アメリカ P.J.ホーガン

『マスク』でラウンジ歌手役だったキャメロン・ディアスが、
愛するフィアンセ(ダーモット・マルロニー)への思いを込めて、
絞り出すような声で、下手な歌を歌っていました。
(どうやら、こっち↑が地のようですが)

スナッパー The Snapper
1993年アイルランド スティーブン・フリアーズ監督

酔った勢いで父親の友人と関係し、妊娠した20歳の娘が、
カラオケバーで絶唱するのは、マドンナの“Papa,Don't Preach”
せめてこの歌みたいに、赤ちゃんのパパと愛し合っていれば
よかったのですが。
(どうしてもこの歌の末路には、“幸福”を感じられませんが……)

シーズンチケット Purely Belter
2000年イギリス マーク・ハーマン監督

主人公ジェリー少年のバカっ父は、
母親(つまり妻)が病に倒れたそのときも、
カラオケバーで一杯機嫌で
ウィリー・ネルソンの“Always on My Mind”なんぞ歌っていました。
(結構うまいのがまたムカツクし)

ロンドン・ドッグス Love, Honour and Obey
2000年イギリス
ドミニク・アンチアーノ / レイ・バーディス共同監督

カラオケに夢中なヤクザたちが妙にかわいらしく思えてしまう、
ヤバめのコメディーでした。
あのジュード・ロウの艶のある歌声も聞けます。
(吹き替えでないといいんですが)

恋人たちの予感
When Harry Met Sally...

1989年アメリカ ロブ・ライナー監督

友人ハリー(ビリー・クリスタル)と買い物に出かけた
サリー(メグ・ライアン)が、
家電店で家庭用のカラオケセットで
悪ふざけするシーンが…メグの歌声は、驚くべき甲高さでした。

デュエット Duets
2000年アメリカ ブルース・パルトロウ監督

きょうのこのテーマに絞る限り、イチオシの作品です。
グゥイネス・パルトロウの歌と、
ヒューイ・ルイスの演技がお楽しみ。
どちらもなかなか堂に入っていました。


2002年10月16日(水) ドリーム・ゴール

ドリーム・ゴール When Saterday Comes
1995年イギリス マリア・ギース監督


適当な邦題つけられてしまったが故に、
ほかのいろんなサッカー関連映画の中に埋没してしまいそうな、
どうしてどうしての拾い物でした。

舞台はイギリスはヨークシャー、シェフィールド。
ジミー・ミュア(成人後の役をショーン・ビーン)は、
学校を卒業するに当たり、
「工場か炭坑か」の進路選択を迫られますが、
彼は本当はフットボール選手になるのが夢でした。
才能はありながら、チャンスには恵まれない…
そういう、よくいるタイプの少年です。

結局はビール工場に就職して、遅刻が多いと注意されながらも、
工場仲間との気楽なつき合いをしながら勤続10年、
仕事の合間にはアマチュアチームでプレイを続けます。
ちなみに、彼の家族は、ギャンブル狂いのバカ親父、
その親父と同じ炭坑で働く気のいい弟ラス、
亭主のおかげでお金の苦労が絶えないけなげな母サラ、
男に失望しきっている姉マリー……です。
そうそう、マリーを演じたメラニー・ヒルは、
当時のS.ビーンの奥様だったようですね(97年に離婚)

そんな彼の生活を変えたのは、
新任の事務員アニー(エミリー・ロイド)との恋でした。
彼女のおじでもあるセミプロチームの監督ケン
(ピート・ポスルスウェイト)の目にとまり、
1試合12ポンドでうちに来ないかと声をかけられます。

その後ケンから、地元シェフィールド・ユナイテッドの
テストを受けてみないかと勧められます。
「スタンドプレーが目立つが動きはいい」と言われるなど、
なかなか覚えめでたく、長年の夢だったプロになれるか?と思いきや、
彼には、「酒にだらしない」という、唯一にして最大の欠点があり…

小ネタを書き出すときりがないくらい、
(つまり、やや散漫な感じは否めないですが)
特にイギリス映画好きにはたまらない
「つっこみどころ」があるかと思います。
1つ1つにはさほど重きを置いていないのですが、
アニーがアイルランド系(で、カトリック)だったり、
ラスがフットボールの古いプログラムをコレクションしていたり、
それぞれが、ちょっとした伏線になっていたり、
設定上、かなりバカにできない部分だったりして、
短いながらも楽しめました。
酒で大きなチャンスをふいにした彼が一念発起する裏には、
悲しいきっかけがあったりと、ドラマ性も十分ですし、
途中『ロッキー』シリーズか!と思うような描写があるのも御愛嬌。

日本未公開作品だそうですが、
レンタルビデオで見つかるかと思います。
DVDは残念ながら出ていないようですが、
ワールドカップ熱に便乗してリリース…ってことにならなかったのは、
もう1つの“主役”がシェフィールド・ユナイテッド、
つまりはデヴィッド・ベッカムでおなじみの
マンチェスターUのライバルだからでしょうか。
(多分、全く関係ないと思いますけど)

ちなみに、この映画についてのフォローを頼むべく、
ネット徘徊して調べたのですが……
御存じの方は御存じだと思いますが、
原題“When Saturday Comes”というのは、イングランドの有名な
フットボール・ファンジン(同人誌)の名前だそうですね。
なるほど、なるほど。


2002年10月14日(月) 特集「ここが変かい?日本人」な映画

きょう10月14日は、ISO国際標準化機構と
IEC国際電気標準会議が制定した、
「世界標準の日」だそうです。

そこで、映画の中に「変な人種」として登場した
日本人たちに着目してみたいと思います。

ホテル・ニューハンプシャー
The Hotel New Hampshire

1984年アメリカ トニー・リチャードスン監督

ホテルの宿泊客の中で、「魚料理はないのか」と
文句をつける人がいましたが、
日本人という設定だったようです。
……そうなのかなぁ。
せっかくのアメリカなんだから
(ニューハンプシャーだけど)
分厚いピフテキとか食べたがる人の方が多くないか?
肉嫌いとかベジタリアンでない限り。

ティファニーで朝食を
Breakfast at Tiffany's

1961年アメリカ  ブレイク・エドワーズ監督

オードリー・ヘップバーン扮する
ホリー・ゴライトリーと同じアパートに住む、
なぞの日本人・ユニオシ(なんつー名前だ)を、
子役時代から変な顔だったミッキー・ルーニーが
さらに変なメイクで怪演していました。

アルマゲドン Armageddon
1988年アメリカ マイケル・ベイ監督

日本では超有名な「あの方」が、
ニューヨークで浮かれてブランド物を買いあさる
日本女性として出ていました。
「あの方」は、そりゃ「ああ」かもしれませんが……

クロコダイル・ダンディー2 Crocodile Dundee II
1988年オーストラリア ジョン・コーネル監督

ポール・ホーガンをクリント・イーストウッドと間違える、
「メガネ/出っ歯(ではないか)/カメラ」の日本人が登場。
とはいえ、「ガイジンの顔ってみんなおんなじ」に見えると言う
日本人も結構いる中、
ホーガンとイーストウッドの間違いは、
結構いい線行っている気がします。
彼の大活躍のおかげで、ホーガンあにぃも結構助かってたし。

ウォール街 Wall Street
1987年アメリカ オリバー・ストーン監督

具体的に日本人が出てくるシーンではないのですが、
株で大儲けして浮かれる青年(チャーリー・シーン)が、
美人の恋人(ダリル・ハナー)と同棲中の
高級アパートの一室で、
「家庭用スシ製造機」を使っているシーンがありました。
日本の一般家庭に、あんな変なものはないぞ!
(「うちありますけど何か?」という方は、御一報くださいませ。
すごーく興味があります)

ガン・ホー Gung Ho
1986年アメリカ ロン・ハワード監督

今年度のアカデミー監督賞を獲っちまった
ロン・ハワードが監督した、
ほぼ、日本人を揶揄する意図しか感じ取れないコメディー。
自動車工場の閉鎖によって寂れたアメリカの田舎町に、
日本のこれまた車工場を誘致しようとしたことから生じた
両国の軋轢を、
「日本人って変だよなー」というアメリカ人目線で
描いています。
すべてをギャグとしてとらえようとしても余りにも寒いし、
私は正直、余り好きになれませんでしたが、
一部では好評のようです。
フユカイだなーと思って見てしまうと、
後々盛り返す日本人の見せ場も、
「日本人の・ちょっといいとこ見てみたい」というノリの、
適当なごまかしにしか思えないのが残念です。
個人的には、この映画が劇場未公開扱いなこともあり、
どうしても、「日本製品をバットで壊すアメリカ人」という、
当時よくテレビなどで見られた画像ばかり
思い出してしまいます。

「ガン・ホー」とは、“がむしゃら”というほどの意味だそうで、
もともとは米国海兵隊の“work together”という意味の
標語だったそうです。
そのせいか、海軍ではなかったけれど、
『フルメタル・ジャケット』の中にもこの台詞が登場しました。



2002年10月13日(日) 映画よろず屋週報 Vol27「愛すべき凸凹コンビ」

特集「愛すべき凸凹コンビ」

1941年10月13日、サイモン&ガーファンクルの
ポール・サイモンが生まれました。

そこで、サイモン&ガーファンクル同様、
凸凹コンビが登場する映画にスポットを当ててみました。
(サイモン&ガーファンクルの場合、凸凹は身長差だけですが、
御紹介する映画では、キャラクターにもできるだけ着目しました)

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シーズンチケット Purely Belter
2000年イギリス マーク・ハーマン監督

やせっぽちで身長150�僂離献Д蝓爾脇�脳派、
180�僂里�でぶで人のいいスーエルは専ら肉体労働、
2人はただただ、
500ポンド也のサッカーのシーズンチケットが欲しくて、
あの手この手で奮闘しますが…

イシュタール Ishtar
1987年アメリカ エレイン・メイ監督

済みません……
このテーマにぴったりなので名前を出したに過ぎず、
アクションコメディーというには、
動きもお笑いもイマイチ楽しめない駄作です。
とはいえ、ウォーレン・ベイティ、ダスティン・ホフマンと、
当時ベイティといい仲だった(らしい)イザベル・アジャーニーと
めちゃくちゃ豪華なキャストを、
見世物的に楽しめる作品ではあります。
ベイティとホフマンが、サイモン&ガーファンクルに憧れる
売れないデュオという設定でした。
ちなみに、ほかにチャールズ・グロディンなども出演していて、
監督のエレイン・メイは、
どっちかというと脚本家として鳴らしていて、
『天国から来たチャンピオン』チームが
冗談でつくったような映画、という見方もできます。

好きといえなくて The truth about cats&dogs
1996年アメリカ マイケル・レーマン監督

その知性は置いておいて、肉体的にコンプレックスを持つ
獣医のジャニーン・ガロファロウと、
すばらしい美貌を持ちながら、
己の主体性のなさや知性の弱さが嫌いな
モデルのウーマ・サーマン(↑けんか売ってるのか!)
でも、どちらの女性も性格がよくて魅力的でした。
2人と恋愛できたベン・チャップリンは果報者。

ファーゴ Fargo
1996年アメリカ ジョエル・コーエン監督

今や信頼のブランド“コーエン印”の、
実話に基づいたサスペンス。
実は私、初めて見たときは、
どこがいいのか全くわからなかったのですが、
なぜか時々、もう1度チャレンジしたくなります。
何しろ誘拐犯役が、
ピーター・ストーメアと
スティーブ・ブシェーミーですもの。

マイ・フレンド・メモリー The Mighty
1998年アメリカ ピーター・チェルソム監督

友情…ではなくパートナーシップによって活躍する
気は優しくて力持ちのマックス(エルデン・ヘンソン)と、
ちっちゃな知性派ケビン(キーラン・カルキン)の、
どこか文学的な味わいさえある、「街の大冒険物語」です。
……でも一応、「難病モノ」という
失礼なレッテルも張っておきましょう。

劇場版ポケットモンスターシリーズ
(1998年〜2001年までに5本公開)

10歳でポケモンマスターの旅に出た
サトシ(推定身長140〜150)は、
元気で心優しいお調子者。
その相棒ともいえるピカチュウは、
体長40�僉�体重6�圓療典ぅ優坤漾�
……という「アニメ ポケットモンスター」の人気を受け、
毎年恒例で映画化されているシリーズです。
ところで、個人的に名台詞だと思うのは、
第2作『ルギア爆誕』の終盤で、
サトシの母ハナコがサトシに向かって言う、
母親のエゴ丸出しの台詞。かなり真理を突いていました。
(わざわざ見ることは少ない映画だと思うので、
「たまたま」見ることがあれば、チェックしてみてください)


2002年10月12日(土) 太陽は、ぼくの瞳

太陽は、ぼくの瞳 The Color of Paradise
1999年イラン マジッド・マジディ監督


アッバス・キアロスタミと並び、
最近のイラン映画の定番となりそうな
マジッド・マジディ(『運動靴と赤い金魚』)脚本・監督作品です。

主人公のモハメド少年は、全寮制の盲学校に通っています。
夏の休暇には父親が迎えにきてくれましたが、
実は父(やもめさん)は、
再婚する時ネックになりそうなモハメドを、
少し疎ましく思っていました。

そんな父の冷たさにもめげず、久々に帰った家では、
優しいおばあちゃんや、かわいい妹たちが待っていました。
自分なりに家の手伝いをしたり、草原を散歩したりして、
見えない目以外の感覚を以て、世界の美しさを堪能します。
妹たちの通う学校の授業にも、
飛び入りで出させてもらいました。

が、ある日父は、モハメドを全盲の大工のところに
“自立”目的で弟子入りさせます。
親方は優しくしてくれますが、
まだ8歳のモハメドには心細いものでした。
けれども、あるきっかけで迎えにきた父親と家に帰る途中、
彼の運命を大きく変える出来事が……

いつもいつも思うことですが、イスラム圏の子供って、
男の子も女の子も、みんな目の覚めるような美しさです。
イランのお国柄で、子供を主役に据えた映画が多いのは、
決してお固い宗教的配慮ばかりではなく、
映画人たちが、この美しい子供たちを撮りたい!と
思ってしまうからでは……などと考えてしまいました。

それから、盲学校の授業風景にも興味深いものがあります。
速記並み(検定でいえば2〜3級クラスかな)のスピードで、
教師が読み上げる文章を、
ディクテーションの要領で点字で打っているんですぞ!

正直、どうしてこの結論に達したのか、
ちょっとわかりかねるラストではありましたが、
見た後いつまでも、「一体、何でだったのかなあ」と
引きずるのも悪くないものです。


2002年10月10日(木) シッピング・ニュース

10月10日は「島の日」です。

シッピング・ニュース The Shipping News
2001年アメリカ ラッセ・ハルストレム監督


近所のツタヤで「一応」1週間扱いになったのを機に
(といっても、まだ準新作扱いくらいなのか、100円加算でしたが←細かい)
やっと手にとってみたのですが、いやあ、ツボにはまりました。
E.アニー・プルーの原作『港湾ニュース』を読んで、
これの完全映画化では、
さぞや見る人を選ぶ作品になるだろうと思いましたが、
やり過ぎていたら目を覆いたくなる映像であろうところを、
適度にソフトにしてあり、
かといって興ざめするようなものではなく、
とにかく、私は非常に気に入りました。

父親からの虐待がトラウマになり、おどおどと成長した
クォイル(ケビン・スペイシー)は、
新聞社のインク係として働いていたある日、
ペタル(ケイト・ブランシェット)という名の、
見るからにbitchな感じの女に逆ナンパされ、
彼女と結婚し、1女バニー(ゲイナー3姉妹)をもうけます。
(ちなみに原作では子供がもう1人いて、
姉妹の描き分けもおもしろかったです)

ペタルは結婚してからも男漁りをやめませんが、
クォイルには、彼女をたしなめようという発想すらありません。
女性とまともにつき合ったことのないクォイルには、
ペタルこそたった一人の大事な女性でした。

が、ペタルが駆け落ち資金調達のために、
バニーを養子縁組機関に売り(後に保護)、
ペタルは相手の男とともに事故死…
それとほぼ時を同じくして、
クォイルの父親が亡くなったという知らせが入りました。
彼の父には、アグニス・ハム(ジュディ・デンチ)という妹、
つまりクォイルの叔母がいて、
いろいろあってへこみ切っているクォイルを、
一族のルーツがあるというカナダの北東、
ニューファンドランド島に一緒に帰ろうと誘います。
廃屋になっていたぼろ家の修繕を、
気のいい若い大工(ジェーソン・ベーア)に頼み、
アグニス・ハムは、もともとの本職である船舶内装、
クォイルは地元の新聞社に「記者」として雇われ、
バニーも託児所に預けられ、
がたがたながらも生活していくようになります。

新聞社には、
タート・カード(ピート・ポスルスウェイト)という
陰険で尊大なおっさんもいましたが、
自分を「ジャックと呼べ」と命令する
編集長(スコット・グレン)や、
船の修理が終わったら旅に出るのだという
ナットビーン(リス・エバンス)など、
つき合いやすい気のいい連中が多く、
クォイルは、生まれてこの方経験がなかった
「気の置けない仲間とのつき合い」
というやつを楽しむようになります。

また、やれ何をやらせても下手だ、
トロいとばかにされていたのが嘘のように、
港に停泊する船主におもしろい話を聞いてまとめたコラムも
大好評を博すのですが、
その中で、自分たちの先祖の秘密も知ってしまうのでした…。

何でもこの話は癒しの物語なんだそうですが、
個人的には、癒されるべき心の傷の形や深さは、
皆一様なわけはないと思うので、
この手のうたい文句は、
絶対に無視していただきたい気がします。
といいつつ、ツボにはまるともうダメです。
嗚咽にふるえることになるでしょう。
北極圏(と言って差し支えなければ)の刺すような
冬の過酷さも加わって、自然の風景を美しく切り取った画は
非常に惹かれるものですし、
豪華キャストも魅力の1つです。
私は、この映画で見て、初めてジュリアン・ムーアを
素直に「すてきな人」だと思いました。


2002年10月08日(火) マイ・フェア・レディ

昨晩、テレビを見ていましたら、
番組改編期であるちょうど今ごろの名物の1つ、
「芸能界の厳しさ教えますスペシャル」をやっていました。
この下世話さと、クイズ、ゲームの構成が結構好きなので、
いつも見てしまいますが、
特に、いつもいろいろな意味で気になるのが
「抱かれてみたいレース」です。

御存じない方にかいつまんで説明させていただくと、
番組ゲストの芸能人・有名人が、
傾向の似た芸能人5人を相手に、
街頭で20人に聞いた「抱かれたい(抱きたい)」のはどっち?」
という問いに対する回答結果を争うという対決ものです。
それぞれにオッズがあり、
当然、勝ち目のありそうな人を相手にした場合ほど
倍率は低くなり、
その分、「最低得票数」に達しなかった場合は
ドボンになってしまうなど、なかなかにシビア。
が、勝ち目がない=倍率高い上に、意外と健闘を見せ、
最低得票数も楽々取ってしまうという場合もあるので、
その辺の見極めが、勝負の分かれ目になります。
(こういう下世話なところがおもしろいゲームの解説って、
なかなか気恥ずかしいものがありますねぇ)

で、昨日対決に挑んだ1人に、カミュを大おじに持つという
もはや外国人タレントの定番セイン・カミュがいました。
対決相手というのが、
「ベッカム/シュワルツェネッガー/トルシエ/
チューヤン/デーブ・スペクター」という、
非日本人という以外は全く一貫性のないものでした。
(あ、デーブってひょっとして日本人?)
そこでセインさんは、最低得票数の低さに目をつけ、
また「せっかくならどーんと」ということで、
オッズ最高のベッカムを指名し、
一敗地にまみれる玉砕を果たしました。(何と1対19!)
でも、この対決のテーマが
「英語を教えてほしい外国人男性杯」だということを考えると、
ヒギンズ教授に注意される英語しゃべってそうな英国人は、
私としては、ちょっと嫌ですけれどね。


そこでいささか強引に、本日の映画は……

マイ・フェア・レディ My Fair Lady
1964年アメリカ ジョージ・キューカー監督


G.B.ショーの『ピグマリオン』に材をとった、
男性が女性を当たり前のように「バカな添え物」として扱っても、
それほど糾弾されなかった(かもしれない)時代の、
豪華絢爛、楽しい女性蔑視ミュージカルコメディーの傑作です。
舞台版でジュリー・アンドリュースで演じた役を、
歌を吹き替えてまでオードリー・ヘップバーンに
やらせたということ自体、
この映画の性質をあらわにしている気がしますが、
それはそれで楽しめました。
私の知人で、
「歌のシーンがなかったら、
もっとコンパクトでおもしろかったのに」

という名言を吐いた人がいますが、
ヘップバーン自身は非常にコメディーセンスのある人なので、
ノリのよさで楽しませてくれます。
でも、やっぱり、
映画音楽史に残る名曲の数々も楽しみたいところです。

ある日、言語学者ヒギンズ教授(レックス・ハリスン)は、
ロンドンの下町で、汚いなりをして、
耳障りなコックニー訛りでがーがーまくしたてる
花売り娘イライザ(A.ヘップバーン)を見かけます。
ヒギンズは、イライザを自分の屋敷に招き、
自分の専門分野である発声や言葉遣いはもちろんのこと、
上品なレディとしての身のこなしや装いに至るまで指南し、
どこに出しても恥ずかしくない女性をつくり上げようとします。

ヒギンズ氏の母親が作中言うように、
「まるで生きた着せかえ人形」のように
扱われるイライザですが、人間、いろいろと身につければ、
自分の頭で考えるということも覚えます。
イライザは、単なるヒギンズ氏のおもちゃではありません。
彼女が反旗を翻すようにヒギンズ氏のもとを去ってしまったとき、
彼の意識にも、ある変化があったのでした……。

ヒギンズの「余計なお世話」の数々にうんざりすると、
その時点でこの映画に嫌悪感を抱いてしまう可能性もありますが、
女子に生まれついた者としては、
こういうヒギンズみたいなおっさんとか、
ゲーテの小説に出てくるうっとうしいインテリ青年とか、
ショーペンハウエルとかみたいな、
女性蔑視を教養人の真理みたいに考えてそうな男子の言い分を、
「はいはい、わかりましたよ(フンッ←鼻でわらう音)」と、
聞いているふりで右から左に流し、
素材よりも、調理の妙を楽しみたいと思います。
女性を男性並みに使える奴に教育しようという勘違いは
この際置いておいて、
映画としては、かなり楽しめる1本でした。

結構有名な話のようですが、
この“マイ・フェア・レディ”というタイトルのMy Fairとは、
ロンドンの高級住宅街Mayfair(メイフェア)を
コックニー訛りで発音すると、こういうふうになりますよ、という
ダブルミーニングでもあったのですね。
(2003.6.20補筆)


2002年10月06日(日) 映画よろず屋週報 Vol26 「たまには日本語吹替版もどうぞ」

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特集「たまには日本語吹替版もどうぞ」

最近はDVDがあまねく普及してきているので、
とりあえず洋画をレンタルして、
気分や状況でDVDか字幕かで見るという
実に柔軟な選択ができますね。
漢字が余り読めない子供さんや、いつもは字幕派だけれど、
今日はちょっと読むのが面倒くさいなーという気分のとき、
吹替は結構ありがたい味方ではと思います。

また、DVD再生機未購入の方、
今後も買うつもりはないという方にも、
この作品は吹替版ビデオもイケますよと、
敢えてお勧めしたいような出来のものが、結構あります。

そこで本日は、最近の若手男性声優に絞り、
その方の「出演作」にスポットを当ててみたいと思います。

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家中宏(やなか・ひろし)さん
テレビアニメ『こち亀』の、
白バイにまたがっているときとそうでないときとで人格が違う
本田速人役でもおなじみ。
『狂っちゃいないぜ!』『コン・エアー』と、奇しくもいずれも
航空機絡みの作品でのジョン・キューザック、
『フル・モンティ』『アンジェラの灰』のロバート・カーライルなど。
基本的には優しげだけれど、
結構キレやすそうというような役が似合います。

平田広明(ひらた・ひろあき)さん
『ER』のカーター(ノア・ワイリー)や、
『フレンズ』のジョーイ(マット・ルブランク)と言った方が、
もはや海外ドラマファンの間では評判よさそう。
『スリーピー・ホロウ』『フェイク』など、
ジョニー・デップがハマっています。

草尾 毅(くさお・たけし)さん
ちょっと高目の少年声ですが、
アニメ『スラムダンク』の桜木花道のようなお調子者役も
嫌みなく演じていました。
昨年、各方面で大不評だった(?)テレビ版『タイタニック』の
レオナルド・ディカプリオ=妻夫木聡君ですが、
ビデオでは、草尾さんが無難にこなしていました。
(ただし、DVDはまた別な方がアテていたようです)
『ギルバート・グレイプ』でレオが演じたアーニーも、
なかなかキュートでした。

森川智之(もりかわ・としゆき)さん
最近ではすっかり『ダーマ&グレッグ』の
グレッグ・モンゴメリーのイメージが定着していますが、
この人にとってフィックス(ぴったりの声)だと思われるのは、
何といってもブレンダン・フレイザーでしょう。
比較的近作で大ヒットした『ハムナプトラ』2作は
もちろんのこと、
ちょっと古めの『スカウト』でも好青年声が聞くことができます。


私自身、子供と一緒に洋画を見るに当たり、
吹替を選択する「こともある」という程度ですので、
実はそう詳しくないのですが、
注目している分野であることは間違いありません。
知識・情報不足によるお粗末な特集で、
まことに失礼いたしました。
でも、懲りずに「女声編」もやってみようかと考えております。
こちらは、矢島晶子さん、高山みなみさんなど、
少年声担当の宝庫でもありますし、
また違った楽しみがあるのでは…と思います。

それから、今回敢えて取り上げなかったベテランの皆さんも、
最近はこんな映画で渋いところを聞かせてくれています、
みたいな嬉しい仕事も結構あります。
その辺も含め、
先週に続いてネタの2度・3度使いを前提とした特集、
この辺で失礼いたします


2002年10月04日(金) タイムトラベラー きのうから来た恋人

1976年10月4日、
女優のアリシア・シルヴァーストーンが生まれました。

タイムトラベラー きのうから来た恋人
Blast from the Past

1999年アメリカ ヒュー・ウィルソン監督


是非はともかく、邦題の偉大さを実感します。
(「タイムトラベラー」という主題が余計な気がするほど、
サブタイトルがぴったり)
直訳「過去からの突風」で、誰がこの映画を
ご機嫌なラブコメだと思うことでしょうか。

1962年、アメリカ。
キューバ危機勃発により、核戦争を懸念した
発明家カルヴィン・ウェーバー
(クリストファー・ウォーケン)は、
妊娠中の妻ヘレン(シシー・スペイセク)とともに、
核シェルターに逃げ込みます。
その直後、長男アダム(ブレンダン・フレイザー)が誕生。
発明で一山当たおかげで、
幸か不幸か資金力があり過ぎるほどあった彼らは、
35年間、古きよきアメリカの価値観をたっぷり残したまま
余裕で暮らしてしまうのでした。
殊にアダムは、父と母の純粋培養教育により、
この上ない好青年(今どきいねーよっ)として、
すくすくと成長します。

要するに、ブレンダンが演じたのは、
さきに御紹介した『ジャングル・ジョージ』の
別バージョンと考えても何ら差し支えありません。

ところで、何ゆえに35年もそんなところにいたかといえば、
実は、避難直後に飛行機墜落事故が起こり、
それをウェーバー夫妻は「核戦争?」と勘違いして、
放射能の影響が薄れるのに35年要すると踏んだからです。
まあ、それはいいんですが、
35年後、物資調達のために息子アダムを外界に出すとき、
核戦争が起こった(と思っていた)のに、
何でまだ世界が世界として「ある」と思ったのでしょうか

…と、疑問が起こらないでもありませんが、
固いことは言いますまい。
多分、私が忘れているだけで、
説得に足る説明が映画の中であったのでしょう。
(全く自信なし)
三代目魚武濱田成夫の詩集で
『世界が終わっても気にすんな俺の店は開いている』
というのがありましたが、あれを思い出しました。


外界に出たアダムは、レアな野球カードなどを扱う店の
従業員イブ(アリシア・シルバーストーン)と知り合います。
アダムとイブとは、何ともおあつらえ向き。
アダムが自分のコレクション(古い上にレア)を
売ろうとしたとき、
店のオーナーに買いたたかれそうになっているアダムに
助け船を出したのがきっかけでした。

アリシア・イブは、「蓮っ葉だけど、本当はいい子」役を好演。
男を見る目がなく、しょっちゅう泣かされていて、
ゲイでオネエな男と同居しています。
2人とも、アダムが自分の身の上を話しても、
「はいはい、わかったわかった」という調子で全く信じず、
でも彼の妙に深い教養や紳士的な物腰には惹かれます。
が、イブがアダムにプロポーズされるに至ったとき、
こいつひょっとして、
アブない人かもしれない……と思った彼女は、
ある行動に出てしまうのでした……。

さまざまな角度に着眼して楽しめる1本です。
アリシアの、「ナイスバディーにかわいい美人顔」は、
役にぴったりはまっていて、非常に魅力的でした。


2002年10月03日(木) 山の郵便配達

今日10月3日は、
語呂合わせで登(10)山(3)の日だそうです。

ところで、山登りの映画は当たらない…と、
ある映画館の支配人さんがぼやいているのを
聞いたことがあります。
「登山の趣味のある人は、わざわざそんな映画を見ない」
という、判ったような判らないような理由が考えられるとか。
確かに、山岳を舞台にした映画でポピュラーなのは、
冒険色がやたら強かったり、パニックものだったりですね。
ちなみに、その支配人が例として挙げていたのは、
K2/ハロルドとテイラー(91年日・英・米合作)でした。
監督は、『さらば青春の光』のフランク・ロッダム、
主演マイケル・ビーンなど、なかなかの顔ぶれだったのに…


山の郵便配達 那山 那人 那狗
(英語タイトルはPostmen in the Mountains)
1999年中国 フォ・ジェンチィ監督

地味ながら、原作と併せ、そこそこ話題になった1本です。

満足な交通手段がない中国は湖南省の山間部で、
40年の長きにわたって
郵便配達の仕事をしてきた初老の男性が、
加齢による体力の減退を郵便局長に心配され、
息子(現代的でそこそこ打算的な、フツーのあんちゃん)に
仕事を引き継ぐことになります。

重い荷物(郵便物)を携えて、急峻な山を行くわけですから、
自分の足だけが頼りの、実に過酷な「旅」です。
息子の初仕事には、道案内を兼ねて父親が付き添いますが、
郵便配達人が来ると、
各集落の素朴な善男善女が大歓待!という、
それこそ「映画で見たような」シーンを
軽薄にも思い浮かべていた息子は、
余りにも地道で淡々とした仕事ぶりに拍子抜け。
また、もともと余り交流のなかった父親と軽く衝突もします。

「どっかで見たようなシーンだなぁ」
というエピソードも多いのですが、
映画のトーンには合っていて、選択は誤っていない感じです。
息子が、遠くから父に嫁いできた母と、
自分がほのかに想う女性のことを重ね合わせて考えたり、
回想と現在のシーンの絡め方も巧みでした。

1度仕事に出ると、
配達と往復で何日も帰ってこなかった父に、
幼い頃の息子は親しみを覚えていませんでした。
そんなスキだらけの親子関係の中に、
かえって偽りのない絆のようなものを感じます。
そうそう、
2人(じき息子1人になるけれど)の仕事をサポートする
名犬“次男坊”の演技にも御注目を!


2002年10月02日(水) ジャングル・ジョージ

今日10月2日の花は黄花コスモス、
花言葉は野性的な美しさだそうです。

ジャングル・ジョージ George of the Jungle
1997年アメリカ サム・ワイズマン監督


60年代にアメリカでつくられたアニメーションの実写映画版ですが、
オープニングの“George, George, Georgeof the Jungle”という
テーマ曲を聞いて思い出しました。
これ、日本でも放送していましたね。
いつごろか厳密には忘れましたが、70年代でした。
内容は全く覚えていないのですが、
(というか、内容と呼べるものがあったか!?)
あのテーマ曲には聞き覚えがあります。

アフリカ・ジャングル上空に墜落した飛行機から、
赤ん坊が放り出されてしまいました。
その子供は、人間の言葉(英語)を解するゴリラに育てられ、
動物たちに見守られ、すくすくと成長していきます。
その彼の名が“ジョージ”です。

そして−、25年の歳月を経て、ジャングルの王者となっていた
ジョージ(ブレンダン・フレイザー)は、
ひょんなことから密林に迷い込んでしまった
都会のお嬢様アースラ(レスリー・マン)と出会います。
お互いがお互いの、自分にはない魅力に惹かれ、
(2人とも美形ですけどね。けっ)
たちまちのうちに恋に落ちますが、
アースラには嫌みなフィアンセがいましたんでした。

ある日、ジョージの育ての親であるゴリラが、
重傷を負ってしまい、治療のために、ジョージアともども
アースラの自宅があるサンフランシスコに行くことになります。
野生美を誇るジョージは、
アースラのお嬢様仲間たちにも大人気ですが、
ジャングルが育んだ彼の陽気さ、天然ボッケーさは、
文明どっぷりの都会生活の中では、
騒動のもとでもありました…。

コメディー映画のお約束がたっぷり詰め込まれていて、
理屈抜きで楽しみたい映画です。
(逐一そういうところにツッコミながら見るのも一興ですが)
B.フレイザーには、
ぜひともこの映画でブレイクしてもらいたかったのですが、
それは『ハムナプトラ』まで待たなくてはなりませんでした。
とはいえ、『ハムナプトラ』で彼を見初めた映画ファンが、
この『ジャングル…』を見て、
彼の別な魅力に触れるというのもアリです。

この映画のために来日した
ブレンダンのインタビュー記事を読んでいたら、
「僕は1968年生まれ。中国ではサルの年だ」
というようなことを言っていたようです。
私も私も〜、とか、日本でもだよ〜、などと、
記事を読んではしゃいでしまったのを覚えています。
あのブレンダンが、「僕はサル年なんだ」などと、
いつもどこかで意識しながら生活し、
あまつさえ、他人に向かって
「君は70年生まれ?イヌの年だね」などと、
いちいち反応していたら愉快だなあと思います。
(いや、そこまで干支に詳しいかどうかはわかりませんが)


2002年10月01日(火) アントニア

本日は、全くの気分でこちらの1本をどうぞ。
(「母の日特集」で、来年あたりまた使い回す可能性もありますが)

アントニア Antonia
1995年 イギリス/ベルギー/オランダ
マルレーン・ゴリス監督

ビデオタイトルは『アントニアの食卓』

大昔、向田邦子さんのエッセーで読んだのですが、
「人の一生」をこんなふうに表現した言葉があるとか。

「入れました/出しました/こどもができました/死にました」

まーっ、身も蓋もないというか、明快というべきか。
向田さん自身まだ小さい頃で、見世物小屋(!?)だったかで
このフレーズに触れたのが印象深かったそうですが、
彼女のおばあさまがそれを聞き、
すごい勢いで彼女の手を引っ張ってその場を立ち去った、
みたいなオチだったと思います。

この、何ともユニークなヨーロッパ映画を見終えたときに、
真っ先にこの言葉を思い出しました。

映画は、自分の死を悟った老婆・アントニアが
目を覚ますところから始まります。
「気分は悪くないが、今日自分が死ぬことを彼女は知っていた」
といっても、誰かに命をつけ狙われているわけではなくて、
生物としてのごくごく当たり前の寿命というか、
そういうものが、彼女には「わかってしまった」のでした。
猫は、自分の死を悟ると姿を隠すといいますが、
人間であるアントニアは、愛する人々をみんな部屋に集めます。

そもそもアントニアが、長年足が遠のいていた故郷の村に
娘ダニエルを連れて帰ってきたのも、
自分の母親の臨終に立ち会うためでした。
「放蕩娘のお帰りだ」などと、口さがない奴にクサされても、
心正しい人ならば、男女も年齢もその他の要素も分け隔てなく、
愛情と敬意を持って接し、土地を肥やし、種をまく彼女は、
幾つもの季節をそこで過ごし、家族をふやし、
そして年を重ねていった末、
愛する人々との静かなお別れを決意して……

一言で言って、滴り落ちるように豊かな「愛」が印象的でした。
それは、ヘテロ趣味の男女の「それ」のみ意味するわけではなくて、
もう、とにっかく「愛」なんです。
ベッドどころか、食卓を一緒にすることすらなかった2人を
結び付けていたものも、やっぱり「愛」でした。

生きていれば、喜びからも悲しみからも逃れられません。
それは、人生というものを
1度でも考えたり、見つめたりしたことがあれば、
言わずもがなの現実でしょう。
でも、これをこんなふうに映画の格好で、説教じみず、
でもはめも外し過ぎずに表現するのって、
かなり難しいのではないかと思います。
本作は、そんな面倒くさいことをやってのけ、
でも映画としてはちっとも面倒くさくなく、
笑いと涙を等分にしてくれるのですから、
タダモノではないと思いました。

ところで、ヨーロッパの田舎の風景って、
国が違えと゜、いろいろな意味で、「どっか似て」いますねぇ。
この映画も、見ているうちに、
『ショコラ』『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』
『ムービー・デイズ』『バベットの晩餐会』
などなど、
チョコレートを万引きする女だの、
下着カタログに興奮するじいちゃんだの、
芋版でつくった映画のチケットをくれる少年だの、
グロテスクな高級食材にビビる老姉妹だのが、
今にも出てきそうな錯覚をしてしまいました。
中国人と日本人を混同しているハリウッド映画を
嗤う資格がないなあと、反省するばかりです。


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