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先日も、ハル・ベリー絡みで触れたのですが、 本日3月30日は、ベテラン俳優 ウォーレン・ベイティの誕生日です。(1937年)
ブルワース Bulworth 1998年アメリカ ウォーレン・ベイティ 監督
一言で言えば、「悪魔と取り引きをした政治家」の物語です。 ……などと書くと、わざわざアメリカものを見なくとも、 我が国の永田町に、そういう御仁はたくさんいらっしゃるんでは ……などと思いたくもなるところですが、 悪魔との取り引きが、またとない効果を上げることもあるのでした。
1996年のビル・クリントンvs.ボブ・ドールの カリフォルニア州における大統領予備選が絡めて書いてありますが、 実話に基づいたものではなく、あくまでブラックなファンタジーでした。
この選挙において、ビル・クリントンの対抗馬として出た 上院議員ジェイ・ブルワース(W.ベイティ)は、 はっきり言って、いわゆる泡沫候補でした。 が、選挙活動でノイローゼになった彼は、 悪徳保険屋と取り引きをし、自殺を計画します。 彼は、選挙運動期間中に、 雇われた殺し屋の手で死ぬことになっていました。
前段で「悪魔と取り引き」と書きましたが、 だから「死に神」の方が近いかもしれませんね。
けれども、自殺志願者を思い止まらせる常套句の1つ、 「死ぬ気になれば何だってできる」の名言?は、 このブルワースにも当てはまることで、 自分はもう死んだも同然と思った彼は、逆にいえば 欲もなく、また怖いものもないという状態になったので、 言いたいことは何でもズケズケと言うようになり、 皮肉なことにその潔さに、有権者の関心が集まるようになりました。
運動期間中に知り合った、美しく知性あふれる黒人女性の ニーナ(ハル・ベリー)と恋に落ちたことで、 (この辺が、いかにも「老いてなお盛ん」なベイティらしいですが) 黒人層が置かれた現実にもじかに触れ、 彼は思いのたけをラップに乗せて訴えます。
そしてついに、民主投票の大部分をゲットし、 大統領候補として浮上したブルワースでした。 こうなると、死んでしまうのは惜しい。さあ、どうなる?
チャレンジングな役だったと思いますが、 ベイティのラップは、なかなか決まっていました。 少なくともポーズだけに見えないところに説得力があります。
「自分たちが、この国のリーダーを決めている」という 矜持を持った人々が確かにいる、 そんなアメリカらしいコメディーでした。
本日3月29日の誕生花は、「たんぽぽ」だそうです。 (例によって、諸説あり) ということで……
タンポポ Tampopo 1985年日本 伊丹十三監督
実は、伊丹作品は概してちょっと苦手なのですが、 これはひねりが利いていて、おもしろく見た覚えがあります。
夫の死後、家業のラーメン店を引き継いだ、 たんぽぽ(宮本信子)という名前の女性が主人公で、 このラーメン店の名前も同じく「タンポポ」でした。 はっきり言って、あまり腕がよくなく、商売も下手な彼女は、 だんだん客を減らしていきますが、 ある日、物がわかったふうの トラック運ちゃん(山崎努)があらわれ、 迷惑な客めがけてなるとを投げつけ、 たんぽぽさんを助けたことがきっかけで、 (『ラーメン・ウェスタン』の異称があるだけに、 この辺は、西部劇を意識しているらしい…) 彼は、「いいラーメン屋」の指南をすることになります。 さあ、店は立ち直るでしょうか?
というような主軸の話の合間に、 役所広司扮する「蘊蓄男」があらわれたり、 テーブルマナー教室の風景が出てきたりして、 食べ物にまつわるさまざまな小ネタを提供してくれました。 ぱかっと割ると卵液が溶岩流のように溶け出してくるオムレツも、 今では「タンポポオムレツ」の名前がついているらしいですね。 たんぽぽの息子に「オムライスが食べたい」と言われ、 運ちゃんの強面の知り合いがつくってくれるのですが、 見るからにおいしそうでした。
この映画は、外国の映画人にもファンが多いようで、 『ウォール街』の中で、 「なると」のパロディのようなシーンがありました。 主演と製作を兼ねたマイケル・ダグラスが、この映画がお好きとか。 また、笑ってしまったのは、 ジェフ・ゴールドブラム&ジーナ・デイビスののっぽカップルが まだ仲良し夫婦だったころ、そろって来日した折、 何が食べたいかと尋ねたら、「“タンポポ”が食べたい」と言ったとか。 ラーメン=タンポポだと思ったのか、 代名詞として使ったのかはわかりませんが、なかなか愉快です。
お腹は空いているけれど、 食べたいもののベクトルが定まらないとき、 ちょっとしたナビゲーションになってくれるかもしれません。 でも多分、合言葉は「ラ〜メン食〜べたい〜」でしょう。 私は満腹状態で見たので、目のみで楽しみました。
| 2002年03月28日(木) |
チャンス!(1996) |
3月28日は、女優ダイアン・ウィーストの誕生日です。 主演としての華やかな活躍よりも、「主人公の母」などの役が多く、 気がつくとそこにいるタイプの、ふんわりした女優さんですが、 その「ふんわり」で、2度もオスカーをとっている実力派でもあります。 そこできょうは、こんな作品はどうでしょうか。
チャンス! The Associate 1996年アメリカ ドナルド・ペトリー監督
「チャンス」の邦題でよく知られているものは、 どちらかというと、ピーター・セラーズ主演の 1979年作品(原題Being There)の方だと思いますが、 こちらの邦題は感嘆詞つきです。
投資コンサルタントのローレル(ウーピー・ゴールドバーグ)は、 優秀でありながら、常においしいところは後輩の男に持っていかれ、 出世も遅れがち…というか見込みがないという状況に嫌気がさし、 会社をやめ、みずから会社を興すことにします。 彼女を慕っていたサリー(D.ウィースト)も、 ローレルをサポートしようと、彼女について会社をやめました。
しかし、幾らいいアイデアを思いついても、 女性だというだけで相手にされないことが多く、 やむなく「ほかに男性のアソシエートがいる」と嘘をついて、 “カティ”なる架空の人物をでっち上げて、 いつも多忙なカティにかわり、私が代理で話を…という格好で、 数々の商談をまとめていくのでした。
だんだんゴージャスになるオフィスを、 より使いやすいものにするために腐心したのは、サリーでした。 もともと事務能力はあるのは認めつつも、 サリーを見くびっているところのあったローレルは、 彼女の有能さに舌を巻き、2人はいい関係を築きます。 そして男社会に切り込むように、目覚ましい活躍を見せるのですが…
2人の快進撃は見ていて非常に気持ちのいいものでした。 好事魔多しとでもいうか、成功を妬んでの妨害にもうまく立ち回り、 切り抜けていきます。
2人の実力派の好演により、ハラハラ、ドキドキすら 安心して味わうことができる、良質のコメディーでした。 レンタル店でもちょっと地味な存在かもしれませんが、 興味がわきましたら、ぜひ探してみてくださいませ。
昨晩、1カ月ぶりに試写会に行ってきたのですが、 その場でも、アカデミー賞の話題がそこここでささやかれていました。 ただ、授賞式をずっとごらんになっていた人の中でも、 「主演女優の人、知らない人だから忘れちゃった」 という声が聞こえて、ちょっとがっかりしました。 美人だし、そこそこキャリアも重ねてきた人ではありますが、 それでも今までぱっとした出演作がなかったせいでしょうか。
ウォーレン・ベイティと共演の『ブルワーズ』で クールで格好いい美女ぶりを見せていました。 で、この映画にしようかとも思ったのですが、 じきW.ベイティの誕生日ということもあり、 とっておくことにして、 きょうは、昨日その試写で見た映画から、何となく連想した1本を。 これを御紹介することで、ネタバレにならないといいのですが… 多分、大丈夫でしょう。
フェノミナン Phenomenon 1996年アメリカ ジョン・タートルトーブ監督
エリック・クラプトンが歌った主題歌“Change the World”も 記憶に新しい、なかなかのヒット作だったので、 ごらんになった方も多いのではないでしょうか。
田舎町に住む気のいい男ジョージ(ジョン・トラボルタ)は、 37歳の誕生日、気の合う仲間に祝ってもらって飲んだ帰りに、 突然、正体不明の白い閃光に打たれ、その場に倒れてしまいます。
その状態から目覚めた後、ジョージには、 不思議な能力が身についていました。 物に触れずに何かを動かすことができたり、 今まで無縁だったような難しい書物も短い時間で読んで理解し、 20分でポルトガル語をマスターします。 そして、ちょっとしたトラブルからブラジル人の女性を救い出し、 それが縁で知り合った彼女を、 ダイアナ・ロス命で、現実生活の女性に興味を示さなかった 親友(フォレスト・ウィティカー)にちゃっかり紹介したり… ↑ この美女と、なぜ自分が「お近づきに」なろうとしなかったかといえば、 彼にはレイス(キラ・セジウィック)という“一番星”の女性が ちゃんといたからでした。 椅子づくりのアーチストの仕事をして2児を育てるシングルマザーで、 警戒心の余り、男性に対して心を開こうとしない彼女でしたが、 余りにも素朴で屈託のないジョージに次第に惹かれていき、 彼が突然授かった能力で、思わぬトラブルに巻き込まれたり、 徐々に周囲の人間から薄気味悪がられるようになったりしても、 なお彼に親愛を示し、かばおうとする 数少ない人間の1人になりました。 (なんか英語の直訳みたいな言い方で済みません)。 “数少ない人間”の中には、 ジョージが父親のように慕う医者(ロバート・デュバル)もいましたが、 この人の名演が、映画全体を引き締めていました。
ところで、正体不明の閃光は、 実は非常にシビアな結末につながっていました… あのオチはどうもね、という方も多いかもしれませんが、 私としては、あそこまで含めて非常にこの映画を気に入ったので、 ここで未見の方にお勧めするものです。
私が昨晩見たのは、4月公開予定の『光の旅人 K-PAX』でした。 ケヴィン・スペイシーが、「K-PAX星人」を自称する不思議な男、 そんな彼と接触し、彼の正体に迫っていく精神科医を 奇しくも1984年『スターマン』でエイリアンを演じて オスカーノミネートの実績もあるジェフ・ブリッジズが演じていました。 久々に、なかなかツボを心得た邦題だなあと思いました。 とにかく、目に焼きつきそうなくらいに美しい光にあふれた映画です。 メーンの舞台となる精神病院の描写も、 『カッコーの巣の上で』ほど酷くなく(傑作でしたが)、 『クレイジー・ピープル』ほどおめでたくなく(おもしろかったけれど)、 『パッチ・アダムス』ほど辛気臭くなく(……う〜ん)、 デリカシーを感じる仕上がりでした。 精神病院の現実は判りませんが、 少なくとも、美し過ぎる誤解を与えたり、 逆に嫌悪感を持たせたりするようなものではなかったと思います。
実は、indexを見ていたら、 「や・ゆ・よ」の映画が極端に少ないのが気になったので、 いつかは御紹介したいと思っていた映画を引っ張り出しました。 (安直で済みません。でも、映画は折紙付きの秀作です)
夜と霧 Nuit Et Brouillard 1995年フランス アラン・レネ監督
ジャンルとしては、ドキュメンタリーです。 長さも30分余りで、 「出演者」のにおいがするのはナレーションのみ。 あとは、撮影当時とその少し前のナチスの強制収容所の 実際の映像や画像が使われているだけですが、 目に見えるものならではの残酷さと雄弁さを感じました。 正直、字幕に何と出ていたのか、ほとんど覚えていないほどです。 (かなり皮肉な表現が多かったのは覚えているのですが…)
映像は、酷たらしいものばかりではありません。 鮮やかな青空に、はっとさせられるようなシーンもありました。 でも、非常に禍々しいものを感じさせもします。
私がこのレンタルビデオを借りたとき、 4分目くらいのところでとまっていました。 前に借りた人が、ここまで見て返したのでしょう。 なぜそこまでしか見なかったのか、非常に興味がわきました。 (でも、巻き戻さないのは感心しませんな〜)
タイトルの由来は、1941年に出された ヒトラーの特別命令“Nacht und Nebel”だそうです。 ドイツ国民以外で占領軍に対する戦犯と見なされた者が、 夜のうちにこっそりと強制収容所に送られ、 その消息は家族にも知らせない…ということから、 それが「家族の集団責任」に拡大解釈され、 さらに、ナチスのつくり出した生き地獄を端的にあらわすのに 用いられるようになったようです。
…というようなことが、 V.E.フランクル著『夜と霧』の冒頭の解説に書いてありました。 実は、この本の原題は、 日本語に訳すると『強制収容所における一心理学者の体験』 となるそうです。 この本の日本での初版が1961年といいますから、 映画のタイトルともなったシンボリックな言葉をタイトルとして採用し、 不謹慎な言い方ですが、「大成功」となったわけですね。 今の、私の手元にあるのが、 1999年出版の「新装版第23刷」です(新装版の初版が1971年)。 大ロングセラーですし、今後も読み継がれるべき1冊です。 御参考までに……。
| 2002年03月24日(日) |
ストレイト・ストーリー |
(アカデミー賞関連企画、最終回) 本日は、『マルホランド・ドライブ』で監督賞ノミネートの デヴィッド・リンチ、 そして『イン・ザ・ベッドルーム』で主演女優賞ノミネートの シシー・スペイセクが組んだ、 こんな作品はいかがでしょうか?
ストレイト・ストーリー The Straight Story 1999年アメリカ=フランス デヴィッド・リンチ監督
この作品で、1999年度主演男優賞にノミネートされた 当時78歳のリチャード・ファーンズワースは、 その後、非常に若い女性と結婚したため、 失礼ながら、彼女といられる時間(老い先)は長くないのでは? というニュアンスのことを聞かれ(本当に失礼ですね)、 「彼女が私より先に死ぬことがあれば、それは仕方がない」 と、茶目っけたっぷりに答えていました。 にもかかわらず一昨年10月、病気を苦に、 衝撃的な自殺をもって生涯に幕を引いてしまったのですから、 返す返すも、残念なことです。
ゴシップネタから始まってしまって済みません…
一言で言って、非常に眠いテンポの作品でした。 あの偉大な変態監督デヴィッド・リンチの手になるものとは にわかに信じがたいほどに牧歌的なのですが、 ところどころ、「なるほど」と思わせるような隠し味がありました。 それはセリフだったり、シチュエーションだったり、 不思議なカメラアングルだったり、いろいろですが、 ファンの方は1つ1つかみしめながら、 そうでない方も、とにかく手にとって味をみてみてくださいませ。
ストレイトとは、素直に「真っすぐ」と解してもいいのでしょうが、 ファーンズワースが演じた主人公 アルヴィン・ストレイトの姓にも由来します。 音信不通の兄を訪ね、 時速8�劼離肇薀�ターで500�勸幣紊瞭擦里蠅鮃圓�老人の話という、 気の遠くなるようなプロットは、実話に基づいているそうです。 アルヴィンの娘で、ちょっと知的障碍のある女性というのが、 シシー・スペイセクの役どころですが、 いつもながら、嫌みなほどの達者さです。 心に傷を負いながら、同居の父を自分なりに思いやる、 非常に心ばえのいい女性でした。
実はこの作品、初めて見たときは、それほど感心しなかったのです。 体調の悪いときに見たら、 即効で眠りに落ちるなあと想像するに難くない、 そういう感じでしたし、私自身、実際かなり危ない状態に陥りました。 にもかかわらず、冷や酒か親の小言かという感じで、 何日、何カ月と経ってから、じわじわっと来るのがわかりました。 今では、この映画がお好きという人の話の環に加わったら、 かなりマニアックに細かいシーンを挙げられる自信があります。 無理無理盛り上げようとしないラストシーンも、 この映画全体のムードを壊すことなく、非常に好感が持てました。
さて、いよいよ日本時間の明日午前10時から授賞式ですね。 アカデミー賞だけが映画をはかる物差しではありませんが、 全く無視して通れないのも、映画ファンの心理でしょう。 本命がぶっちぎるか、はたまたサプライズが起こるか、 本当に楽しみです。 リアルタイムで授賞式をごらんになれる皆さん、 …すごくうらやましいです。どうぞ楽しんでくださいませ。
では、また。
(アカデミー賞こじつけ企画、進行中) 「きょうのオスカー候補」は、 『セクシー・ビースト』(日本未公開)で助演男優部門にノミネートの、 ベン・キングスレーです。 たとえごらんになったことがなかったとしても、 『ガンジー』の、と言えば、イメージがわくのでは? (↑この作品では、主演男優賞に輝きました) かっこいいスキンヘッドのおじさまですが、 次の作品にも出演していました。 一覧表を見て、意外なことに未取り扱いだったことに気づいたので。
モーリス Maurice 1987年イギリス ジェームズ・アイボリー監督
ある意味「名コンビ」という表現もできそうな、 「フォースター原作、アイボリー監督」という組み合わせの1本。 1987年度、衣装デザイン賞部門でノミネートされました。 でも、もちろんコスプレだけの映画ではありません。
20世紀初頭、ケンブリッジ大学で出会った モーリス(ジェームズ・ウィルビー)と クライヴ(ヒュー・グラント)は、お互いに恋愛感情を抱きつつ、 人目をしのんで愛し合うようになりますが、 クライヴの気持ちを特に尊重し、「清い関係」を保ちました。 最初に胸中を告白したのはクライヴの方でしたが、 彼は、世間体もあってごく普通に女性と結婚し、 (この辺の設定は、原作とは大分違うようですが) モーリスだけが自分の気持ちを偽れず、 取り残されたような格好になります。
そんなモーリスは、ハンサムだけれど下賤の者と見下していた 森番のアレク(ルパート・グレイブス)の夜這いに遭い、 彼をばかにしつつも、肉欲に溺れていくのですが…
まだ男色が具体的な「犯罪」だった頃のイギリスが舞台なので、 自分の性向に悩む青年の話にはなっていますが、 障壁をいろいろなものに置き換えたら、非常にコンテンポラリーな 恋して悩む人々の物語として見られると思います。 私は、「俺のことを恥ずかしいと思っているんだろう」と モーリスに食ってかかるアレクを、いじらしく思って見ました。 打算的に見えるクライヴもまた、一生十字架を背負うような気持ちで 生きていくのだろう…という描写が切ないし、 この映画で注目すべきは、モーリス1人では決してないと思います。
ベン・キングスレーは、モーリスのカウンセラーという役どころでした。 「この国は昔から、人間らしい感情を否定してきた」 というようなセリフが印象的です。 人に対して恋愛感情を抱くのも、その相手が同性だというのも、 人間の心のうちで湧き起こってしまうからには、 確かに「人間らしい」感情ですね。
どうしても、登場人物が男色家という映画は ファン層に偏りがありますが、 秀作揃いなので、本当に惜しいと思います。 例えば『トーチソング・トリロジー』などもすてきな映画でしたし、 (いつか必ず取り上げたいと…と思っていたら、 一昨日は出演者マシュー・ブロデリックの誕生日でした…) 先日御紹介させていただいた『ブロークン・ハーツ・クラブ』は、 そうした過去のそういう映画を批判する描写はあったものの、 人間群像劇として、抜群に魅力的でした。
| 2002年03月21日(木) |
ウェルカム・トゥ・サラエボ |
(ただいま、アカデミー賞週間です) 本日は、外国語映画賞の候補に目を向けてみました。
お節介解説をさせていただきますと、「外国語」映画賞とは、 英語以外の言葉が主に使われている映画を指します。 逆にいえば、どこの国(日本だって)でつくろうが、 英語のセリフが大半を占めた映画なら、 ただ「作品賞」として扱われるということですわね… (英語が何%を占めればOK…という基準がわからないのですが、 御存じの方、メールくださいませ)
過去この枠の受賞作では、 『ブリキの太鼓』『ニューシネマ・パラダイス』 『ライフ・イズ・ビューティフル』 『オール・アバウト・マイ・マザー』など 日本でのヒット作も出していますね。 ちなみに、1987年度の『ラスト・エンペラー』は、 イタリア人監督が中国を舞台にして撮ったというのに、 みんなして英語でしゃべってくれちゃうので、堂々作品賞受賞でした。 (ちなみに資本はイギリス/イタリア/中国)
ことしは『アメリ』が大本命のようですが、どうなりますか。 ほかの候補作としては、『ノーマンズ・ランド』という作品がありますが、 ボスニアとセルビアの中間地帯を舞台とした作品だそうです。 (フランス、スロベニアなど5カ国合作。使用言語は不明) ニュースなどの情報で知り得るあの地域の情勢を考えると、 「無人地帯」とは意味深長ですね。
ウェルカム・トゥ・サラエボ Welcome to Sarajevo 1997年イギリス マイケル・ウィンターボトム監督
皮肉なタイトル(原題)です。 いっそ邦題も、もっともっとわかりやすく、 「サラエボへようこそ」などとしてほしかったほど。 そういえば、旧ユーゴ時代(1985年)に撮られた作品で、 『パパは、出張中!』というのもありますが、 これも「出張」の実態がわからないと、 ほのぼの映画を連想させます。
戦乱のサラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナの首都)で、 興味本位な報道合戦を繰り広げる ジャーナリスト、レポーターたちの中、 正義漢のイギリス人ジャーナリスト、マイケルは、 孤児院を取材した折に知り合ったエミラという少女と友情を結び、 彼女を何とかその状況から救出しようと試みます……。
実話に基づく物語だそうですが、 監督一流の皮肉なのか、 西側の高見の見物を決め込む人間達の興味をひくような ショッキングな映像を命懸けで求め、 生き馬の目を抜くような素早さで垂れ流される状況は、 見ていて嘘寒いものがありました。 助け出される少女にしても、 たまたまジャーナリストと通じ合うものがあっただけで、 「あの子だけ助けても本質的状況はよくならんだろうが」 という疑問が残らないでもないのですが、 この映画には不思議と、そんなみっともない?公私混同をも 何だか受け入れてしまえる何かがあるんですよね。
ところで、ビデオやDVDのジャケットには、 「少年」が目を閉じて赤ん坊を抱きしめている 非常に印象に残る写真が使われていますが、 実は、あの「少年」こそがエミラです。 ウィンターボトム監督との相性の悪さを気にしつつ、 私自身がこの映画を見たのは、我が長女があの写真に惹かれて、 「これ見たいなー」と思いつきで言ったのがきっかけでした。 年の離れた自分の妹との姿をダブらせたようです。 彼女自身も最初は「少年」だと思ったそうなのですが、 何がどう転ぶかわからないものです。 どうしてどうして、お勧めの1本となりました。
注)この作品は、アカデミー賞とは特に関係ないのですが、 「〜に因んで」という連想ゲーム的に取り上げました。
| 2002年03月20日(水) |
L.A.コンフィデンシャル |
さて、「本日のオスカー候補」は、折しも 対象作品『ビューティフル・マインド』キャンペーンのため来日中の ラッセル・クロウです。 一昨年『インサイダー』で初候補になり、 昨年は『グラディエーター』で受賞した彼ゆえ、 ことしは2年連続受賞なるかと注目されていますが、 彼が日本で初めて注目された作品といえば、やっぱりこれでしょう。
L.A.コンフィデンシャル L.A. Confidential 1997年アメリカ カーティス・ハンソン監督
本当を言えば、3月24日のカーティス・ハンソンの誕生日に 取り上げようと思ったのですが(1945年)、 今朝のショービズニュースを見て気が変わりました。
開発著しい1950年代、 スペイン語でいえば「天使の街」の意味を持つ ロサンゼルス(L.A.)が舞台です。 刑事ドラマのアドバイザーなども務め、スマートに仕事もこなす ジャック(ケヴィン・スペイシー)、 とにかく出世命!のエド(ガイ・ピアース)、 そして、幼時体験から、女性に手を上げる男を憎んでいる バド(ラッセル・クロウ)の3人は、 それぞれに煙ったい存在だと思っていました。
3人は、マフィアの抗争に巻き込まれて、 同僚刑事ステンズランドを含む6人の男女が カフェで惨殺された事件を、 それぞれ独自の立場で追っていきます。 すると、意外な人物の姿が浮かび上がってくるのでした…
香気を感じるというか、非常に粋な映画でした。 中心になる3人の敏腕刑事と、 彼らの指揮監督の立場にあるダドリー警部 (ジェームズ・クロムウェル)の キャラクターに負うところも大きいのでしょうが、 サスペンス映画として、非常に成熟したものを感じました。
事件そのものにはそれほどかんでこないものの、 この映画作品への影響力は非常に強い、 40年代の人気女優ベロニカ・レイクによく似た娼婦の役を、 キム・ベイシンカーが演じています。 ベイシンガーは、この演技でアカデミー賞初め、 当時の映画賞の助演女優部門をおおむねかっさらいました。 (個人的には、「きれいなねーちゃんだなー」と思っただけで、 彼女もっとコミカルな役が似合うのにと不満はあったのですが、 とにかく艶っぽく、きれいでした。)
芯がしっかりした作品を見たい、 何かこう、オトナって感じのものに触れたい… というようなときにお勧めします。
ところで、この映画のメーンキャストは、 何となく「オーストラリア」づいたところがあります。 ラッセル・クロウはニュージーランド出身で豪州映画の出演歴あり。 イギリス出身のガイ・ピアースが初めて注目されたのは、 何といっても『プリシラ』のドラッグクイーン役ですし、 ジェームズ・クロムウェルといえば、 『ベイブ』のホゲットじいさんのイメージも強いのでは?
まあ、それだけなんですけど…
第74回(2001年度)米アカデミー賞の授賞式を目前に、 ことしの候補作・候補者にまつわる作品を、 本日から1週間、取り上げていきたいと思います。 (途中で気が変わるかもしれませんが…)
ウィル・スミスがモハメド・アリを演じて主演部門ノミネートですが、 その話題の作品『アリ』で、助演男優賞にノミネートされた、 ジョン・ボイトのこの作品を。
真夜中のカーボーイ Midnight Cowboy 1967年アメリカ ジョン・シュレシンジャー監督
謎の邦題表記ですね。なぜに「カウボーイ」でないのか? この作品自体は、第42回(1969年度)に作品賞を受賞。 ほか、監督賞、脚色賞を受賞しましたが、 主演男優ジョン・ボイトは、ノミネートにとどまりました。
最近、カラーコピー機のCMで、 サッカーの中田英寿選手の顔をコピーしたものを顔に張り、 華麗なるプレイを見せる少年…というのが放送されていますが、 あのバッグで使われている「うわさの男 Everybody's Talkin'」を聞くと、 この映画を思い出すという方もいらっしゃるのでは?
田舎の二枚目・ジョー(ジョン・ボイト)が、 意気揚々とニューヨークを目指して町を出ていくシーンで使われていて、 あの明るい曲調もあり、 非常に希望に満ちた映画が始まる予感を与えますが、 見進んでいくうちに、どんどんとそのイメージは打ち崩されていきます。 実際は、何とも苦く厳しい映画でした。
ジョーはNYで、いわゆる男娼として身を立てようとします。 何しろ田舎では、 自分に溺れて「壊れてしまった」女性がいたくらいですから、 その男っ振りには自信がありました。 NYでは浮きまくりのカウボーイファッションも計算ずくです。 自分では、かなりイケてると思っているのでした。
が、そのケは全くないのに、男色の青年に手を出されたり、 女性と寝たら、逆に金を要求されたり、 全くいいところがありません。 NYの人間から見たら、彼などただのイモ兄ちゃんなのでした。 そんな失望の中で、彼はリッツォ(ダスティン・ホフマン)という、 足の不自由な、みすぼらしい男と出会います。 本名にひっかけて、ラッツォ(ドブネズミ野郎)と揶揄されているような、 そんな彼を、最初はうとましく思いますが…
よくも悪くもアメリカン・ニューシネマらしい映画で、 異色の「男の友情物語」でした。 個人的にはちょっと後味の悪さを感じましたが、 傑作ではあると思います。
なお、蛇足ですが、ジョン・ボイトはアンジェリーナ・ジョリーのパパ。 彼女が『十七歳のカルテ』で助演女優賞を獲得したとき、 父娘二代で獲ったということで、かなり話題になりましたね。 (ボイト自身は、過去1978年度に『帰郷』で受賞歴があります) 親子、兄弟姉妹、夫婦などの身内ノミネートの例は結構ありますが、 受賞に至るケースはやはり珍しいようで。
| 2002年03月17日(日) |
フォレスト・ガンプ/一期一会 |
3月17日、俳優のゲイリー・シニーズが生まれました(1955年)。 そこで、そういえばこれをまだ取り上げていなかったな…と 思い出した次第です。 皆さんは既にごらんになったでしょうか?
フォレスト・ガンプ/一期一会 Forrest Gump 1994年アメリカ ロバート・ゼメキス監督
アメリカ公開当時、その名前の響きと、 数奇な運命に翻弄される主人公という共通項からか、 『ガープの世界 The World According to Garp』にひっかけて、 『ガンプの世界 The World According to GUMP』などと 紹介されていた記事を見たことがありました。
IQこそほんの少し低いけれど、 その韋駄天ぶりで、アメフトの選手にスカウトされ、 それがきっかけで大学にも入学。 卒業後は入隊してベトナムの前線で活躍し、 (エキセントリックな上官、ダン中尉(ゲイリー・シニーズ)を含み、 すさまじい勢いで、多くの仲間を助けました) 病院でけがを治療中に覚えた卓球には天才的な才能を発揮し、 スポーツ用品会社がスポンサーについた彼は、 そのお金を元手に事業に大成功! やることなすことすべてが富や名声につながってしまうような、 フォレスト・ガンプ(トム・ハンクス)はそんな男でした。
バスを待つ間に、同じベンチに腰掛けた人に、 自分のことを、いかにも朴訥そうな調子で語るガンプの話を そのまんま映像化したのが、この映画です。 何人か入れ代わった話の聞き手の中には、 彼の話に興味を持って聞き入り過ぎ、 乗る予定のバスを逃した人さえいました。
ところで、ガンプはバスに乗って、 一体どこに行くつもりだったのでしょうか? 彼には、大好きなたった1人の母親(サリー・フィールド)を除けば、 生涯にわたってすべての愛と尊敬を捧げたような女性、 ジェニー(ロビン・ライト・ペン)がいたのでした。 彼女に会いにいくため、バスを待っていた彼でしたが……
映画ではしばしば、IQが低い=純粋な人物、 みたいなキャラ設定をされるので、 そういうところが嘘くさくて嫌、という向きもあるようですが、 ガンプの成功の秘訣は、いつでも「考え過ぎないこと」でした。 小賢しいという言葉とは無縁の人物に「なりきった」 トム“ガンプ”ハンクスを見ていると、 それならそれでいいじゃないの、という気になってきます。 こういう一代記のような映画の主人公ならなおのこと、 好感を持てる人物であることが、何より重要だと思います。
そうそう、この映画には、世界一有名な子役俳優のひとり、 ヘイリー(ハーレー)・ジョエル・オスメントも出ていました。 小さな体で、いかにも気の利かない男親に持たされたみたいな (“父親”の皆さん、ごめんなさい…他意はないんです…) 体のサイズに全く合っていないトートバッグを肩から提げた いたいけな様子が、たまらなくかわいかったです。
ちょうど、ビリー・ジョエルの“We didn't start the fire”を 聞いたときのように、 “アメリカのかけら”を見せてもらった気分が味わえます。 ジョン・レノンなど実在の人物との絡み映像を合成するなど、 テクニカルな点での話題も多い作品でした。
| 2002年03月15日(金) |
ショコラ(2000年) |
毎月15日は、お菓子の日だとか。 そんなわけで、昨年の今日は、『夢のチョコレート工場』を 御紹介しましたが、 チョコレートといえば、その後、 こんな映画が劇場公開され、評判になりましたっけ。
ショコラ Chocolat 2000年アメリカ ラッセ・ハルストレム監督 ※1988年のフランス映画で、原題・邦題とも全く同じ 『ショコラ』という映画があるので、 タイトル部分で「2000年」とつけさせていただきました。
舞台は1950年代のフランスの田舎町で、原題はフランス語で、 監督はスウェーデン人で (御丁寧に同国人で監督の妻でもあるレナ・オリンまで出ていて) 軸になる母娘を演じたのがフランス人なのを初め、 ヨーロッパ各国の実力ある役者がそろい、 アメリカ人はジョニー・デップくらいしか出ていないのに (キャリー・アン・モスはカナダ人) みんなでフランス語みたいにぼそぼそと英語のセリフを話すという、 でもそこが魅力の、実に不思議な薫りのする映画でした。
教会というコミュニティーを中心に、 よくいえば慎ましく、悪く言えば偏狭に暮らしている町の人々が、 根無し草のような暮らしをしてきた女性(ジュリエット・ビノシュ)が、 よりによって四旬節(断食しなければならない)と時を同じくして 開いたチョコレート店の商品の数々に、 心をとろかされていくというお話。 ちなみに、ジュリエットの娘を演じたヴィクトール・ティビソルは、 3月7日御紹介分の『ポネット』に主演していました。
牧歌的なムードと、それに似合わないようなシニカルな隠し味を、 私自身はとても気に入ったのですが、 好き嫌いがくっきり分かれそうな作品だと思いました。 過去、こちらでも御紹介したことのある映画を例に挙げれば、 『バベットの晩餐会』や『この森で、天使はバスをおりた』 あたりを彷彿とさせます。 そして、「ハルストレムですが何か?」とでも言いたげな、 いっそ気持ちのいいばかりの、ツメの甘い御都合主義は健在です。 といっても、だから「ダメ」と言いたいわけではなくて、 そんなところがまた、浮き世離れしたおとぎ話感を高めてもいました。
この映画、渋目の豪華キャストも魅力的ですので、 「映画は役者で見る!」という方にはお勧めです。 例えば、上記で名前を挙げた以外にも、 キャリー・アン・モスの母親がジュディー・デンチ、 レナ・オリンの暴力的な夫が、 『アルマゲドン』のロシア人を怪演したピーター・ストーメア、 大昔に戦争で亡くした夫の喪に服している女性がレスリー・キャロン、 新任の若い神父がヒュー・オコナーなどです。 (『マイ・レフトフット』でD.D.ルイスの少年時代を演じていました)
3月14日、ノーベル賞学者 アルバート・アインシュタインが生まれました(1879年)。
星に想いを I. Q. 1994年アメリカ フレッド・スケピシ監督
1950年代、アメリカの田舎町。 自動車修理工として働き、 折しも盛んだった宇宙開発など、科学の話が大好きで、 周囲にその話題を振っては呆れられているエド(ティム・ロビンス)は、 ある日、魅力的なお客キャサリン(メグ・ライアン)に恋をします。 彼女は有能な数学者で、 ネズミの研究をしている婚約者(スティーブン・フライ)がおり、 しかも、あのアインシュタイン博士(ウォルター・マッソー)の 姪だというではありませんか!
その後、科学好きということもあり、 博士やその友人たちと懇意になったエドですが、 実は博士は、かわいい姪の気障ったらしい婚約者が嫌いで、 自分の気に入った青年(つまりエド)に、 ぜひとも彼女の関心を向けようと、 エドに知恵をつけ、彼をIQの高い不世出の物理学者に仕立てます。 キャサリンはキャサリンで、 エドの人となりを知っていくうちに、だんだん彼に惹かれますが、 彼の「物理学者」としての顔には、実はからくりがあることを知り…
原題「I.Q.」から察するに、 恋に知能指数は関係ない、とでもいいたげですが、 そういう問題でしょうか? むしろ、ブルーカラーで大学を出ていないエドを、 それだけの材料で「IQが低い」「教養がない」などと言うのは 愚かしいことだと教えてくれた気がします。 …というふうに敢えてわかり切ったことを言いたいほど、 彼のキャラは魅力的でしたし、無教養とも思えませんでした。
ウォルター・マッソーは、 あの有名な「舌をペロリと出す博士」のイメージにぴったりの 好人物としてのアインシュタインを、あくまで飄々と演じていました。 なぜか専門性を要する職業役が多いメグ・ライアンは、 50年代風スタイリッシュな学者さんを、知的にかわいらしく。 それぞれの本分がきっちり生きていたと思います。
なお、とんちんかんと思われる邦題ですが、 多分、映画の中に登場する、星の美しいスポットに因んででしょう。 こちらもお楽しみに。
| 2002年03月13日(水) |
永遠の夢 ネス湖伝説 |
本日3月13日は、1が3で挟まれているという語呂から、 「サンドイッチ(1)デー」だそうです。 もっとも、これは言うまでもなく日本語の語呂ですから、 イギリスでは、サンドイッチの語源となった サンドイッチ伯爵の誕生日である「11月3日」が サンドイッチの日だそうですが……
そこで、地味な佳作とはこの作品のためにある言葉!みたいな 『サンドイッチの年』(1988年フランス)も考えたのですが、 この映画は何らかの形で、どこかで御紹介できそうだと思ったので、 暦サイトで見つけた次の「事件」に着目しました。
1994年 有力情報だとされてきたネス湖・ネッシーの写真は トリックである…と報道される
まあ、トリックだったとしても、 「いない」ことの証明にはならないんですよね。 いることを証明するには、現物を提示するしかないけれど… 今も地球のどこかで(というかネス湖で) ネッシーの正体を追っている人はいるのでしょうか?
永遠の夢 ネス湖伝説 Loch Ness 1995年イギリス ジョン・ヘンダーソン監督
雪男の存在をあくまでまじめに追究したばかりに 学会で物笑いの種になってしまう アメリカ人の学者デンプシー(テッド・ダンソン)のお話… などと書くと、何ともお安くてイロモノ的に響きますね。 そこへもってきて、 純なハートと不思議な能力を持った少女イザベルと、 彼女を女手1つで育てるパブ兼民宿の美人おかみローラまで 絡ませるのですから、 もう映画として反則と言いたいほどですが、 素朴で真摯さを感じる、非常にいい映画でした。
侮辱に傷ついたデンプシーは、 UMA(未確認生物)と呼ばれるものの解明への情熱を 失いつつありましたが、 皮肉なことに、そんな彼に課せられた仕事は、 「イギリスに渡り、ネッシーを否定し得る材料を集めること」でした。 仕方なしに着任したものの、 ネッシーを信じ、親しみを覚えている湖畔の住民たちから 嫌がらせを受けたりします。 が、鍵を握る少女イザベルらとの交流の中で、 彼は、何か忘れていたものを取り戻すようになりました。
さて、調査の結果、生物体の存在は確認できず、 結論が出たか?と思いきや……
テーマがテーマなので、勘違いされそうですが、 単なる見せ物映画ではありません。 クライマックス、デンプシーの研究発表のシーンには賛否両論ですが、 私は「うわっ、ベタベタ」と思いつつ泣いてしまったので、 素直に、ここでこの映画を御紹介することで、 お勧めしたいと思います。
| 2002年03月12日(火) |
變臉 この櫂に手をそえて |
きょう3月12日はライザ・ミネリの誕生日だそうですが(1946年) ちょっとピンと来るものがなかったので、 ただただ「思いつき」で御紹介させていただきます。
變臉<へんめん> この櫂に手をそえて The King of Masks(Bian Lian) 1996年中国 ウー・ティエンミン監督
英語のタイトルを見ると、よりわかりやすいかと思いますが、 いわば「仮面王」…變臉“”と呼ばれる、 瞬時に次々と面を変える芸の達人が、 自分の後継者として、クーワーという男の子を「買い」ます。 …そうした人身売買が当然のように?行われていた、 1920年代の中国が舞台です。
が、クーワーは本当は女の子なのでした。 「役立たず」と見なされていた女だとわかると、 冷遇されたり嫌がられたりすることを、肌身で知っていた彼女は、 自分を男だと偽り、何とか變臉王に買い取られるわけですが、 あっさりとばれてしまいます。 變臉は男子にのみ受け継がれてきた芸でしたが、 泣いてすがるクーワーを不憫に思った變臉王は、 彼女と旅回りをすることにします……
エンタティンメント的には、後半に見どころが盛り沢山です。 ここで1つ1つつまびらかにすると、 そんなにいろいろなことが起こって、 全体が散漫にならないかなあと思われてしまいそうですが、 せわしいながら、よくまとまっていたと思いました。 ラストシーンの感激には、ごらんになった方なら異を唱えないでしょう。
女の子は男の子に比べ、生後すぐの死亡率も低く、 丈夫で育てやすいとよく言われます。 家のお手伝いを当然のようにこなすのも、大抵女の子です。 が、(この映画では、ちょっと趣旨が違いますが) 『赤毛のアン』のマシュー&マリラ兄妹も、 最初は働き手としての男の子を欲しがったし、 な〜んか女の子はいつもいつも分が悪いですね。 バーネット女史なんか、 『小公子』『小公女』の2冊をものしましたが、 実際辛い目に遭ったのは、『小公女』のセーラだけでした。 (『小公子』のセドリックは、アメリカでもイギリスでも幸せそうだった…)
クーワーがすさまじい逆境に耐えたのも、 結局は變臉王がクーワーを大切な子供としていとおしく思ったのも、 「女の子だったから」だと思いたいところです。 かなりの乱暴な言い方になりますが、この映画はぜひとも 中国版『赤毛のアン』のような気持ちで ごらんいただきたいと思います。
本日3月11日は、世界初の新聞コラムが始まったことに因む、 「コラムの日」だとか。 ちょうど1年前も同じネタで『25年目のキス』について書きましたが、 本日はこちらにしてみました。
群衆 Meet John Doe 1941年アメリカ フランク・キャプラ監督
クビが飛びそうな女性記者(バーバラ・スタンウィック)が、 起死回生をかけて、 「自殺志望者のジョン・ドゥー(John Doe)、○月○日決行」 というような記事をでっち上げます。 が、架空の話のつもりが、だんだん引っ込みがつかなくなり、 “ジョン・ドゥー”という男をオーディションで選び、 演じさせることになります。
そして選ばれたのは、 ただ「列ができていたから偶然並んだ」というだけの 失業中の男(ゲイリー・クーパー)でした。 一躍時の人となった男は、あちこちでもてはやされ、 良心的な小市民の間では、ジョン・ドゥーの名を旗印に、 この(自殺を考えてしまうような)荒んだ世の中で、 隣人と声を掛け合ったりすることの大切さを再認識するような動きも 徐々に見られるようになりますが、 だんだんと「その気」になってくる男の自殺予告日は、 刻々と迫ってくるのでした……。
フランク・キャプラというと、どこかユーモラスな味付けも魅力の 古き良き時代のアメリカ社会派ドラマというイメージが強いのですが、 この映画は、かなりシビアで苦いものでした。 (美しい職業婦人と、ロバのように誠実な男の取り合わせは、 今回も相変わらずですけど…)
個人的に大好きなシーンは、ごくごく普通のその辺の商店主が、 ジョン・ドゥーに御礼を言いに新聞社を訪れるところです。 「今まで無愛想だと思っていた隣人に勇気を出して声をかけたら、 実は耳が不自由だとわかった」 というような趣旨のエピソードを交えつつ、 飾らない調子で話すのですが、 食事の御礼スピーチにまで原稿を用意する、とまで揶揄される どこかの国のエライ人と違い、 アメリカ人は、庶民レベルでこんなふうに堂々と意見を表明できるんだなと、 映画の中のシーンだということも忘れ、ひとえに感心したのです。 現代のアメリカ社会にも受け継がれる 「いいところ」も「悪いところ」も持ち合わせた映画だと思います。
ちなみに、御存じの方も多いかと思いますが、 「John Doe(女性ならJane)」という名は、 アメリカではかなりポピュラーな、 しばしば「名前の例」として使われるものだそうですね。 「その辺のおっさん・にいちゃん」のニュアンスなのでしょう。 そういえば、『セブン』に登場する、 七つの大罪に対して鉄槌を下す殺人鬼も、 この名前を名乗っていましたっけ……
3月10日は、この※MLの1周年記念日です。 去年の今日は、石井桃子さんの誕生日に因み、 『ノンちゃん雲にのる』を取り上げました。 とにかく1年やってみて、いいことも悪いこともいろいろありましたが、 切り口って結構あるものだと、自分でびっくりすることがあります。 ※この「日刊きょうの1本」のモトネタは、 同日にMLで配信されているものです。
で、3月10日は「砂(3)糖(10)の日」だそうです。 砂糖といえばコーヒーに入れたり…ああ、こんな映画がありました。
ミッドナイト・ラン Midnight Run 1988年アメリカ マーティン・ブレスト監督
ロバート・デ・ニーロがとても楽しげに賞金稼ぎを演じ、 依頼を受けて捕まえた経理士(チャールズ・グロディン)と 旅をするうちに、友情を育んでしまうという、 由緒正しい?アメリカの人情娯楽活劇です。 アクションとしても、コメディーとしても、人間ドラマとしても、 なかなか見せてくれました。 この映画で、デ・ニーロのコメディーセンスを見直したという方も いらっしゃるのではないでしょうか。
経理士ジョナサンは、マフィアの下働きでしたが、 大金を持ち逃げし、慈善事業に寄附してしまったために 命をねらわれるはめになるという男でした。 そんな状況下でも、なぜだか泰然自若としていて、 デ・ニーロ扮する賞金稼ぎジャックに 喫煙の害を説くほどの余裕を見せます。
N.Y.で身柄を拘束し、L.A.まで連行するという仕事は、 飛行機を使えば楽勝でしたが、 ジョナサンが飛行機に乗るなり暴れ出したため、 仕方なく、ほかのアクセスを考えるはめになりました。
そうこうしているうちに、マフィアからライバルの賞金稼ぎ、 FBIに至るまで、ジョナサンをつけ狙うようになり、 2人のL.A.行は困難を極めます。
その思いのほか長引いてしまった旅の中、 2人はダイナーで朝食をとったりしますが、 デ・ニーロがコーヒーに砂糖を「ざーっ」と入れるのでした。 ファミレスなどでよく見かける調味料入れに入った砂糖を、 本当に「ざざーっ」と、高いところから景気よく入れていました。 あれは単に演技・演出だったのか、 それとも実はデ・ニーロ御本人が案外甘党なのかと考えて、 何だか愉快になりました。
が、独断もありますが、この映画で一番光っていたのは、 やっぱり経理士ジョナサン役のグロディンでした。 彼の、何を考えているのかわからない、余りにも飄々とした態度に、 コワモテ、ムクツケキ男たちが翻弄されるさまを見るだけでも (↑デ・ニーロを含みます) おもしろいと思いますよ。
3月9日は、記念切手記念日だそうです。 じゃ、A.ヘップバーン主演の「アレ」にしようかとも思ったのですが、 ここでこの映画のタイトルを挙げること自体が ネタバレにつながるおそれもあるので、 「緑の供養日」という、 具体的に何をすべきかわからない記念日に着目いたしました。
グリーン・カード Green Card 1990年アメリカ ピーター・ウィアー監督
直接的な意味での「グリーン・カード」は、 御存じのとおり、米国永住権の通称ですが、 それを求めてフランス男(ジェラール・ドゥパルデュー)が 偽装結婚するアメリカ人女性(アンディ・マクダウェル)は、 緑あふれるアパートに住みたいと願っていたものの、 希望の部屋は「夫婦世帯に限る」という入居条件があり…
そこで、2人の利害が一致したところで「結婚」し、 鳥のえさのような食事をついばむ禁欲的な女と、 がつがつと肉食し、人生を享楽的に過ごす男という 対照的なカップルが誕生するというお話でした。
設定が少々珍しいというだけで、いわばラブコメディーの王道 「反目し合っていた2人が…」というお話ではあるのですが、 (ついでに、女性に最初はパーフェクトな恋人がいるあたりもお約束) 地味ながら魅力的な大人の恋愛物語です。
タイトルの「グリーン」には、マクダウェルが慈しむ 見事な植物の数々というニュアンスも含ませているようですね。 公園課の職員で、緑化ボランティアの仕事にも精を出す女性で、 ブロンティーという役名でした。 たしか父親が「ブロンテ姉妹」からとった名前だったと思いますが、 そんなアカデミックな趣味を持った親御さんをも魅了したのが、 ドゥパルデュー扮するジョージの飾らない人柄や、 さりげなく弾いたりするピアノでした。
(ピアノ演奏で見直されるというエピソードは、 ドイツ映画『逢いたくて、ヴェニス』にも登場しましたが、 全く弾けない者としては、何となく納得できる「理由」です)
ピーター・ウィアー調とでもいいますか、 (『いまを生きる』『刑事ジョン・ブック/目撃者』など) 単純なハッピーエンドではないのに、 何となく充実感のあるラストもおすすめです。
3月8日は、国際女性デー…なんだそうで、 最近はごくごく当たり前になった、 あまたいる有能な女性監督の特集にしようかとも思ったのですが、 もう1つ、「ミツバチの日」という「そのまんま」な記念日でもあります。
実はこの映画については、ちょうど1年前、 このMLが独立する前に、別のMLで書いたのですが、 まるっきり白紙に戻して、もう1回書かせていただくことにしました。
ミツバチのささやき El Espiritu de la Colmena 1972年スペイン ビクトル・エリセ監督
映像の詩人ビクトル・エリセ監督の初期作です。 (というか、この人は10年に一遍しか映画を撮っていません)
内戦の傷跡が残る1940年、スペインの片田舎の町で、 映画『フランケンシュタイン』の上映会が行われました。 少女アナ(アナ・トレント)と姉のイザベルは、 連れ立って見にいき、 そのおどろおどろしさを心から堪能します。 (どうして子供って、怖いもの好きなんでしょうね…)
その興奮をそのまま持ち帰った2人ですが、 イザベルはアナに、あの怪物は森に住んでいると吹き込んだので、 アナは、ある日草原の掘っ建て小屋で出会った手負いの脱走兵を、 怪物だと思い込み、食べ物を運んだりして献身的に介抱します…
とにかく、静かな映画です。 セリフといえば、アナとイザベルが怪物についてベッドの中で 饒舌に話し合うシーンがあるくらいで、 あとは必要最小限のセリフしか出てきません。 つまりは、映像美を味わうしか楽しみがなくなるわけです。 私はそういうタイプの映画が実は苦手なのですが、 この映画だけは、折に触れて何度も思い出します。
田舎ののどかな空気の流れと、癒し難い戦争の傷跡を、 素朴で、それでいて洗練された表現で見せるわけですが、 映像美といえば、この映画に関していえば、 何といっても主人公アナ・トレントの 大きな目の美しさに尽きる気がします。 彼女はその後、何本かの映画に出演しますが、 この映画がお好きな方にとっては、 永遠に『ミツバチのささやき』のアナでしょう。
ところで、3つ前のパラグラムで、 「怪物」と言いましたが、 『フランケンシュタイン』って、 怪物をつくった博士の名前ですよね… あの怪物って、一体何という名前なのでしょう? そのまんま、フランケンシュタイン・モンスター?
本日3月7日は倉田紗南(さな)ちゃんの誕生日です。 …と、これだけでお判りになる方は少ないと思いますが、 彼女は、以前月刊『りぼん』(集英社)に連載され、アニメにもなった 小花美穂さんの『こどものおもちゃ』の主人公で、 とてつもない出生の秘密を負った人気子役タレントです。 ふだんはお調子者ながら、抜群の勘のよさで、 なかなかに泣かせる演技を披露してくれる役どころでした。
そこで、「少女」で見せてくれた映画の究極かも?と思われる作品を。
ポネット Ponette 1996年フランス ジャック・ドワイヨン監督
タイトルロールの少女“ポネット”を、 当時4歳のヴィクトール・ティビソルが演じ、 (『ショコラ』でジュリエット・ビノシュの娘役) 史上最年少で ヴェネチア国際映画祭で主演女優賞をとってしまいました。 当時、「無欲の受賞」のように言われましたが、 一体どこまで「わかって」るの?と思われるくらいにナチュラルに、 それでいて、しっかりと「演技」しているのが、 本当に、タダモノではないという感じでした。
母親を交通事故で亡くしてしまったポネットは、 まだまだ幼過ぎて、「死」のなんたるかが理解できず、 いつかママは戻ってくる! でも、泣いてばっかりいたらダメかなあ…と思いつつ、 毎日毎日、べそべそ泣いてばかりいました。
はっきり言って、 全編これだけを見せるためにつくられたような映画ですが、 彼女がぶつぶつひとり言を言ったりする様子が、 とびきりかわいい4歳児をそのまんま映しています…風で、 その素朴なつくりに、非常に心惹かれました。
泣きべそが地顔になっちゃったように泣いてばかりいるくせに、 結構おしゃまで、基本的に元気で、とにかく素直で… 映画を見ている者としては、 不憫な彼女に本当の意味で同情(同じ気持ちになる)してしまいます。 一段高いところから、「かわいそうに…」と思うというよりも、 4歳児が4歳児なりに持っている心の動きを、 自分の年齢なりにつかめるような気がするのでした。
ラストシーンは賛否両論のようですが、 実は、この映画を私が好きになったのは、 特にラストに理由があった気がします。 皆さんは、どのようにお感じになりますでしょうか。
「きょうの1本」を始めてからもうすぐ1年になりますが、 「きょうは何の日」関係のサイトに出入りさせていただくようになり、 「3の倍数の月の6日」は、それぞれ「兄弟姉妹の日」だという、 非常におもしろいことを知りました。
そんなわけで、本日は3月6日、「弟の日」です。 15年前に初めて見たとき、 「ああ、こんな弟欲しいなあ」と思ったのは、 この映画に登場した少年でした。
ラジオ・デイズ Radio Days 1987年アメリカ ウデイ・アレン監督
何だかんだと御紹介してしまう本数の多いW.アレンですが、 最近また役者に徹した出演も多いものの、 「彼が出ていないアレン作品」がお好きという方も いらっしゃるでしょう。 その中でも人気の高いのは、本作ではないでしょうか。
貧しいけれど、わいわいと楽しそうなユダヤ人一家が 物語の中心ですが、 ラジオが夢も娯楽も教養も現実も、すべて運んでくれていた時代、 さまざまな人々のエピソードには、 いつもラジオ番組や、そこから流れるノスタルジックな名曲の数々が 貼りついていました。 それらを惜しげもなく次々と語りかけてくるのが、この作品です。
ユダヤ人一家の1人、ジョー少年(セス・グリーン)は、 どうやらアレン自身の少年時代を投影した存在のようですが、 それにしては、少々かわいらし過ぎる気もしました。 当時12〜13歳だった彼を見て、 「ああ、こんな弟が欲しいっ」と思ったものです。 (まさか、『オースティン・パワーズ』の Dr.イーブルの息子になろうとは 思いもよりませんでした)
少々トロいけれど、ラジオの世界での成功を夢見て努力する シガレットガール(ミア・ファロー)、 オーソン・ウェルズが仕掛けた「火星人来襲」のおかげで、 デートがふいになってしまった ジョーの叔母ビー叔母さん(ダイアン・ウィースト)、 そのほか、時を経ても、いつまでもその声が耳にこだまする、 豪華ラジオ・スターの面々(というか声々)など、 ほっこりするエピソードが、どこか落語的なテンポで綴られていて、 安心して見ていられる作品だと思います。 ウディ・アレン入門編としてもお勧めします。
| 2002年03月03日(日) |
ビヨンド・サイレンス |
本日3月3日が、語呂合わせで「耳の日」なのは有名な話ですが、 「耳や聴力への関心を高め、 聴覚障害の予防・治療を徹底するための記念日」 (1956年、日本耳鼻咽喉科学会が制定) という趣旨までは、恥ずかしながら考えが及びませんでした。 そこで…
ビヨンド・サイレンス Jenseits Der Stille 1996年ドイツ カロリーヌ・リンク監督
主人公は、ララという少女です。 両親ともに聴覚に障碍があり、 (実際、聾の役者さんが演じていらっしゃるそうです) 幼くして両親の不便を巧みな手話でフォローしてきたおしゃまな娘は、 長ずるにつれ、だんだん音楽への関心を深め、 また年の離れた妹の出現もあり、だんだんと親離れをします。 しかし、ララの音楽の世界への傾倒や、 それに関係する叔母(父の妹)と彼女の親しい関係は、 父にとっては我慢のならないものでした。
ずっと両親を支えてきた2本の手が、 クラリネットを吹いたり、 愛する恋人と抱き合ったりするためにあることに気づくのは、 年頃の娘としては、ごく当たり前のことなのですが、 父が音楽を憎悪しているのには、訳がありました…
子供時代のララを演じた子役も達者でかわいらしいのですが、 成長後の彼女に扮したシルビー・テステューの、 「美人とはいえないけれど、どこか心惹かれる風情」のある、 清潔感もみだらさも優しさもずるさもすべて持ち合わせた感じが、 非常に役柄に合っていました。 ドイツ映画でドイツ語を話してはいますが、フランスの女優だそうです。 (同監督が現代風にアレンジして映画化した 『点子ちゃんとアントン』でも、点子ことルイーズの家庭教師役でした)
「ドイツの手話は、アメリカに20年の遅れをとっている。 ドイツでは、手話は手話でしかないが、アメリカでは会話だ」 というようなセリフがありました。 (印象で書いているので不正確ですが、そんな感じ) 部屋に入るときに、スイッチの点滅で知らせたり、 母親が自転車に乗るのを、父親が血相を変えてとめたり、 障碍を意識させる描写もありましたが、 そうしたことよりも、広い意味でのラブストーリーとして 非常に優れたものだったと思います。 (音楽への愛、家族愛というのまで含めた「ラブ」) ラストシーンは、 どこか見る人に結論を任せているところもあるのですが、 温かな感動はお約束できる作品だと思います。
| 2002年03月02日(土) |
ブロークン・ハーツ・クラブ |
1950年の今日、“カーペンターズ”の カレン・カーペンターが生まれました。 83年2月、33歳の誕生日を前に、 若くして亡くなった彼女ですが、 シンシア・ギブ(懐かしい!)が カレンの役を演じた伝記映画もあると聞きます。 でも、残念ながら、これは未見でして… せめて、カーペンターズの曲を 印象的に使っている映画をどうぞ。
ブロークン・ハーツ・クラブ The Broken Hearts Club 2000年アメリカ グレッグ・バランティ監督
気のいいひょうきん者、ちょっと理屈っぽいヤツ、 ルックスのよさで恋人をとっかえひっかえの駆け出し役者、 それぞれに魅力と欠点を同じだけ持った若い男たちが、 “ブロークン・ハーツ・クラブ”に集います。 同名のソフトボールチームも持っている オーナー(ジョン・マホーニー)を含め、 彼を父親のように慕うこの若い連中は、 みんなそろってゲイでした…
よくあるウェルメイドな群像劇ですが、 よくあるゲイムービーではありません。 それを象徴するのが、登場人物の1人、 ハゥイという男のセリフでした。 「ゲイが出てくる映画というと、 エイズ患者を聖人扱いしたようなのばかり。 もっと、性生活はごく普通で、ローンに追われているみたいな、 自分たちみたいな“普通の”ゲイのことを映画にしたら、 『マグノリアの花たち』みたいな作品だって狙えるのに」
『マグノリアの花たち』といえば、こちらでも昨年10月、 ハーバート・ロスが亡くなったときに 取り上げさせていただきましたが、 あらゆる世代、あらゆる個性の女性たちが友情を育む、 女性群像劇の傑作ですが、この例えに大受けした連中が、 じゃ、誰々はジュリア・ロバーツだ、 誰それはシャーリー・マクレーンだと、 映画の中のキャストを勝手きままに挙げるシーンなど、 映画がアメリカの共通言語であることがわかる、 くすっとさせられるシーンです。
もちろん、ゲイというからには、 その同性愛という性癖ゆえの特徴ですから、 どうしてもセックス絡みの話題やシーンも登場しますが、 決して嫌悪するようなものではありません。 その種のものに、何となく嫌悪感を持ってしまう方も、 ゲイ・ムービーを偏愛する方も、 ただ単に良質な人間ドラマを見たいというだけの方にも、 ぜひお勧めします。
全編に、あらゆるヴァージョンの カーペンターズのヒット曲が使われていますが、 その中の1曲、“Top of the world”は、 少年ナイフのカバーによるものでした。
| 2002年03月01日(金) |
アメリカン・スウィートハート |
アメリカン・スウィートハート America's Sweethearts 2001年アメリカ ジョー・ロス監督
予告を見る限り、 「ジュリア・ロパーツ主演のラブコメ」っぽいのですが、 意外と多い(らしい)「ジュリアが苦手」という方には、 ちょっと楽しいハリウッド内幕物語としてお勧めします。
原題はAmerica'sなのに、 わざわざ意味不明なアメリカンにするくらいなら、 「アメリカの恋人(たち)」と、 直訳にした方がまだましだと思います。 (最近とみに、邦題にケチばかり つけている気がしますが…)
ここで言うAmerica's Sweetheartsとは、 ジュリア演じるキキの姉グエン(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)と、 彼女と映画の共演がきっかけで恋に落ち、結婚するものの、 別居して離婚寸前のエディ(ジョン・キューザック)のことです。 彼らの共演作品はことごとく大ヒットするので、 アメリカ最高のコンビという意味で、そう呼ばれていたのでした。
人の好いキキは、グエンの付き人として、 美しい姉を誇りに思い、盛り立てていました。 また、義兄エディを心密かに思っていて、 太目だった体を絞り、すっかり美人になったほどです。 (ダイエット前のジュリアの顔の丸さに驚きました)
彼らが別居するきっかけになった共演映画が、 もうすぐジャンケット(マスコミ対策の試写会)だというのに、 肝心のフィルムは監督(クリストファー・ウォーケン)が 「人質」にとったような格好になって、届きません。 困った広報担当のリー(ビリー・クリスタル)は、 もうすっかりダメになったグエンとビリーの仲を、 「いい友達」とか何とか演出して取り繕い、 せめてものパブリシティにしようと躍起になるのですが…
ジュリア・ロバーツ、影が薄いように見えて、 この映画のトーンにはぴったりの好演だったと思います。 実は私自身、「ジュリア苦手組」に片足突っ込んでいたのですが、 この映画でのキキことジュリアは、非常にかわいらしいと思いました。 C.Z.ジョーンズは、何しろあの見目形なので、 高慢ちきな役をコミカルにやると、本当にハマります。 (こちらもジョン・キューザックと共演の 『ハイ・フィディリティ』なんかでも 笑わせてくれました) また、ここには書き切れませんが、 本当に芸達者さんがいっぱいなので、かなり楽しめましょう。
明日から公開の作品、 やはり大本命は『ロード・オブ・ザ・リング』だと思いますが、 こちらもお勧めします。
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