Dailymovie
DiaryINDEX|past|will
| 2001年11月30日(金) |
僕たちのアナ・バナナ |
1965年11月30日、俳優のベン・スティラーが生まれました。 『ミート・ザ・ペアレンツ』も好評レンタル中、 巻き込まれ型トラブルの被害に遭うコメディーでやたら光る、 ついでに監督としても意欲的な人ですが、 今日は、彼と同じく若く才能のある エドワード・ノートンの初監督作でもあった次の作品を。
僕たちのアナ・バナナ Keeping the Faith 2000年アメリカ エドワート・ノートン監督
何でも、ノートンがスティラーという人に惚れ込み、 彼を念頭に置いて構想したお話で、当初は役名もベンだったとか。
ノートンがアイルランド系で神父・ブライアン、 スティラーがユダヤ教のラビ・ジェイクという役で、 彼らが12歳のときに転校してしまった、 2人のアイドルだった少女、アナ・バナナの成人後を、 NHK総合で土曜深夜(日曜)に放映中の『ダーマ&グレッグ』で おなじみのジェナ・エルフマンが演じていました。
LAから仕事で2人の住むNYにやってきたアナ・バナナは 相変わらず美しく頭が切れるすばらしい女性です。 2人は聖職にある自分の立場も忘れかけ、 たちまち夢中になってしまうのですが、 アナの意中の人はジェイクでした。 が、2人が「結婚」という意味で結ばれるには、 アナがユダヤ教に改宗することが不可欠でした……
結論からいうと、ノートンの知性や人柄のよさが生かされた、 良心的で、それでいて際どいところもまた味になっている、 そんなラブコメディーだったと思います。 何せ、カトリックとユダヤ教が仲良くするお話ですから、 それだけで人によっては神経を逆撫でされている印象を 受けかねないかもしれませんが、 悪意を感じるようなデフォルメもないし、 よろしいんじゃないでしょうか。
ジェナ・エルフマンは、ダーマの印象が強過ぎて、 (かわいくて弾けていて、2人といない個性的なタイプ) 怜悧なキャリアウーマンという役どころに、 ちょっと違和感を感じないでもないのですが、 いい男2人に信仰を捨てさせかねないほど魅力的な女性というのは、 結構いい線いっていたと思います。
ベン・スティラーの母親役がアン・バンクロフトだったのも、 彼女の大ファンとしては感激のキャストでした。
でも、この邦題はなあ。 信仰の違いも恋の障害という点を、 もう少し生かしてほしかった気がします。 最近の外国映画邦題の70%くらいは(もっとかな) こういう文句を言われるためにつけられているも同然ですね。
本日11月29日は、語呂合わせで「いい服の日」 だそうです。 そこで、1997年度アカデミー賞衣装デザイン賞も受賞したこの作品を。
タイタニック Titanic 1997年アメリカ ジェームズ・キャメロン監督
記録破りの大ヒットになりながら、 この3時間を超える作品、劇場で公開されていたときは、 「これを見る時間があったら、ほかのを見たい」 などと避けて通っていたものでした。
が、ビデオで見てみましたら、これがなかなかいいのです。 1度も見たことがない(さらにこれからも見ないだろう)という層と、 何度も何度も繰り返し見てしまうという層の両極に分かれましたが、 私は実はレンタルした際、続けて見てしまったので、 一応「リピーター」の層に入るのだと思います。
身売り同然で嫌いな男と結婚させられる お嬢様ローズ(ケート・ウィンスレット)と、 三等船室のチケットをめぐって、 出航ぎりぎりまで賭けポーカーをしていたような身分の、 売れない画家ジャック(レオナルド・ディカプリオ)は、 ローズが発作的に海に身投げしようとしていたところを ジャックが助けたという縁で知り合い、 やがては自分にない者を持つお互いに強く惹かれ、 生涯をともにする決心をするのですが…
はいはい、あとは説明の要はありませんね。
実際はレオ君よりも少し若いのに、お姉さんぽく見えるケートは、 「たくまし過ぎる」と一部では不評だったようですが、 あのちょっとぽっちゃりした体つきがむしろ、 「強く生きていくんだよ」というジャックの言葉を守って しっかり長生きしたローズにぴったりでした。 晩年のローズを演じたグロリア・スチュワートは、 「あの若く才能ある女優(ケート)のその後を演じられるなんて光栄だ」 という趣旨のことを言ったそうです。
下手な役者があんまり出ていないので、 独特のユーモアセンスもうまく生きていたし、 エンターティンメントとしては一流といっていいと思いました。 多分、泣きどころなんだろうなーと思うようなシーンでは 少しも泣けませんでしたが、 別にこの映画には泣きを期待して見たわけではないので、 ま、その辺は構いません。
個人的なことを言えば、唯一泣いてしまったシーンは、 ローズの婚約者キャル(ビリー・ゼーン)が、 ジャックにローズをとられて逆上し、銃をぶっ放すところでした。 キャルはこの映画において、ひたすら憎まれるための役でしたが、 こういうふうにしか人を愛せない人って、確実にいるんですよね。
先日の妻夫木聡&竹内結子吹替えによるTV放映は、 結局は妻夫木君の『ウォーターボーイズ』の パブリシティでしかなかったというオチでしたが、 市販(レンタル)されているビデオの吹替版では、 レオ君を草尾毅さんが担当なさっています。 『ギルバート・グレイプ』などでもレオ君を担当している人ですが、 なかなかしっくりくる声なので、 字幕を読むのがしんどいときにお勧めします。
| 2001年11月27日(火) |
地雷を踏んだらサヨウナラ |
1973年11月27日、 現在の日本で「映画俳優」と呼びたい数少ない役者である 浅野忠信が生まれた…のですが、 彼は、自分の誕生日のこの日がずばり死亡推定日に当たる人物を演じました。 それがフリーカメラマン、一ノ瀬泰造です。 奇しくも映画が公開された1999年、アサタダは26歳になりましたが、 一ノ瀬が亡くなったのも26歳だったとか。 で、本日はこの映画を。
地雷を踏んだらサヨウナラ One Step on a Mine, It's All Over 1999年日本 五十嵐匠監督
突然ですが、私は浅野忠信が出演中の携帯電話のCMが、 実は異常に好きです。 街でばったり会った学生時代の友人の名前がどうしても思い出せず、 「記念」と称して撮った写真をその場で他の友人にメールで送り、 こっそり名前を聞くけれど、返信されたメールに書かれた 「鏑木(かぶらぎ)」の名前が読めず…という、アレですね。 実は、一ノ瀬泰造がもしも現代を生きる若者だったら、 あんな感じの人だったんではないかな?と思うのです。 (別に、一ノ瀬さんが漢字が読めないということではありません) いえ、あるいは「お前、何て名前だっけ?」と、 率直に尋ねる人だったかもしれませんが、 歴史に名を残したその若者は、 そんなふうにごく普通の、あんまり物にこだわらなそうな、 そういう人だったと思うのです。
ベトナム戦火がカンボジアにも拡大した1972年、 25歳のフリーカメラマン、一ノ瀬泰造(浅野忠信)は、 民族解放軍クメール・ルージュの聖域となっている遺跡、 アンコール・ワットを撮ってやるー、 そしてピュリッツァー賞を獲るんだーと息巻いては、 ほかのカメラマンに呆れられているような青年でしたが、 その根性には、みんなが一目置いていました。 佐賀には彼の安否をいつも気づかう心優しい肉親がいましたが、 現地のコミュニティーにも溶け込み、 そうした戦乱とは別次元で、ニコンのカメラを片手に、 人生を、青春を謳歌しています。
初めて見たとき、何だか(いい意味で)非常に通俗的な感じがして、 びっくりしたのを覚えています。 が、それは私に、戦場カメラマン=命知らずの一匹狼みたいな 思い込みがあったからで、 きっとこの一ノ瀬泰造という人は、 自分の被写体となり得る人間というものをいつも愛する、 心優しいごくごくごく普通の青年だったのだと思います。 「写真が下手だから、体を張るしかない」 とばかりに無茶をして撮った彼の写真の数々は、 なかなか買い取ってもらえません。 無茶の余り、政府軍のブラックリストに載ってしまったりもしますが、 それでも撮り続けるのをやめません。
束の間、姉(羽田美智子)の結婚式のために日本に帰り、 その後舞い戻ったカンボジアで、彼は最後の賭けに出ました…
東南アジア各所を舞台にし、 欧米のカメラマンたちとも渡り合っているので、 日本映画なのに、「第三の男」もビックリの多国言語が飛び交い、 日本語の台詞が占める割合は10%以下だったそうです。 数少ない日本語のシーン(独り言めいたのもありますが)、 なぜかアサタダくん、その演技が最もぎこちなく見えました。 でも、それはそれで「照れ」みたいなものに うまいことすり変わっていた気がします。
| 2001年11月26日(月) |
ジャイアント・ピーチ |
実はうちの長女が、 まことに遅ればせに『ハリー・ポッター』にのめり込み始めました。 ところどころで、里親とその子(いとこ)へのブーイングを表明したり、 手引き書を見たりしながら、大騒ぎです。 映画を見る前に原作を読んでしまいたいようですが、どうなりますか。
ということで、 公開間近のこの映画にちなみ、こんな作品はいかがでしょう。
ジャイアント・ピーチ James and the Giant Peach 1996年アメリカ ヘンリー・セリック 監督
ドイツにはエンデやケストナー、 そしてイギリスにはロアルド・ダールあり、ということで、 原作はR.ダールの「おばけ桃の冒険」です。 『ハリー・ポッター』シリーズのJ.K.ローリング女史にとっては イギリス児童文学の大先輩に当たる人ですし、 両親を失い、意地悪な親戚のもとで冷遇されていた孤独な少年が、 奇想天外な世界を知り、ある種の自己実現をするという点も、 ハリー・ポッターとよく似ていると思います。
ジェームズ少年は、辛い毎日の中で、 小さな虫たちを慈しみ、友達のように思っていました。 そんなある日、謎めいた老人(ピート・ポスルスウェート)から、 不思議な液体をもらいますが、 それを過って桃の木の根元にこぼしてしまったら、 なんとっ、桃が巨大化し、 ジェームズがその中に難なく入れるほどになります。 ジェームズはその桃に乗って、仲間の虫たちと一緒に、 ニューヨーク目指して旅立つのでした…。
桃に乗って旅立つまでと、NY到着後は実写ですが、 NYにたどりつくまでの大冒険の模様は、人形アニメによるものです。 だから見せ場といえば、 このアニメの部分と言い切って差し支えないでしょう。 虫たちの吹替(オリジナル)キャストは、リチャード・ドレファス、 スーザン・サランドンなど、なかなか豪華です。
一説には、“ビッグ・アップル”と呼ばれるNYに、 巨大な桃が攻め入るというのが、 何やら象徴的だという見方もあるようですが、 あんまり細かいことにこだわらずに堪能するに限ります。 何しろ、製作としても名前が挙がっているのがティム・バートンです。 彼にとってはこの前作に当たる『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の、 美しくもグロテスクな世界に酔った方もいらっしゃるのでは? ちょっと変化球ではありますが、その流れはくんでいると思います。
ハリー・ポッターの前に、こちらもぜひどうぞ!
今日11月25日の花はネリネ、花言葉は若返りだそうです。 全く知らない花だったので調べてみましたら、 “ダイヤモンドリリー”の別名を持つ、可憐にして色気のある花でした。 では、その花言葉に因んで、こんな作品はどうでしょうか。
コクーン Cocoon 1985年アメリカ ロン・ハワード監督
この映画をごらんになった方にとっては、若返りだから「コクーン」って、 またベタベタだなあと改めて呆れていらっしゃるかもしれませんが、 (私がベタベタなのは、今日に始まったことではありませんが) この、よくも悪くもアメリカ的な元気老人の物語、 決して嫌いでないものですから、ぜひとも取り上げたいと思いました。
Cocoonとは、いわゆる「繭(まゆ)」のことですね。
フロリダで、あるプールつきの家を借りた4人の男女が、 海底から拾ってきた「謎の丸いモノ」を拾ってきてプールに入れるのですが、 実は、その家が空き家だった頃から、 そのプールには、近くの老人ホームの不良老人3人組が、 こっそり潜り込んでは泳いでいたのですが、 その習慣はその「丸いモノ」が入ってからも変わらず。 が、丸いモノが入って以降泳いだじいちゃんたちは、 不思議なほどの若返りを見せ、 ダンスにボウリング、そして愛妻との夜の生活まで 精力的まで楽しむようになっていくのですが…
一体その「丸いモノ」の正体は何なのでしょう?
いわゆる「地球外生物」が登場し、 SFファンタジーにカテゴライズしてもいいのでしょうが、 高齢化問題を切り口を変えて扱っている作品という見方もできます。 姿形ではなく、内側から生き生きと若返ってくるという表現方法に 好感が持てました。
そういえば、ジョン・キューザックがまだ若くかわいかった頃の 傑作青春映画『セイ・エニシング』の中で、 「バイト先に来る老人が食事しているのを見ると、 みっともなくてがっかりする」 という趣旨のことをジョンが言ったために、 “篤志家”の父親が老人ホームを経営しており、 自身もその手伝いをしている、ジョンの恋人アイオン・スカイが、 ひどい偏見だと怒るシーンがあったのですが、 ジョンはその後、アイオンにつき合って老人ホームを訪れ、 『コクーン』のビデオ上映会を仕切っていました。 なーんかわかりやすくていいなーと思いました。 日本では、そういうときに取り上げられるような作品が 思い当たりません。 だからどうというんでもありませんが……
あなたのために Where the Heart Is 2000年アメリカ マット・ウィリアムズ監督
主演はナタリー・ポートマンです。 出産間近なのに、恋人にスーパー“ウォルマート”に置き去りにされ、 文無しで行くところもなく、仕方なしにスーパーにこっそり住みついて、 そこでお産をしてしまったお人好しの少女ノヴァリーを演じました。
彼女が「スーパーマーケット・マミー」として有名になり、 TVで取り上げられた途端、魂胆アリアリで近づいてきたのは、 彼女を5歳のときに捨てた母親(サリー・フィールド)でした。 彼女は母親の言葉を信じ、退院後迎えにきてくれるのを待ちますが、 結局は“ウォルマート”からもらった500ドルを持ち逃げされておしまい。 そんな彼女を助けてくれたのは、親切なことこの上ない シスター・ハズバンド(ストッカード・チャニング)でした。
ホワイト・トラッシュと呼ばれる階層が、アメリカにはあるそうですね。 つまり、いわゆるマイノリティーの人たちが、 福利厚生面で比較的優遇してもらえるのに対し、 白人はどうしても自助努力を求められるがために、 金なし、やる気なしとなると、崩れた生活に甘んじて、 文字通り「白いゴミ」になってしまうということのようで。 ノヴァリーもそんな1人でしたが、 気質が素直で、写真の才能を磨いて自信をつけていく彼女には、 シスターのみならず、 周りの人々が手を差し延べずにいられないようでした。
中でも彼女の出産の手助けをしてくれた図書館員フォーニーとは、 その後いいムードになるのですが、 知的で優しく家柄もいい彼に愛を告白されても、 自分は彼にはふさわしい女ではないと気後れし、拒絶します… が、1度は自分を不幸のどん底にたたき落としたある人物の言葉に 皮肉にも後押しされた彼女は、 自分のすべきことを勇気を持って実行しました。
4人の子持ちのたくましい母親…のイメージからは程遠いのけれど、 ノヴァリーの姐御的存在になって励ます女性レクシーを、 美女アシュレー・ジャッドが演じました。 私、自慢ではありませんが、 彼女が以前起用されていた自動車会社某H社のCMを見ていて、 その後シャーリーズ・セロンに代替わりしたとき、 かなり経つまで全く気づきませんでした。 なぜに金髪美女は皆同じに見えてしまうのでしょう…という認識だったのに、 この映画での彼女は、地に足がついているようで、 結構クズ男にだまされたりする愛すべき女性を好演していて、 すっかりファンになりました。
見ていて頭に浮かんだ言葉は“渡る世間に鬼はなし”でしたが、 さすがにこの邦題じゃなくてよかったと思います。 ナタリー・ポートマン初めて素直にかわいいと思えた作品でもあります。 (以前から美人だとは思っていましたが、女優として好みじゃなかったので) 欺瞞的に思える方もいらっしゃるかもしれませんが、 「にんげんていいな」と思える好編としてお勧めします。
今日11月23日は、『勤労感謝の日』にして 『いい夫妻の日』でもあるそうですね。 (昨日11月22日は『いい“夫婦”の日』でした) そんなに夫婦に因む日ばかりつくってもらわなくてもいい気もしますが、 おかげで今日は、“勤労”と“夫妻”の 両方から連想できる映画を御紹介することができそうです。
浮き雲 Drafting Clouds
1996年フィンランド 原題直訳「浮き雲」 ビデオ&DVD あり(ユーロスペース/アップリンク) 製作・監督・脚本 アキ・カウリスマキ
オールドムービーのファンの方なら、 林芙美子の原作に材をとった成瀬巳喜男監督作『浮雲』の方を まず思い浮かべられるかもしれませんが、 本日御紹介しますのは、 寒いフィンランドで、まともに会話もしていないのに、 不思議なほどいい関係を保っているなーと感じられる、 1組の失業者カップルのお話です。
市電の運転士とレストランの給仕長として働いていた ラウリとイロナの夫婦は、 ひょんなことからそろって失業し、 2人して結構いい年なのに、職探しを余儀なくされます。 ラウリが見つけてきたロシアへの観光バス運転手の口は、 実はラウリの片耳が聞こえていないことが発覚して取り消し、 イロナも、怪しげな紹介施設に金を取られそうになったり、 せっかく働き始めた食堂も、雇い主が悪党で金をもらえず、 抗議に行ったラウリがボコボコにされるなど、 全くいいことがありません。
…はっきり言って、これだけ読んで「見てみよう」と思った方には、 あんまりお勧めしません。 むしろ、「こんな話のどこがいいの?」と思っちゃったような方にこそ 見ていただきたい作品です。 というのも、これってコメディーだったか?と思ってしまうほど、 笑っちゃうシーンが多いのです。 人間が生きていこうとする姿って、こっけいなのですね。 だからいとおしくも醜くもなるということが、本当によくわかります。 ラウリもイロナもテンションはかなり低いのですが、 それなりに生きることにしがみついていて、そこに好感が持てました。
イロナ役は、『マッチ工場の少女』『白い花びら』など、 アキ・カウリスマキ監督作の常連(というよりはつきもの?)の カティ・オウティネンという女優さんですが、 いかにも薄幸そうな線の細い人で、 美人なのか不美人なのか、何度見てもわかりません。 でも、きっとフィンランドには多いタイプの女性なのでしょう。
| 2001年11月22日(木) |
フィッシャー・キング |
1941年11月22日、 70年代に世界中を笑わせたモンティ・パイソンの唯一のアメリカ人、 テリー・ギリアムが生まれました。 といっても、この人の場合、コントにはそれほど出ておらず、 「変なアニメつくる人」のイメージでしたが、 今は、その独特の映像センスで、 ちょっとカルトな映画監督として支持されていますね。 彼の作品としてはちょっとおとなしめだと思われる、 次の作品を御紹介しましょう。
フィッシャー・キング The Fisher King 1991年アメリカ テリー・ギリアム監督
毒のあるトークで人気のDJジャック(ジェフ・ブリッジズ)は、 自分の不用意な発言が引き金となり、 無差別殺人事件が起こったことがトラウマとなって、 すっかり落ちぶれ、 レンタルビデオ店を経営する女性(マーセデス・ルール)の ヒモのような生活をしていました。
事件から3年ほど後のある日、たちの悪い不良に絡まれたところを バリー(ロビン・ウィリアムズ)という、 どう見ても「普通の人に思えない」キテレツな男に助けられ、 親しくなりますが、 実はバリーの妻は、3年前の犠牲者の1人だったのでした…。
といっても、バリーはジャックに復讐するために近づいたのではなく、 何というか、心に傷を抱える者同士が 何か通じ合うものがあって、友情を結んだように思えました。
よい意味で普通の「癒しの物語」のように響く筋ではありますが、 アーサー王伝説でもお馴染みの「聖杯伝説」が ストーリーに絡めてあるので、ファンタジー色も豊かです。 見ていて飽きさせません。
バリーが密かに憧れる女性リディアをアマンダ・プラマーが演じました。 R.ウィリアムズとは『ガープの世界』に次いで2度目の共演ですが、 相性がいいようで、風変わりでナイスなカップルぶりを見せてくれます。
また、時には叱り飛ばしながらも、 落ち目のジャックを健気に支えるビデオ店主(役名失念)を演じた M・ルールは、この年アカデミー賞助演女優賞を受賞しました。 「アメリカの根岸季衣」という風情で、 威勢のいい気丈な女性がぴったりはまっていたと思います。
テリー・ギリアム的世界がもともと好きという方には、 ちょっと物足りないかもしれませんが、 心がくたびれ気味のときに欲しくなるようなものが詰まっています。
1945年11月21日、 「いつまでも若い」と、 敢えて言わなければならない気がする程度には老けた、 ゴールディ・ホーンが生まれました。 ひょえ、もう56歳ですか。やっぱり若いですね。 では、この作品を。
潮風のいたずら Overboard 1987年アメリカ ゲーリー・マーシャル監督
この映画の製作にも当たったロディ・マクダウェルは、 40年代、『我が谷は緑なりき』などで名子役として鳴らした人です。 この『潮風…』には、G.ホーンの執事の役でも出演し、 わがままお嬢に手を焼きながら、達者に振る舞っていました。
クルーザー暮らしの高慢ちきな大富豪ジョアンナ(G.ホーン)は、 船内に靴箱をつくらせるために 職人ディーン(カート・ラッセル)を雇いますが、 やれ材質が気に入らないの、注文に沿わないのとけちをつけ、 何も知らない田舎者だとさんざん侮辱した上に、 金を払わず、道具ごと彼を海にたたき落とします。
ところで、ディーンは妻に先立たれ、 4人の悪ガキを持て余すやもめ男です。 この間の仕事ではひどい目に遭ったとボヤいていると、 その高飛車女ジョアンナが、 「記憶喪失の女性」としてTVで取り上げられているのを見ました。 彼女は夜中に忘れ物を取りにいって、過って海に落ち、 そのショックで記憶を失ってしまったのです。 これは「復讐」のチャンスだとばかりに、 ディーンは友人の協力も得て、 ジョアンナは自分の妻アニーだと申し出ます。
記憶を失っても性格の悪さは変わらないジョアンナに、 保護していた病院も手を焼いていたこと、 また、ジョアンナの本当の夫が知らん顔をしていたことが幸いし、 ディーンはまんまとジョアンナを自分の「妻」として受け入れ、 子供たちの世話を押しつけることに成功します。
最初は本能レベルで「私は絶対、こんな男の妻じゃない」 と思っていたジョアンナでしたが、 日々ハードな家事に追われているうちに、だんだん態度が和らぎ、 また、偏見むき出しの教師から子供をかばったことで 子供たちの信頼も得て、 すっかり頼れるママとして、ディーンの妻として 人間が練れてゆくのですが、 ジョアンナの母親が彼女の様子を見にくると知った本物の夫が、 しぶしぶジョアンナを探し出し、名のり出たことで、 記憶を取り戻してしまったジョアンナは、 夫とともにまたクルーザーへと戻っていきます… さて、この後ジョアンナはどうなるのでしょう?
悪趣味な出で立ちで人を人とも思わない尊大な態度、 こんなゴールディもたまにはいいなあと思ってしまうほど、 「嫌な女」ぶりも傑作でしたが、 だんだんと「人間らしく」なってゆく彼女が、やはり見物です。 安物の洗濯機をプレゼントされ、 「まあ、こんな高価なものをありがとう」 と素直に喜ぶ姿など、やっぱり彼女の「地」は、 こういう女性であってほしいと思わせるに十分でした。
ディーンを演じたカート・ラッセルとは、 実生活でもパートナーとのことですが、 撮影当時の「カートは一緒に暮らすには最高の男性だ」 という談話を読んだことがあります。 見た目はベイビーフェイスと言いたいほどに若いけれど、 酸いも甘いもかみ分けた大人の女性らしいせりふですね。
| 2001年11月20日(火) |
ホテル・ニューハンプシャー |
本日11月20日はホテルの日だそうです。 1890年に帝国ホテルが開業したことに因むそうですが、 本日御紹介する映画に出てくるホテルは、 帝国ホテルというよりは、 清里あたりのペンションを彷彿とさせます。
ホテル・ニューハンプシャー The Hotel New Hampshire 1984年アメリカ トニー・リチャードスン監督
意図したわけではないのですが、 昨日タイトルを挙げたばかりの映画を、 早速取り上げさせていただきます。
アメリカで最も成功している作家ジョン・アーヴィングの原作を、 おとぎ話感たっぷりに映画化したのがこの作品です。 ジョディー・フォスター、ロブ・ロウ、ナスターシャ・キンスキーなど、 当時の若手の渋いところを起用し、 何があっても「開いた窓から飛びたりしない勇気」を、 さりげなく与えてくれました。
ついでながら、この映画に出ていた頃のセス・グリーンは、 本当にかわいかったなーっ。 かわいくて達者な子役が中途半端に年食うと、 なぜ“あんなに”なってしまうのか…という例の1つです。 (『オースティン・パワーズ』のイーブルのドラ息子役)
軸となるベリー家は、若い頃にホテルのアルバイトで知り合った両親、 レスリングのコーチでもあるおじいちゃん、5人の子供、 胃腸が弱くおならばかりしている犬ソローの大所帯で、 廃校になった母の母校を買い取って改造し、 「ホテル・ニューハンプシャー」を始めます。 その5人の子供の2番目で長女がジョディー・フォスター、 すぐ下の弟がロブ・ロウでした。 2人は非常にうまが合い、姉弟としては問題があるかもと思うほど 仲のよい間柄です。
ホテルには変わった客が多く、 子供たちは『会議は踊る』のワンシーンのように、 部屋の盗聴を楽しんだりします。
が、祖父の(気の毒な)死後、 両親のキューピッドでもあった熊使いのフロイトの誘いで 一家はウィーンに移住することになるのですが、 後から来るはずだった母親と末っ子(セス・グリーン)は、 飛行機事故で亡くなってしまいました。
残った家族は、フロイトのもとに身を寄せ、 そこで「サラ・ベアー」と名乗る、 熊のぬいぐるみをかぶりっ放しの女性と出会います。 自分の姿が醜いと思い込んでの「奇行」ですが、 それをあの美女ナスターシャ・キンスキーが演じていました。
枚挙にいとまがないほどの「よくないこと」が次々と起こり、 つくり方次第では、幾らでも暗くて悲惨になりそうですが、 不思議なほどにさわやかな感動やおかしさに満ちていました。 そういう意味で、ジョン・アーヴィング作品の中でも、 最も原作に忠実に映画化されたと言えるかもしれません。 映画を見た後原作を読んでも、原作を読んでから映画を見ても、 さしてがっかりしない、珍しい作品でもあります。
| 2001年11月19日(月) |
『タクシー・ドライバー』&『恋人たちの予感』 |
11月19日は、 ジョディー・フォスターとメグ・ライアンの誕生日なんですよね。 メグの方が1歳お姉さんだという説と、 全く同じ生年月日だという説がありますが、 タイプは違えど同世代で、どちらもハリウッドのトップ女優ですね。 さあて、何の映画にしようかと迷ったのですが、 2人の映画のうち最も好きなものを1本ずつ選ぶことにしました。
まずはアルファベット順で、フォスター,ジョディーから。
タクシードライバー Taxi Driver 1976年アメリカ マーティン・スコセッシ監督
ベトナム帰還兵で、「不眠症だから」という理由で タクシーを運転する青年トラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)が、 ドライバーとして働く中で、 唐突といいたいほどに「社会の巨悪」に対する憤りを感じるようになり、 偶然知り合った少女売春婦アイリス(ジョディー)を救い、 ある種の英雄にまつられるさまを、 ごくごくごく乾いたタッチで描いていて、 見ていて不安になる雰囲気が妙に魅力的な作品です。 当時は「時代を先取りしすぎ」と思われていたふしもあるようですが、 今見ると、いかにも時代の気分を映しているように思えます。
霧の中からあらわれるイエローキャブ、そっけないジャズの音色など、 妙にスタイリッシュなせいか、 ちょっと記号的に語られやすい作品ではありますが、 確かに見ておくべき意義を感じる作品ではあります。
ところで、公開当時のパンフによると、 13歳だったジョディーはこの当時、「将来は大統領になりたい」と 言っていたそうです。 私、偏見持ちと言われても仕方ないのですが、 中途半端な年齢の少年少女がこの手の答えをしているのを聞くと、 「ちょっと子供っぽくない?」と思ってしまいがちなのですが、 事ジョディーに関しては、 放っておいたら具体的な政策まで話しそうに思えました。
では次に、ライアン,メグの作品で、
恋人たちの予感 When Harry Met Sally... 1989年アメリカ ロブ・ライナー監督
本当はトーチソング・トリロジーが見たかったけれど、 時間の関係で「こっち“でも”いいか」と見てみたら、 びっくりするくらいツボにはまった作品でした。 (『トーチソング…』は後ほどビデオでフォローしましたが、 これもよかったので、後ほど取り上げたいと思います)
70年代、大学生だったハリー(ビリー・クリスタル)と サリー(メグ)は、車の相乗りがきっかけで知り合い、 「失礼な奴!」「鼻っ柱の強い女…」と、 お互いにいい感じを持てないまま縁が切れたかに見えましたが、 腐れ縁とでもいうのか、 その5年後、さらに5年後と、なぜか偶然に出くわし、 3度目に会った頃には“親友”と思える間柄になりますが、 それが2人の心を素直に解き放つのには 阻害要因ともなってしまいました…
せりふの1つ1つが生き生きとした、 非常によくできたラブコメディーでした。 『ロマンチックコメディーの女王』としてのメグの出世作でもあります。
同時、まだ二十代前半だったハリー・コニック,Jr.が 音楽を担当したことでも話題になりました。 (個人的なことですが、映画を見た翌日サントラ買っちゃいまして、 そこからハリーのCDは欠かさず買うようになりました)
ところどころに差し挟まれる、長年連れ添ったふうなカップルたちの ほのぼのとしたインタビューもチャーミングです。
P.S.本当はジョディーの出演作では ホテル・ニューハンプシャーも好きなのですが、 この映画は、別な機会に取り上げることがありそうなので、 11月19日分としてはやめておきました。
| 2001年11月18日(日) |
キッド(2000年) |
本日11月18日の花は「百合(Lily)」ということで、 ベテラン女優 Lily Tomlin(リリー・トムリン)の出演作から、 次の映画を選んでみました。
キッド The Kid 2000年アメリカ ジョン・タートルトーブ監督
肥満児で弱かった子供時代の自分を否定するように、 しゃかりきに頑張って仕事で成功したラス(ブルース・ウィリス)は、 ある日、自宅に見知らぬ少年が無断で入り込んでいるのに気づき、 後を追うのですが、とらえてみたら、その少年こそ、 自分が忌み嫌う少年時代(8歳)の自分でした。 ちびラスと接するうち、成功したと思っていた自分は、 実は幼少期に憧れていたような大人にはなれてなかったこと、 そして、自分が32年前にし忘れたあることに気づくのでした……
無難なようで、こんなに好き嫌いの分かれる映画も珍しいでしょう。 私はもう大好きで、ちょっと心が脆くなっているときに あるシーンを思い出すと、それだけで思い出し泣きモノです。
「少年の純真な心のまま」などと、 登場人物の誰かが言い出しかねない状況が多々あったのに、 (実際、ラスの恋人は、近いニュアンスのことを言ったような…) この賢明な監督は、 そんなデリカシーのないことは、 積極的には表現しませんでした。 それが“結論”だとしたら、 この映画は相当安っぽくなっていたでしょう。 それだけでも、もっと評価されていい気がします。 本当の意味で「童心に帰る」というのは、 自分の子供の頃の恥ずかしい記憶や古傷たちとも きっちりと対峙することではないかと思います。
ところで、リリー・トムリンは、ラスの秘書としてこき使われる役でした。 ハイハイと言うことを聞きつつも、口が悪く立場の強い、 ちょうど古参の専属家政婦さんみたいな感じで、 ラスにチクリとやるのも忘れませんが、 コメディエンヌぶりを遺憾なく発揮していています。
ラスの少年時代を演じたのは、スペンサー・ブレスリン。 キッドのほかの出演作は判らないのですが(まだないかも)、 どんくさそうなところが何ともかわいい、丸々とした少年です。 ブルース・ウィリスとは全く似ていませんが、 それでも、この子のおとぼけ表情などを見ていると、 人選に誤りはなかったと思えました。
1966年11月17日、ソフィー・マルソーが生まれました。 もはや国際女優といってもいい存在の彼女ですが、 デビュー当時は、「福祉関係の仕事に就きたいという夢も持った」 ごく普通の(その中でもとびきりかわいい)十代の少女でした。
やたら脱ぎっぷりがよくなった二十代のとき、 まるでデビュー当時を思い出したように、 ほのぼのしたラブコメディーに出演していました。 で、今日はこの作品を。
スチューデント L'Etudiante 1988年フランス クロード・ピノトー監督
教職を取るために勉強中の大学生バランティーヌと、 ミュージシャンのエドゥアールは、 スキー場のケーブルカーで相乗りしたのがきっかけで知り合い、 やがて恋愛関係に突入します。
2人は例えば、 同じ時間帯に裏と表で別な映画の番組を放映していたとき、 「『スター・ウォーズ』録っておいたんだ」 「『狩人の夜』もやってたのに」 などと、好みが合わないこともあるし、 お互い忙しく、何かとすれ違いも多いのですが、 なぜだか求め合ってしまい、それなりにいい恋人関係です。
が、エドゥアールはバランティーヌを愛していながら、 本当は「小面倒くさいことを言わない、見た目のいいグラマー」が 好きだったりするので、 「バランティーヌは美人だが、理屈っぽ過ぎるし」などと 半分冗談で友人と話しているところを彼女に聞かれ、 一悶着あります。
終盤で、バランティーヌが資格試験のうちの 口頭試問を受けるシーンがありますが、 ここがなかなかの見せ場ですね。 法廷もの・議会もののようなノリがあり、熱弁を奮うバランティーヌが 非常に魅力的です。
一から十まで好みが合うことを確認してから成立する 恋愛関係も悪くないけれど、 たまーに話が合わなくて、「この人にこういう話題は避けとこ」と 密かに思ってしまうような関係も、それはそれでいいかもと、 しみじみ感じさせてくれます。 リアルながらドロドロしていない、本当に生活スケッチのような 恋愛物語でした。
ソフィーの、いかにも学生風のファッションもステキでした。 グレーのカーディガンにロングスカートの出で立ちがかわいくて、 自分の首から上に乗ったものを顧みず、 似たようなのを探して着たことがあるのですが、 スカートが紺のロングプリーツだったのが災いし、 (映画で使われていたのは、プリーツではなかったと思います) 職場の先輩に、「なんや、高校で番張ってたとき履いてたやつかね」と からかわれたことがありました。 そういえば、スケ番という言葉はいかにも死語っぽいし、 長いスカート履いている女子高生なんて、見たことありませんね。
こんなことを書いているうちに、 久々にデビュー作『ラ・ブーム』が見たくなりました。 下手すると、今のソフィーって、 当時の彼女くらいの子がいてもおかしくない年齢なんですね…。
| 2001年11月16日(金) |
脇で光る50年代生まれの女優 |
突然ですが、私は1968年生まれです。 30代になってわかったのですが、40〜50代の人が、 いろいろな意味で「同世代」みたいな気がするんですよね。 (…よね?と同意を求めて適当かどうかわかりませんが) 10年前、20代前半だった私にとって、 30・40代の女性というと、まぶしい大人たちでした。 ミシェール・ファイファー、エマ・トンプソン、 シャロン・ストーン(50年代生まれ)、 ダイアン・キートン、スーザン・サランドン(40年代生まれ)など、 “すてき”の見本のような女優たちの存在のせいもあるでしょう。 そこで、昨日の『パパとマチルダ』の項で 名前の挙がったキャサリン・オハラも含め、 芸歴長くいろいろ出ていて、派手にスポットが当たることはなくても、 映画ファンの記憶には確実に残っていそうな、 (ついでに先々の息も長そうな) すてきな女優さんたちに、敢えてスポットを当てたいと思います。 とりあえず、今日は50年代生まれ編として、 あすまたネタがなかったら、40年代編もお送りします。
キャサリン・オハラ(1954年生まれ) ナニゲに芳村真理さん似の、ちょっときつそうな美人 � 悒咫璽肇襯献紂璽后戮任魯Ε�ノーナ・ライダーの母親役で 怪演を見せました。 一番人々の印象に残ったのは、 �◆悒曄璽燹Ε▲蹇璽鵝戮任痢屮吋咼鵝�(を忘れてきたわ)」の 絶叫シーンでは? ほかにも近作では��『ドッグショウ』に出演しています。
マーシア・ゲイ・ハーデン(?年生まれ) なぁんてことでしょう。 実は、彼女のバイオグラフィーが判りませんでした。 でも、多分40代と推測されます。 見るたびに印象の違う彼女は、私のひいきの1人です。 �ぁ悒潺蕁璽此Ε�ロッシング』�ァ悒侫薀弌次� �Α悗海凌垢如�天使はバスをおりた』 �А悒献隋次Ε屮薀奪�をよろしく』�─悒好據璽好�ウボーイ』などに出演 2000年度(2001年3月発表)のアカデミー助演女優賞を受賞しましたが、 肝心の受賞作の日本公開情報がまだ入っておりません… 私は『この森で…』の彼女の演技が一番いいと思いました。
ケイト・ネリガン(1951年生まれ) 比較的近作は、��『サイダーハウス・ルール』のポール・ラッドの母親役 金持ちで人間ができた婦人という役どころでしたが、 ベタベタなほどのH系も結構似合います。 ��『恋のためらい フランキー&ジョニー』��『キルトに綴る愛』 などでも見られます。
アマンダ・プラマー(1957年生まれ) あの“トラップ大佐”ことクリストファー・プラマーの娘でもある、 かなり個性的なルックスと雰囲気のある女優 80年代、��『ガープの世界』��『ホテル・ニューハンプシャー』と、 ジョン・アーヴィング原作もの2作品に、重要な役で出演し、 ��『フィッシャー・キング』では、 『ガープ…』で束の間の共演をしたロビン・ウィリアムズと 恋仲になる女性を好演しました。 もう少しウエートがあったら、『サイダーハウス・ルール』で メロニー役なんか演っても似合いそうでしたが、 ふたを開けたら映画にはメロニー役が存在しなかった… きっと彼女が肥っていなかったのが悪いのでしょう(独断)。
文中出てきた映画の原題 ��Beetlejuice ��Home Alone ��Best in Show ��Miller's Crossing ��Flubber ��The Spitfire Grill ��Meet Joe Black ��Space Cowboys ��The Cider House Rules ��Frankie & Johnny ��How to Make an American Quilt ��The World According to Garp ��The Hotel New Hampshire ��The Fisher King
毎月15日は、レンタルビデオの日だとか。 それに因んだイベントを催しているお店があるのかどうか、 寡聞にして知りませんけれども、 ならば、レンタルビデオならではの楽しみ、 「日本未公開作品」を御紹介しましょう。
パパとマチルダ A Simple Twist of Fate 1994年アメリカ ギリース・マッキノン監督
コメディアンのカリスマともいえるスティーブ・マーチンですが、 そのルックスは、どちらかというとエグゼクティブ風というか、 例えばコメディーでも『大災難P.T.A』みたいな エリート役が似合う気がしますが、 この映画では、世捨て人同然の生活を送る貧しい家具職人で、 彼に思いを寄せる女性(キャサリン・オハラ)のアプローチにも 全く気づかない、くたびれてうらぶれた男としてまず登場します。
原作は、ジョージ・エリオットの『サイラス・マーナー』だとか。 現代風にアレンジされているとはいえ、 大筋ではかなり忠実につくられているようです。 ジャケットの写真は、立ち姿勢のマーチンと、 「ああ、この子がマチルダか」とすぐわかる、 腰に赤いリボンをつけた幼女の2ショットで、 (映画を観れば、赤いリボンの意味がすぐわかります) 店によっては、ファミリー向けとして分類されているところも あるかもしれませんが、 どちらかというと、大人が見た方が感じ入るドラマです。
さて、その世捨て人マイケル(という役名でした)は、 ある雪の日、女の赤ん坊を保護し、“マチルダ”と名付け、 つましい生活の中で、愛情をたっぷりとかけて育てます。 マチルダも、マイケルパパをこの上なく愛していました。
が、マチルダは実は、町の権力者(ガブリエル・バーン)が 外で浮気をして、薬物中毒の女性に産ませた子供でした。 最初はマイケルが育てているのを厄介払いできた、 くらいの気持ちで見ていた彼ですが、 自分と妻(ローラ・リニー)との間に子供ができないことに焦り始め、 突然、マチルダの実の親として名のりをあげたため、 親権を争う裁判になりました。
マイケルの収入が少なく、彼女の将来を考えると、 大金持ちの実の親に引き取られた方が…という見方が濃厚なのと、 キャサリン・オハラ(役名が出てこない…)が、 マイケルのためによかれと思ってした証言が、 逆に幼児虐待の疑惑を持ってみられてしまったり、 マイケルの敗色は強まってしまうのですが…
裁判の時点で、少女は12〜13歳くらいだと思いますが、 幼年期もかなりの段階(3〜4)に細かく分け、 丁寧に描写されています。 しかも、ああ、さすがはアメリカだなーと思ったのは、 その少女の成長を、どうやらある実の姉妹が段階を踏んで 演じていたようなのですね。 (名前忘れてしまったのですが、みんな同じ姓でした) というような感じで、役者もそろっています。 ガブリエル・バーンのでき損ないの弟役で、 『ユージュアル・サスペクツ』でも共演した スティーブ・ボールドウィンが出演していました。
どちらかというと、クリスマス映画の変化球として お勧めしたい1本ですが、 とりあえず、何かの参考にリストアップしていて損はないと思います。
プルガサリ Pulgasari 1985年朝鮮民主主義人民共和国
失礼ながら、かなりキワモノ感漂う映画ながら、 3年前に日本公開された折は、かなり話題になったので、 ごらんになった方もいらっしゃるのでは?
私はいわゆる“怪獣映画”には全く詳しくないので、 いつものように自分の印象で書くのみですが、 小さい頃に見た『キングコング』を思い出しました。 (ジェシカ・ラングが出ていた方ね) 可憐な美女と巨大化け物の、涙誘う物語です。
背景にあるのは、為政者の横暴により、 鉄製の農機具を取り上げられて困ってしまった農民タクセが、 それを阻止するために、 「プルガサリが出てきて、全部食っちまったー」と嘘をつき、 捕らえられて獄死するものの、 獄中でつくった「ブルガサリ人形」を娘アミに託します。 すると!嘘から出たまことというやつで、 このプルガサリ人形が、本当に裁縫針や何かを食って 徐々に巨大化してしまうのですね…
で、プルちゃんは抑えつけられていた農民たちを救うのですが、 それは結果論で、彼はただ平和が訪れた後も、 「御飯」としての鉄製品を食ってしまい、 厄介ものになってしまうわけです。 さあさ、どうなるプルちゃん?そして、彼と心を通わせる美女アミは?
興味深いモチーフではありますが、 プロット自体はよくあるもので、理解はしやすい話だと思います。 プルガサリはゴジラ系ルックスですが、 もとがチビ人形だったこともあり、 妙に愛嬌があってかわいいのです。 (実際、プルガサリとミニガサリのフィギュアなんてのも発売されたとか)
1つだけどうしても気になったのが、 アミが裸で若い男と同衾しているシーンでした。 最初は夫婦かと思ったのですが、どうも弟のようなのです。 そういう習慣のある村なのかもしれませんが、非常に紛らわしく、 また気になるものでした。 映画の大筋には関係ないのですが…
設定は時代がかっているとはいえ、 あの近くて遠い国の人たちの物の見方が、 カケラだけでも見える気がしました。 あの映画好きとしても知られる金正日が、 製作にはかなり関わったとか。
余談ですが、長女と仲のいい級友の1人で朝鮮人の女の子がいて、 友人数人と彼女の家に遊びにいった際、彼女と彼女の兄が、 1人の子を指して『あの子は男か女か』と、 目の前で朝鮮語と日本語でもめたそうです… ワタクシ、その“あの子”母親でございます…
1938年11月13日、女優のジーン・セバーグが生まれました。 1979年8月、謎の多い死を遂げますが、 今でも、彼女の存在感そのものに対するファンの多い人です。 あの、頭の格好と髪質を選ぶ(だからフツーの人はマネできない)、 そっけないほど清潔なショートヘア「セシールカット」の語源となった、 彼女の出演作を御紹介しましょう。
悲しみよこんにちは Bonjour Tristesse 1957年アメリカ=イギリス オットー・プレミンジャー監督
フランソワーズ・サガンがものした同名の原作も有名なせいか、 フランス映画だと思い込んでいましたが、違いました。 確かに全編にわたって英語でしたね…。 舞台は南フランスのリゾート地セントトラペッツです。
結構ありふれた素材を、 いかにおいしそうに料理するかに腐心した… という言い方もできるんですよね、今見ると。 でも、十代の美しさとあどけなさが危険な少女の悲しみを、 そういう点が非常に繊細に表現していて、心に残ります。
金持ちで、魅力的で、屈託のない少女セシールは、 事業家の父親とは大の仲良しで、 毎夏南仏に一緒にバカンスに出かけていました。 自分に興味を示す男の子との軽い恋愛も楽しむし、 父親の若い恋人とも友人のような間柄ですが、 ある夏に起こった事故がきっかけで、 非常に空虚な気持ちのまま、「いま」を過ごしています。 その、「いま」のシーンをモノクロ、 思い出を回想するシーンが鮮やかなカラーという方法で 表現してありますが、例えれば薄皮饅頭のようなもので、 「思い出」の餡を、「いま」の薄い皮でくるむようなつくりになっています。
「金持ちで、魅力的で、屈託のない」 こういうのを、本当にいい御身分というのでしょうね。 十代の娘が、お酒飲み過ぎて、宿酔い対策にアイスクリームを食べ、 周りからからかわれたりしていました。 で、またそれが絵になる! 私事ですが、職場の先輩たちと飲み過ぎた翌日の朝、 これをマネしたことがありますが、 全く絵になっていなかったと自分でわかります。
みんなが少しずつわがままだったばかりに起きてしまった悲劇に、 セシールは胸を痛め、 もう戻らない「色のついた日々」に思いを馳せるのでした。 老若男女問わず、セシールの視点でこの映画を見ることができたら、 必ずや、最後のシーンで彼女とともに涙を落とすことになりましょう。
ベテラン女優・左幸子さんが、享年71歳で亡くなりました。 正直申し上げて、お名前を辛うじて存じ上げているという程度で、 見た映画も『にっぽん昆虫記』1本なのですが、 この作品が、 「後味の悪い映画3選」に個人的には選びたいほどなのですが、 奇妙に印象に残る作品でもあったので、 追悼の意もこめ、ぜひこの場をおかりして御紹介したいと思います。
にっぽん昆虫記The Insect Woman 1963年日本 今村昌平監督
3年前、福島フォーラムの日本映画特集で見たのですが、 ふだんは映画館でそう姿を見かけることがない 「おじいちゃん」世代の皆さんが、 通し券(5作品くらい)を買って、 続けてごらんになっているのもちらほらお見かけし、 一映画ファンとして、非常に嬉しくなったのを覚えています。 で、映画が始まると、こっくりこっくり舟を漕いでしまう方も いらっしゃるわけですが、 その映画を上映している空気を肌で感じ取るということには、 ものすごい意義があると思います。
映画の方は、左さんのまさに独壇場でした。 この映画で、日本の女優としては初めて、 ベルリン映画祭で主演女優賞を受賞したそうです。
この映画のタイトルにある「昆虫」とは、 映画の中でしぶとく生き抜く女性“トキ”を指しているようですが、 砂の上をはいつくばる昆虫がばあんと大写しになるオープニングで、 まず度肝を抜かれます。
大正時代、山形の寒村。 文化文明とはほど遠い生活を送る家で、女の子が生まれました。 彼女は後に、乱暴に言ってしまうと「清純」とは全く無縁の、 女であるがゆえの受難に翻弄されながら、 ちゃっかりとオンナそのものを売りにして、 見苦しいほどにたくましくしぶとく生き抜く姿が、 全編にねっとりと張りついた、 エロチシズムとでも表現したいような空気の中、 妙にリアルに描かれています。
ところどころで、そのときどきのトキの心情をあらわした 戯れ歌という感じの短歌が、“トキ”自身の声で詠まれるのですが、 これがまた、正直こちらが恥ずかしくなるような出来のものばかりで、 人間の一番恥ずかしい部分(の1つ)を 見せつけられるような気分になるのですが、 しまいには、短歌の飛び出すタイミングをはかったりして、 楽しみにさえなってきます。
映画に夢のあるものを求める方には、 ちょっと口に合わない作品かもしれませんが、 たまにはドロドロ、ねとねとのリアリズムに身を浸したいという方に ぴったりです。 「あいのこ」などという、今、公共の場でアナウンサーなどが使ったら、 始末書書かされそうな言葉が登場するのも、 時代を感じますね。
私の住む田舎では望み薄ですが、首都圏の深夜映画などで もしも緊急追悼放送でもありましたら、チェックしてみてください。
きょうはちょっと地味な“歴史”に因んで… 1924年11月11日 ユージン・オニールの戯曲『楡の木陰の欲望』が初演
この著名な劇作家も含め、多数の“実在の人物”も登場した、 ドキュメンタリー風傑作コメディーをどうぞ!
カメレオンマン Zelig 1983年アメリカ ウディ・アレン監督
アレン曰く「仕事を終えたサラリーマンが家に帰って 趣味に勤しむように、少しずつ作り上げた」作品だとか。 労作ながら暑苦しさはなく、気楽に楽しめるのですが、 かなり多くのものを残す作品でもあります。
20年代、レナード・ゼリグ(W.アレン)という変わった男がいました。 他人に嫌われまいと同調ばかりするうちに、 同調した人物そっくりになってしまう“奇病”の持ち主です。 話し方や雰囲気ばかりでなく、 肌の色や顔だち、体型まで変わってしまうのです。 珍しがりの連中からは、“カメレオン男”として妙な人気を得、 ちょっとしたブームになってしまいました。
ゼリグに興味を示し、研究と治療に当たった 医師ユードラ・フレッチャー(ミア・ファロー)といつしか恋仲になり、 自分というものをつかんでいく彼でしたが、 過去の身に覚えのない「悪事」がだんだんと暴露されていくうちに、 怨嗟の的となり、行方をくらましますが…
ちょっと『フォレスト・ガンプ』に近いところのある作品ですが、 もっと巧みです…と、あえて言い切ってしまいましょう。 (でも、あの映画も私は嫌いではありません) 基本はモノクロですが、 ところどころに差し挟まれるインタビューはカラー映像で、 しかも日本上映版は、そことナレーションは吹替になっています。 ちょうどETVのドキュメンタリーを見ているような気分で見られますが、 アレン自身が演じているゼリグの映像を見ていると、 ところどころでいかにも彼らしい、 ちょっとシニカルでおかしな台詞も聞かれます。 彼が自分を殺して人と同調するようになったきっかけの1つに、 「メルヴィルの『白鯨』を読んでいないのに読んだふりをした」 というのがありますが、 最後でこれを受けた台詞が出てくるので、お聞きのがしなく。
正直申し上げて、あれだけ個性的な才人が、 自己のアイデンティティーをテーマにしたような映画を あえて撮ったことに、驚かないでもありませんでしたが、 多分、自分を取り戻した後のゼリグは、 かなり自分の姿を投影したものだったのでしょう。 だから、もしもアレンのファンでこの映画は未見という方がいらしたら、 彼の意外な面を見つけることができるかもしれません。
何はともあれ、80分そこそこの短い作品でもありますし、 気軽にたくさんの人々に見ていただければと思います。
| 2001年11月10日(土) |
死刑台のエレベーター |
今日11月10日は、1979年に制定された「エレベーターの日」だとか。 ならば、単純な発想ですが、こんなのはどうでしょうか?
死刑台のエレベーター Ascenseur pour l'echafaud 1958年フランス ルイ・マル監督 (英語タイトル:Elevator to the Gallows)
今は亡き名匠ルイ・マルの、衝撃のデビュー作です。
この映画をごらんになったことがなくても、 マイルス・デイビスが奏でるけだるいトランペットのメロディーは お聞きになったことがあるのでは? (私は中学時代、文化放送の「青春キャンパス」という番組の中の、 少々イカガワしいコーナーで、この曲を初めて聞きました)
社長夫人(ジャンヌ・モロー)と その愛人である青年医師(モーリス・ロネ)が、 邪魔になった社長を殺害し、完全犯罪を目論んだものの、 青年医師が乗ったエレベーターの電源が切れ、 閉じ込められてしまったことから、すべての計画が狂い出す… というようなサスペンスです。
青年医師が、何とかエレベーターから脱出できたはいいものの、 自分の車を盗んだ若いカップルがあるドイツ人を殺したことから、 身に覚えのない殺人容疑者として指名手配されていて、 その“潔白”を証明するため、社長夫人は手を尽くしますが、 それが吉と出るか、凶と出るか? 乾いた非情なタッチながら、 若いカップルのバカっぷりもさりげない味付けとなり、 「おフランス映画恐怖症」の私も退屈しない1時間半でした。 少々古いものの、本格派サスペンスに飢えている方にお勧めです。
| 2001年11月09日(金) |
グッドモーニング、ベトナム |
向こう何日かの過去の出来事や映画人のバースデー、忌日などを 当たってはみたのですが、どうもピンと来るものがありません。 そこで、昨日の『ハドソン河のモスコー』に主演していた ロビン・ウィリアムズの初ヒットともいえる、次の作品を。
グッドモーニング、ベトナム Good Morning, Vietnam 1987年アメリカ バリー・レビンスン監督
それまで『ナチュラル』『ダイナー』などの、 レトロでしんみりした感じの映画を撮り続けてきたB.レビンスンが、 ええーっと思うような題材に挑んだ作品としても記憶されます。
ベトナム戦時下に実在したというDJエイドリアン・クロンナウワーを、 (かなり大げさに)R.ウィリアムズが怪演していました。 この映画の魅力は、彼のキャラクターに負うところが大きいのですが、 先日の『パンチライン』同様、 「英語で物を考えることができない」日本人にとっては、 彼や、彼のぶっとんだしゃべりと 生きのいいロックに魅せられた兵隊たち、 彼に卑語・俗語を教えられる 英語教室のベトナム人たちとの交流の方が、 どちらかというと楽しめるかと思います。 そもそも彼が英会話教室で教えるようになるのも、 あるベトナム人美女に一目惚れしたことがきっかけですが、 そこから芽生えた美女の兄との友情が、 この映画では悲劇にもつながるのですが…
こういう映画の場合、吹替えが大変だろうなと思っていました。 果たして、ふたを開けたら安原義人さんが担当なさっていて、 正直「?」という心境になりました。 この人、どちらかというと気障な二枚目声で、 例えばミッキー・ロークなんかをよくやっていらっしゃいますが、 台詞回し自体はお上手なのに…全然合っていないんですよね。 この映画がもしあと10年遅くつくられていたら、 絶対ロビン担当は山寺宏一さんだったでしょう。 (江原正士さんも捨て難いけれど)
脇役も充実していましたねえ。 アメリカからやってきた彼を出迎えるのガーリックという男が、 フォレスト・ウィティカー。 「主人公の頼れる親友役」が似合います。 (『フェノミナン』での彼もこの線?) 自分ではイケてると思い込んでいるDJホーク役が、 実は私の密かなひいき、ブルーノ・カービィです。 『恋人達の予感』と『シティー・スリッカーズ』では、 つき合いやすそうないい人でしたが 『スリーパーズ』での主人公の父親、 『フェイク』のチンピラヤクザなど、 見るたびに印象が違うのには驚かされます。 頭のトロいホークをいいように懐柔する軍曹役が、 今は亡きJ.T.ウォルシュでした。 私が知る限り「いいひと」を演じたことがない、 いつも悪役・憎まれ役でしたが、その独特の味わいに、 ファンも多い人だったようですね。
作中で皮肉に使われる ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」も聞き物です。
『プラトーン』『ハンバーガー・ヒル』『フルメタル・ジャケット』と、 団子状態でベトナムの(リアルっぽい)戦争を描いた映画が 同時期に多数つくられ、公開されていました。 この『グッド…』には、そういう「リアルな戦争」の直接表現は ほとんど登場しないのですが、 それでも、あの戦争がどんな意味を持っていたのか、 考えさせるだけのものはあったと思います。 ……とか考えずに、とにかく見てわらってみてくださいませ。
ロビンは、この映画でオスカー主演男優賞にノミネートされました。 でも、結局競り勝ったのが 『ウォール街』のマイケル・ダグラスだったこともあり、 ノミネートをされたことを褒めるよりも、 「どうして彼が獲れなかったの!?」ということに、 未だに不服申し立てたくなる好演でした。 (『黒い瞳』のマルチェロ・マストロヤンニもよかったけれど)
| 2001年11月08日(木) |
ハドソン河のモスコー |
何となく、「ケビン・ベーコン・ゲーム」※の様相を 呈してまいりましたが、 きょうは、昨日のポール・マザースキーを受け、 こんな映画を御紹介いたします。
※お節介解説…「ケビン・ベーコン・ゲーム」とは ある映画から出演者を抽出し、その出演者の別の作品→ さらにその作品の出演者→別の出演作…とつないでいって、 4人以内にケビン・ベーコンにたどりつく遊び (例) 公開中の作品から、『エボリューション』→ジュリアン・ムーア→ 『マグノリア』→トム・クルーズ→『ア・フュー・グッドメン』→ケビン! という感じ(3人上がりでした♪) 映画は群像劇、人は出演作の多い人を選ぶのが、コツとも言えないコツ?
ハドソン河のモスコー Moscow On The Hudson 1984年アメリカ ポール・マザースキー監督
ロビン・ウィリアムズがまだ「彼が主演の作品は当たらない」 というジンクスを持っていた頃、 (要するに、コメディアンとしての地位は確立していたということですね) 旧ソ連モスクワからニューヨークに興行にやってきた サーカス団員を演じた作品です。 ガールフレンドに「お土産にジーンズ買ってきて♪」などと言われ、 ひげ面の熊のようなロシア人ロビンはあいた時間に百貨店に行き、 その場で追手をまいて逃げ出し、なんと亡命してしまいますが…
ごめんなさい!おもしろかったことは覚えているのですが、 彼が最初から亡命するつもりだったのか、 華やかで豊かなアメリカンスキーに目がくらんで亡命しようと思ったのか、 その辺がまーったく思い出せないのです。 (多分後者ですが、目がくらんだというよりは、自由に憧れたというような ニュアンスだったと思います) 日本未公開ものですが、その中でもかなりメジャーだと思うので、 ビデオショップでは比較的見つかりやすいと思います。
アメリカ生活は、決して楽なものではありませんが、 そこはそれ、ポール・マザースキーが、心優しく丁寧に 彼や彼を取り巻く人々を見守るように演出しているので、 安心して見ていられます。 この製作をされたのが、まだ冷戦時代だったということを考えると、 ラストで、ちょっと皮肉な1スケッチが見られますが、 これもまた「あらら…」と、思わず笑ってしまう程度のもの。 (チェコ映画『コーリャ 愛のプラハ』の終盤でも、 この手の演出がありましたが、 正直、のんきな日本人としては、どうとっていいか判らないまま 笑ってしまう性質のものではあります)
作品としてのクオリティーは高いのに、日本で公開されなかったのは、 1.モスクワでの行列をして物資を手に入れるシーンが誤解を与える 2.有名な役者が出ていない という理由によるそうですが、 1はともかく2は、今となっては 「バカ言っちゃ困る」ってところですね。
ハリーとトントHarry and Tonto 1974年アメリカ ポール・マザースキー監督
近作『キャッツ&ドッグズ』でも、猫はわるもの… 「派」とまではいかないものの、猫好きとしては寂しい限りですが、 この映画には、トントという名のイカした猫が登場しました。
なお、“トント”という名は、 往年の西部劇テレビシリーズ『ローン・レンジャー』に登場する ローン・レンジャーの忠実なるしもべであるインディアンの名からとったとか。 この番組をリアルタイムで見たことのない私やあなたも、 「インディアン、ウソツカナイ」の名台詞や、 「ハイヨー、シルバー!」の掛け声には、ぴんと来るものがある…はず。 映画の中のハリーじいさんは、 自分をローン・レンジャーになぞらえていたわけではありませんが、 内心、ちょっとはそんなことも考えていたかもしれませんね。
ニューヨークに住むハリー老人(アート・カーニー)は、 愛猫トントを犬のようにリードをつけて散歩させるような、 ちょっと頑固で変わった老人です。 「最近の車の名前には情緒がない!」と、瑣末(彼にとっては重要)なことで、 ブツブツと独り言を言ったするような、まあそんな人。
ハリーは古いアパートの取り壊しを機に、トントを従えて、 散り散りばらばらになった子供たちを訪ねて回ることになります。 バス旅行の予定が、トントがバスを嫌がったため、中古車を買ったり、 家出少女(メラニー・メイロン)と出会ったりの珍道中でした。 訪ねていった子供たちは、皆(いろいろな意味で)困ったちゃんばかりで、 ハリーの老体を労り、一緒に暮らそう…ということにはなりません。
ほかの映画の名前をサンプル的に出せば、 ジェゼッペ・トルナトーレの『みんな元気』とか、 デヴィッド・リンチの『ストレイト・ストーリー』なんかを ほうふつとさせる(ある種の影響も与えている?)のですが、 独断丸出しで言って、この『ハリー…』が最もとっつきやすく、 また味わい深い映画だと思いますので、強力にお勧めします。
この映画を見たのは、12年前、教育テレビ「世界名画劇場」枠でした。 当時、再生しかできないビデオデッキしか持っておらず、 (機能としてできないのではなく、技術としてできなかったのですが) 近くのレンタル店でも見つからない作品だったということで、 トイレに行くのも忘れ、見入った覚えがあります。 怒濤のような感激…ではなくて、 じわっと体を浸していたい、しんみりした感動が残りました。 辛うじて秋の夜長と言えるうちに、しみじみごらんになっては?
11月5日は、 元女優のテータム・オニールの誕生日です(1962年)。
元ハズのマッケンローとの破局以来、話題を聞かないのですが、 今は何をなさっていのでしょう? 才能のある人だけに、惜しい気がします。
そんな彼女が、9歳でオスカー助演女優賞をとった作品は…
ペーパー・ムーン Paper Moon 1973年アメリカ ピーター・ボグダノヴィッチ監督
ペーパームーン…「紙のお月さま」とは、 映画の挿入曲にもなっているスタンダードナンバーの、 「紙でできた月だって温かい」という歌詞に由来しているのでしょう。 紙でできた月、つまりは「偽物」ですが、 この映画では、偽物の親子関係に当てはめられます。 もっとも、「うそか本当か」という微妙な親子関係でしたし、 演じていたのは、プライベートでは本当の親子という凝りようでした。
ケチな詐欺師モーゼ・プレイは、知人の女性の葬式に駆けつけ、 彼女の遺児アディを親戚の家に送り届ける役を押しつけられます。 ちょっとしたお金目当てで引き受けたのですが、 アディはしおらしくいじらしい子供…なんかではなく、 ちょろいと思っていたこのお役目のせいで、 ドタバタの珍道中が繰り広げられるのでした。
『ハリーとトント』などの 心優しい名作を世に送り出したボグダノヴィッチが、※ 一番好感度が高かった頃の作品でしょう。 ※11月6日分の冒頭に、これに関しての訂正が記載してあります。 よく考えると世知辛い話ではありますが、 モノクロが効果的に使われたノスタルジックな画ヅラもいいし、 テータムの名演技は、「一発屋」という意味ではなくて、 これ1本で彼女という女優を語っても 差し支えないのではと思うほどのものでした。
アディはモーゼを、 ひょっとしたら自分の本当のパパではないかと思うのですが、 モーゼは何度聞かれても否定します。 最後の最後まで、結局真相はわからないのですが、 別に「瞼の父」を求める話ではないので、このあたりのことを、 「どーでもいいじゃん、そんなこと」という気持ちになるように、 それでいて捨て鉢になるわけでなく運ぶやり方が、 すてきなドキドキにつながっているのもいい感じでした。
以下の文章は、ある映画批評系のサイトに私が投稿したものを、 そのまま写させていただいたものです。 この映画には、こんな思い出もありました。
鳥山明さんの『Dr.スランプ』が80年代に 週刊少年ジャンプに連載されていたころ、 扉絵のアラレちゃんと千兵衛さんが、 それぞれテータム・オニール(風)と ライアン・オニール(みたい)に描かれて、 三日月にちょこんと腰かけているというものがあったのを 思い出しました。 確かにアディ役のテイタムは“つおい”女の子だったし、 スケベでちゃらんぽらんなところ“だけ”は、 千兵衛さんとライアンが演じたモーゼ・プレイ役、そっくりでした。 今思うと、意表を突いているようで、 何と的確なパロディーだったことか。 鳥山さんもあの映画がお好きなのでしょうか?
11月4日は、 マシュー・マコノヒー(1969年)の誕生日です。 マシューといえば、『評決のとき』の主演で、 「レッドフォードの再来がブラピなら、 ポール・ニューマンの再来はこの人」 とささやかれた、涼しげな二枚目演技派ですが、 そういう人だからこそ、 マイナーな方マイナーな方に話を持っていきたがるのが 私の悪い癖でして……てなわけで、今日はこれです。
小さな贈り物 Larger Than Life 1996年アメリカ ハワード・フランクリン監督
『ゴースト・バスターズ』や『三人のゴースト』でおなじみの ビル・マーレイが主演した、動物コメディーです。
コンサルタントとして成功をおさめた男が、 サーカス団員だった父の遺産としてメスの象ベラを「相続」し、 厄介払いと金策のために ハリウッドの動物エージェントに売り飛ばそうと目論み、 大陸横断をするはめになってしまう…… 大筋を言ってしまえば、そんな話です。
さて、マシューは、ビルたちが旅の途中で出会う、 壊れた感じのトラッカーという役どころを演じていました。 アメリカの成人男子好み?の野球キャップ、中途半端な長髪、 節操なさそうなヒゲ…で、 はっきり言って小汚いし、つき合いたくないタイプの男なのですが、 この役のブチ切れ方を見ていたら、 どうして彼がサンドラ・ブロックと仲がよいのか、 何だかわかった気がしました。 いや、別にサンドラが壊れているとは言いませんが、 『評決のとき』の弁護士役って、どうも御清潔過ぎる気がして…
正確にいうと、動物エージェントに売ろうと考える前には、 一応良心的に、動物園で保護してもらうことも考えます。 そこで飼育係を務める女性を演じていたのは、 『好きといえなくて』などのジャニーン・ガロファロウでした。 私のひいきの女優の1人ですが、 タフさと専門性を求められる職業にイメージぴったりの人です。 そういえば、『好きといえなくて』では獣医師の役でした。
ビルはこの小さくて大きな遺産相続に振り回されているうちに、 婚約者には去られ、それまで大事にしていたものを失いますが、 まあ、最後には収支トントンか、 考えようによってはそれ以上のものを得ますので、 どんな御難続きでも、安心して見ていられます。 (でないと、コメディーとして成立しないし)
この手の映画は、動物をかわいいと思えるかどうかで 好き嫌いが分かれますが、 私は最初、ベラをそんなにかわいいと思わなかったのですが、 見ているうちに、愛着がわいてきました。 力は強いし賢いし(餌代はかかるけれど)、なかなかいいヤツです。 愛と感動のストーリー…というほどでもないのですが、 ベラ役の象さんと、達者な役者さんの魅力で、 お勧めしておきます。
| 2001年11月03日(土) |
マイライフ・アズ・ア・ドッグ |
1957年ソ連がライカ犬を乗せた人工衛星 スプートニク2号を打ち上げ。 史上初の生物打上げ実験に「成功」したのが、 11月3日だったそうです。ふ〜ん、「成功」かあ。
というわけで、きょうは次の映画なのですが、 彼はライカ犬の末路にいつも心を痛めていました。 映画の舞台となった年は、 あの『スタンド・バイ・ミー』と同じ1958年です。
マイライフ・アズ・ア・ドッグ Mitt Liv Som Hund 1985年スウェーデン ラッセ・ハルストレム監督
児童文学の映画化作品などを地味に撮っていた監督を、 スウェーデンから一躍世界に知らしめた作品です。 (1987年度米アカデミー賞監督賞にノミネート)
病気の母と犬のシッカンをこよなく愛するイングマル少年の笑顔と、 性差を軽々と飛び越えてしまった美少年風美少女のサガの眼差しが、 公開当時、大変評判になりました。 2人とも、もう大きくなったことでしょう。 イングマル役が、アントン・グランセリウス、 サガはメリンダ・キンナマンが演じました。
やることすべて裏目に出て、ヘコんでしまっても、 「それでも、宇宙で“犬死に”したライカ犬よりはまし」と 自分を慰める少年のナレーションが、随所に登場します。
カワイソー度の高い作品だし、子役と犬を使うしで、 「あざとい」と言われそうな映画ではありますが、 特に、イングマルが、母親の病気が重篤になり、 田舎の叔父夫婦に預けられるようになってからの、 スウェーデンの田舎の愛すべきヘンな人たちを見て、 おもしろいと思ったら素直に笑う……というスタンスで見ていた方が、 すっきりと泣けると思います。 (叔父夫婦は非常にフレンドリーで、イングマルを可愛がりますが、 家族に約1名、非常に愉快なじいさんがいます。御注目)
こちらの映画は、雪のスウェーデンだけでなく、 短い夏も目を楽しませてくれます。
ハルストレム監督の視線の優しさが哀しい、 『ギルバート・グレイプ』『サイダーハウス・ルール』 『ショコラ』に反応した方にはぜひともお勧めします。 (『愛に迷ったとき』…に反応した人には、ちょっと違うかも)
突然ですが… 「空想、貪欲、感謝、母の愛情、母性愛」 これはすべて、本日11月2日の花・ルピナスの花言葉だとか。 白いルピナスには「常に幸福」、黄色なら「多くの仲間」と、 まあ諸説ありまして、 どれにしたものかと思いましたが、「空想」を採用し、 本日はこれをどうぞ。
虹を掴む男 The Secret Life of Walter Mitty 1947年アメリカ ノーマン・Z・マクロード監督
1991年に亡くなったコラムニストの青木雨彦さん(32年生まれ)、 現在も御活躍の作家・井上ひさしさん(34年生まれ)など、 いわゆる戦時中に「少国民」と言われた(と思われる)世代の、 いい仕事をなさっているオジサマ方に、 非常に支持されている作品です。 青木さんは、 「こんな映画をつくる国と戦争して、勝てっこないや」 という衝撃を受けた…と、あちこちで書いていらっしゃいました。 井上さんは、明らかにあの映画にインスパイアされたと思われる小説、 『青葉繁れる』を発表なさっています。 (仙台弁がきついけれど、お勧めです)
谷啓さんの芸名の由来になったといわれる二枚目コメディアン、 ダニー・ケイが主演でした。 出版社に勤めるウォルター・ミティという男の役ですが、 マザコンでお人好しで空想癖があり、 「ポケタ、ポケタ」という奇妙な呪文のような言葉と共に、 空想の世界で、腕のいい外科医やエンターティナーに なりきってしまうのでした。 その空想にあらわれる美女(バージニア・メイヨ)にそっくりな女性に、 本当に出会ってしまったことから、騒動に巻き込まれますが…
ダニー・ケイのサービス精神が凝縮されたような、 美しくて楽しい映画でした。
以前、ジム・キャリーがリメイクへの意欲を示している というような記事を読んだことがあるのですが、 思えば、『マスク』での彼は、このウォルターにちょっと似ているかも。 顔だけ見ればハンサムという共通項もありますしね。 以後、そのリメイク関連の話を聞かないのですが、 どうなっちゃったのか。
なお、この映画の原作は、 ジェームス・サーバーが1939年に発表した同名の小説です。
11月3日(文化の日)を挟んだ2週間は、いわゆる読書週間です。 ということで、本や読書にこだわった映画に しばらくの間目を向けようかと。 途中で気が変わるかもしれませんが、おつき合いくださいませ。
読書する女 La Lectrice 1988年フランス ミシェル・ドビル監督
声が美しいと褒められた女性マリー(ミュウ・ミュウ)が、 あらゆる年齢や境遇の人のために、 朗読のボランティアをするという内容の小説を、 人妻コンスタンス(ミュウ・ミュウ二役)が、 夫にベッドで読んで聞かせるというお話。 次第にコンスタンスはマリーと自分を重ね合わせていきますが…
ちょっとエロチックな描写もあったりして、 結構退屈しないつくりになっています。 (といっても、R指定などにはなっていないはず。ギリギリです)
一言で言うと、いわゆるオシャレな映画に分類されるのでしょうが、 「本を読む私って、知的でおしゃれっぽい♪」というポーズでなく、 心身ともに書物を求めていて、なおかつその本能に正直である…… それだけで、かなり官能的なものを感じます。
私はクラシック音楽には暗いのですが、 ベートーヴェンのピアノソナタが、 シーンのテーマカラーに合わせて効果的に使われているあたりも 見どころのようです。 (見どころです、と言い切れるほど理解できなかったので)
ところで、映画化作品は見ていないのですが、 スイス人作家デヴィッド・ゾペディが日本語で書いた小説『いちげんさん』でも、 小説の朗読シーンが重要ポイントになっていました。 外国人留学生が、目の不自由な日本人女性の朗読ボランティアをし、 やがて彼女と恋に落ちるという話ですが、 「濃厚なラブシーンが出てくるような官能的な話が聞きたい」 と言う彼女に、主人公の青年が読んで聞かせたのは、 アナイス・ニンの『ヘンリー&ジューン』だったと記憶しています。 (違っていたら、ごめんなさい。そういえば、これも映画になりましたね)
それはさておき。
見終えたとき、実生活とは全く縁のないようなタイプの小説を 読みたいような気分になる映画です。 私は、キャリル・リヴァースの『ヴァージンズ』という青春小説を読んで、 50年代の女学生気分を味わいました。
|