ひびき(日々記)
「夢を叶えて 夢になりたい」

2002年12月30日(月) 何かを残したい

「足跡」:フジタスミト

石ころは声張り上げて
力ずくブチあたる
高飛車なアスファルトは
あしらって知らん顔

石ころは角がとれだし
世渡りがうまくなる
腹立たしいなりわいにも
にこやかにえびす顔

違う 違う 違う 違う 違う

土になる前に月を踏みしめてみせる

虫けらは穴掘り下げて
土深くうずくまり
うらぶれて背中丸め
痛々しいダンゴ虫

虫けらは羽根が生えだし
空を舞う夢を見る
目覚めたら空しいので
ウソ寝するダンゴ虫

違う 違う 違う 違う 違う

土になる前に月を踏みしめてみせる

何かを残したい
何かを刻み付けたい

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そう思って2002年も音を出してきた

2003年も
その想いは一層強くなっていたい

そしてその想いが
色んな人に届くように歩みを止めない

みなさんも
ホントにお元気で♪

来年も宜しくお願いします
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1/4ごろまで「ひびき」はお休みですm(_ _)m



2002年12月26日(木) 出会い求めてやってみる

スタジオへ行くと
店長さんが一冊の本を出してきた

「こんなのあったねフォークソング」

往年の曲が50曲ほど載っている歌本

来年の1/12に
このスタジオでイベントをするのだそうだ

スクールの生徒さんや
スタジオゆかりの人を集めて
「歌声喫茶」をやるらしい

ふと壁を見ると
既にポスターが貼られていて
スクールの先生の名前の横に
演奏者として僕の名前が書いてある

おいおい(笑)

「フジタ君とりあえずこの本から20曲ほど選んで」

まぁ幸いスケジュールは空きなので
やってみる事にした

大阪で生まれた女
酒と泪と男と女
いとしのエリー
神田川
いちご白書をもう一度
青葉城恋唄
etc.

10曲くらいは雰囲気で覚えていたので
なんなくやれそうだったが
それ以外はちょっと練習しなくちゃだ

こんな余興の場でも
その時出会う人とは
今後何かがあるかもしれない

出会う楽しみを音で得る

フジタスミトはシアワセモノなのだな♪
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから自分の練習をして
一路バスカントリーへ

今夜はお店で忘年会だ

みんなで手作りおでんをつつきながら
店の話題そっちのけで笑い話の連発

宴からちょっとはみ出た看板犬ルナは
気がつくと一生懸命テレビを見ていた

その姿を見て
「コイツ人間くさい」とまた笑う

今年も一年が暮れていく

確かに色々あって
日々一喜一憂の毎日だけど

一年の最後を笑っていられるような
来年もそんな国でありますように



2002年12月25日(水) 手提げ袋

ちゃりり〜での帰り道
箱の入った手提げ袋を
沢山の人がぶら下げていた

中身はきっとX’masケーキ

家路を急ぐ足取りは軽やかだ

そしてPIZZA屋さんのバイクとも
ひっきりなしに遭遇

すごい数でピザが売れている
かきいれ時とはこのことだ

スーパーも
買出しのお客さんがあふれている

今日という日はどこの家庭も
エンゲル係数が高そうだな〜

でもなんだかイイ気分♪
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
方々から
クリスマスなメールをありがとさんです(^_^)



2002年12月24日(火) FAMILY

確証なんてどこにもないけど
記憶のない子供時代は
おそらくサンタさんがいると信じてた

記憶がともなう子供時代
すでにX’masプレゼントは
両親がくれるものと知っていた

サンタさんがいるとかいないとか
そんな事でガッカリした覚えはない

サンタさんよりとても身近に
サンタさん以上の優しさがあった

毎年X’masは家族みんなで出かけた

昼間は母とお正月に着る服を選び
夕方になると仕事を終えた父が
ごったがえす人ごみから現れる

はぐれないように
しっかりと父母の手をつないで
僕らは人の波をやりすごす

それから
街の小さなレストランで食事

慣れないナイフとフォーク
順番に出てくる料理

今はそんなのが面倒な
なんとも庶民派な僕も

あの頃はそんなテーブルマナーが
とても粋でかっこよく感じた

そしていつも
帰路の記憶がない

疲れて寝てしまった三人の子供は
必ず眠ってしまっていた
(少なくとも僕はぐーぐー寝ていた:笑)
父も母もさぞかし大変だっただろう

僕はステキな家に育った
それだけは胸を張って言えると思う

Merry X’mas♪



2002年12月23日(月)

金曜日

大阪は高槻のDOVE-TAILさんへ
行きの171号線は工事で大渋滞
普通なら1時間の道のりが
2時間かかって到着
早い目に出発してよかった

初めてのお店DOVE-TAILさんは
しっとりした感じのキレイなスペース

さっさとリハーサルをした後は
店長さんと音楽談義
ギターの事
お店の事
聞く音楽の事

そうこうしているうちに舞台

初めての場所で2ステージワンマン
お客さんは当り前ながら少ない
でも全然気にならない

「今年最後の舞台にいらん事は考えない」
その思いはしっかりしていた

しかしアクシデントはあった

1ステージめ
弦が切れた
僕にはかなり珍しい事だ
長い間ライブしていて2度目
自分でもビックリした
なんせ切れたのは太めの4弦だった

2ステージめ
歌の途中で泣いてしまった
“ぱーとたいむしんがー”
という曲を歌っていたら
なんか…こみあげてきすぎた

アンコールなんかも頂けて
総勢18曲も歌った
声がつぶれたが悔いなし

終わってからは
店長さんはじめお客さん達と
また色々とお話した
3/29にまた歌わせてもらう事になった

色んな人のおかげで
また一つ新しい橋がかかった

その橋を腐らせない為には
一生懸命やるしかないんだ

来て頂いた皆さんと
DOVE-TAILさんにありがとう♪
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
土曜日

寝坊

起きたのはお昼前
それから年賀状作り
プリンタが遅い(笑)
その間はギターを鳴らして過ごした

夜は知人のライブへ
小雨がとっても冷たい

とある無国籍料理店に
PAを持ち込んでの企画ライブ

セッティング等で色々あったが
それなりに楽しそうだった

あーいう音との関わり合い方
まだまだ僕には出来そうもないな♪

「またライブに顔出すわ」

知人は帰り際そういって肩をたたく
かれこれ8年の付き合い
そこにも橋はかかっている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日曜日

だましだまし使ってきた携帯
とーとーバッテリーがアウトらしい
充電しても2日もつかもたないか
これじゃあまりに役立たず(T_T)

近所のJ-PHONEショップへ

僕は携帯にはとんとウトい
店員さんに色々説明を聞いてると
どーも僕の契約は損してる事が多い

機種変更に伴いその辺の契約変更もする

ポイントが8500ほど貯まっていたので
思い切って最新機種に換える事にした

とはいえ
「ムービー写メール」なんて
ややこしそうでワケ分からないので
そんなのは付いてない奴にする

ボティカラーは「赤黒」
仮面ライダーりゅうきみたいで
ちょっとカッチョいい

手元に来るのは来年早々
でも着メロとかまたややこしいんだろうな〜

それから知人の家へ立ち寄る
知人の息子と約束していたオモチャを
ポストに放り込んで帰った
メリークリスマス♪

ここにかかっている橋も
きっかけは僕の音だった

音を出す限りその橋は壊れない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
月曜祝日

昼間は家で
金曜日に撮ってもらった
自分のライブビデオを見る

頑張ってるけど、もっと頑張らなくちゃ

それが贔屓目なしの感想だった

もっとやれる
絶対やれる

夜はスタジオへ
ノドの具合はまぁヒドい(笑)
それでも流さず1時間半

終わりはない
明日があるなら
続けなきゃ意味がない

もっとやれる
絶対やれる

スタジオの帰り道
ライブハウス西院OOH-LA-LAへ

年明け1/18(土)のライブチケットをもらう

「この前と同じセットやね(^_^)」
PAのスタッフさんが声をかけて下さった

OOH-LA-LAでのライブも3度目
ここにも確実に橋はかかっている

「頑張ります、来年も宜しくお願いします」
店長さんも含めご挨拶して店を出た

その途端相棒から電話がかかった
年内にもう一度スタジオリハーサルしようと決めた

もっとやれる
絶対やれる

想いは二人の中に確実にあり
舞台で花を咲かせていきたい

そしてその想いある限り
見に来て下さる人達にも
橋がかかっていくと信じたい



2002年12月19日(木) ガンバロウ

スタジオで思った

「最後か・・・悔いは残すまい」

色んな人の助けを借りて
今年も歌って来れました

まだまだ

いや

これからもっと色んなジレンマが
たくさん僕を苛むでしょうが

結局

血迷ったところで
ドン底に触れて泣いたところで

戻る場所はここしかありません

そしてまた
かけがえないものを感じるにも

この場所しかもはやありえません

勘違いかもしれません
でも腹はくくれました

一生勘違いで死んだとしても
そりゃそれで笑える気がする

妙に強くなりました(笑)

音楽を続けられる事に感謝して
僕を生かしてくれる人たちに感謝して

中途半端を恥じながら
一生懸命をさらけ出しながら

何者とも違う自分になりたい

フジタスミトヨ、ガンバロウ



2002年12月18日(水) 灯り



京都のとある会社が
街路樹をイルミネーションで飾る

2001年は不景気のせいで
取りやめになったのだが

今年は敢えて
「不景気だからこそやります」
その心意気が新聞に載った時

とても心が躍った

沢山の人が訪れていた
近くに公園があり

子供たちが遊んでいた

僕も数十年ぶりに
ジャングルジムに登る
鉄棒で逆上がり

やる事なす事
おっかなびっくりだったが

とても心が躍った

すべてのものは
灯りに惹かれ
灯りに焦がれ
灯りに抱かれ
灯りに明日をみる

そんな気持ちになった

月も遠くからお手伝いしていた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

焼き芋も食べました(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12/20(金)
高槻DOVE-TAILフジタスミトsoloライブ
「優しく 力強く 暖かく」
来て下さい♪



2002年12月17日(火) 奈良に行きたし


飛鳥寺本尊「釈迦如来座像」

以前に読んだ井沢元彦氏の
「逆説の日本史2」“古代怨霊編”を
合間にぼちぼち読み返している

聖徳太子(おぉ!一発変換した)

なぜか僕はこの人物に
昔から非常に惹かれている

色々な説が飛び交う不思議な人物

その謎めいた人生を題材に
昔はマンガ家山岸涼子氏が
「日出処の天子」という名作を生んだ

このマンガも僕の愛読書だ

法隆寺

聖徳太子ゆかりのこのお寺は
太子信仰の聖地のような場所なので
観光名所化してはいるのだが

あくまで僕的には
一種独特の寂寥感を感じるところで
東大寺にあるような荘厳かつ絢爛さを感じない

東大寺周辺も楽しいところではあるが
法隆寺にはまた違った良い空気がある

大宝蔵院の展示物には
教科書で習った宝物が居並び
飽きる事なく楽しめたりもする

橿原考古学博物館

藤ノ木古墳のレプリカなど
奈良時代の一級資料が沢山展示されている

大学生の頃
遺跡発掘のアルバイトをしていて
発掘作業や図面引きをしていたが
その頃に色々勉強した事を思い出す

入館料\400
僕は安いと思います(笑)

飛鳥(明日香)
斑鳩

このあたりを散策するなら
自転車の方がいい

ちゃりり〜は分解出来ないので
ロボコンに乗せてというわけにはいかないが
レンタサイクルなんて借りて
デジカメ片手にウロウロしたい

亀石・猿石などに代表される石造物は
飛鳥の生活の一部となって
田んぼと民家の中に散在する

蘇我入鹿の首塚などは
なんの変哲もない田んぼのあぜ地に
ぽつんと立っていたりする

古代が身近に転がっている土地

そして飛鳥寺の飛鳥大仏
東大寺の大仏よりはるかに小さい
この大仏が僕はとても好きだ

デッサンが狂っているというか
頭と体のバランスが悪い(笑)

年代確認が出来る最古の仏像と言われ
日本が大陸に倣った造形ゆえに
顔立ちも異国のニオイがする

未完成ぽくて面白いという感じだが
飛鳥大仏はとても人に近いところにある

観光者で混雑していない時なら
目の前で床にあぐらをかいて
ずっと眺めていられる

僕は訪れると
いつもずっと眺めている

興味本位で眺め始めても
最後には何かワケの分からない
安堵感に満たされる

聖徳太子ゆかりだけじゃなく
他にも沢山見所がある
そんな
奈良に行きたし



2002年12月16日(月) ペット


バスカントリーの癒し"ルナ♪"

僕は無類の犬好きだ

マンションに移り住んで後
生き物と無縁の生活だが
それまで僕のそばには必ず犬がいた

実家には今も
シッポふりふりで迎えてくれる
ゴン(雑種:11歳)がいる

先日あるテレビで
サンフランシスコのペット事情と
動物保護の施設が映っていた

その映像は「警鐘」だった

目をそむけたくなるような
生き物にとっての現実があった

動物虐待と飼育放棄

幼児虐待と育児放棄
人間界にも同じ事が起きる昨今

問わなければならないのは
「命の重さ」だと思う

「飼う」という意識がある以上
人間は生き物を「物扱い」する可能性と
表裏一体である事を忘れてはならない

命の意識が希薄すぎる人が
生き物に安易に手を出してはならない

だから僕は
ペットという呼称もあまり好きじゃない
愛玩物という呼称もおかしいと思ってる

ペットという言葉や愛玩物という言葉が
「命の重さ」を薄っぺらくしている気がする

僕らは生き物を飼うのではなく
生き物と「暮らす」のだと思う

何の事はない
親が子供を育てることを
人は「飼う」とは表現しないじゃないか

それと同じだ

自分にとって大切な存在なら
種を越えて「命の重さ」はすべからく同じだ

だから愛情をもって
時に厳しいしつけもいる

生き物には「牙」があり
生き物は言葉を持たない

彼らの思う事を
人は100%察する事が出来ないのだ
意思にズレが生じた時
生き物は「牙」を使う事がある

悪さまで許すような暮らし方を
人は生き物に覚えさせてはいけない

そして生き物が悪さをした原因が
人にある事を棚上げして
物を捨てるように放り出すなんて
言語道断の「人でなし」だ

命は生きて死んでいく

一部は別として
殆どの生き物は人より早く死んでいく

命の始まりと命の終わりを
見届けてあげられる人だけが
生き物と「暮らす」資格を持っている



2002年12月15日(日) なんか変だ

この週末
やっと布団を冬モードにした

敷布団に毛布をひき
掛布団をブ厚いのに換えた

「これで安眠だ♪」

そう思って眠った金曜の深夜

僕は三度も目を覚ました
しかも全身汗ばんだ状態で

まるでモロボシダンが
悪夢にうなされ飛び起きるシーンのようにだ

しかし夢の記憶はないうえに
暑くて汗をかいたわけでもないらしい

布団を嫌った形跡はなく
しっかりとかぶっているからだ

土曜日も同様に二度目が覚めた

う〜ん…なんか変だ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
土曜の昼間
某楽器屋さんのショールームへ行った

目的は「防音室」見学
実物を体感するためである

まだ何の具体案もない自分が
見に行ってもどーかと思ったが

行って良かった
僕の計画は「甘々」だと痛感した

僕が当初目星をつけていた「部屋」は
想像していたよりはるかに狭く
僕の音量で考えた時には
防音力自体にもいささか不安が残った

係員さんに事の事情を説明して
色んな方向のアドバイスをもらううち

簡易見積りは当初予定の倍以上になった

大幅な計画修正を余儀なくされた僕は
帰りの道すがらに
「年末ジャンボ宝くじ」を買った(笑)

夢には先立つものがいる

この現実に
もはや目をつむっていられる年でもない

叶えるために
叶えるために



2002年12月12日(木) どっちでいこうかな?


D-28とお気に入りピックの図

12/20のライブが迫ってきた

今夜はMARTIN D-28で練習した
このギターが僕の手元に来て
まる一年の月日が経った

ライブに耐え得る成長は遂げたが
まだ少し計りきれなかったりする

どうしてもD-16を引き合いに出すと
ささいな迷いがあるにはあるが
反対にすごくいいところもある

ジャカジャカは圧倒的にD-16
静かな音色ではD-28

D-16はマホガニー
アタックの強いパワフルな音
ピッキングと同時にゴンゴン出る感じ
反対にロングトーンが出しにくい

D-28はローズウッド
サスティンの利いたまろやかな音
ロングトーンを大事にしたい感じ
反対にアタックが弱く音がもたつく

性格の違いは「木」の違い
そして出てくる音色に対しての
僕の鳴らし方の違いも加味される

「場慣れ」という点では
長年連れ添っているD-16になる

「修行」という意味では
D-28を連れて行きたい気分

ごっつ迷う

曲もたくさんだし両方持ってくか(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
わーい♪写真が貼れたぞぅ〜♪
しかしめんどくさいぞぅ〜、時々だぞぅ〜(笑)

12/13は僕のラジオ「Slow Starter」のオンエアです♪
FMマザーシップ89.4 午後7:00〜
番組終了直前にX’masプレゼントのお知らせがあります〜
Don’t miss it ! Check it out !



2002年12月11日(水) へんてこりん=(イコール)

人によっては
笑い飛ばされたり
世間と照らし合わせたら
現実離れしているような

へんてこりんで
荒唐無稽なことも

はなから諦めないで
臆することなく
「なるようにして」いけばいい
変化して進化すればいい

へんてこりんは大変だ
生活に困る時も多々ある
相手にされない時も多々ある
悩み泣く時なんてしょっちゅうだ

それでも時折は

例えそれが
自惚れの勘違いであっても
「唯我独尊」を肌身に感じて
一人ほくそ笑む時もある

へんてこりんなことをきっかけに
それが時代を創ることは確実にある

その時へんてこりんは世の潮流となり
へんてこりんを卒業する

人によっては
それを「夢」が叶ったと言う



2002年12月10日(火) ジュリー

昨日のイメージを形にするのと
20日のライブの練習にいたたまれず
やっぱりスタジオへ行った

自分で作ったフレーズながら
ムズい
まぁゆっくりと作っていこう

スタジオの帰り道
カーステレオで聞くのはジュリー(沢田研二さん)

ベスト盤3枚組CDに収まった
往年の名曲を聞きながら
時に一緒に声を合わせる

4,5年前あるライブハウスで
同業者の年配に聞かれた
「ミュージシャンは誰が好きなの?」

「しいて言えばジュリーです♪」

「…へぇ、意外と『浅い』なぁ」
小バカにした目つきでそう言った

歌謡曲・タレント性・ヒットメーカー

さぞかしその人は
そんなキーワードが嫌いなんだろう

ジュリーが歌った数々のヒット曲には
当時の歌謡曲の粋が詰まっている

それを上辺のキーワードでくくって
聞きもしないで『浅い』とのたまう

喋る値打ちもないアホなおっさんである

自分が好きなものをコケにされた事は
やけに頭に残っているもので
やっぱり思い出してしまった

と同時に
カーステレオから流れ出した
「ヤマトより愛をこめて」を聞き
小学生の頃に映画館で
ボロボロ泣いた自分も思い出した

良い曲は良い

これからも僕はジュリーファンでいる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
ヤマトより愛をこめて:2番

いつの日かクチビルに
歌がよみがえり
いつの日か人の胸に
愛がよみがえり

君は手を広げて抱くがいい
確かに愛した証がある

遠い明日を想う事は
愛する人の為だけでいい

君に話す事があるとしたら
今はそれだけかもしれない

今はさらばと言わせないでくれ
今はさらばと言わせないでくれ



2002年12月09日(月) Imagine

ギターをさわらなかった

タイミングが合わなかった
スタジオも久しぶりに行かなかった

こんな事をした日に限って
眠る前にフレーズが浮かぶ

そんなものなのかな?とも思う

スタジオに入って
形にしてしまいたい

相棒好みになりそうだ

いなたいロックになるだろう
僕には珍しく高音が少ない

いつ舞台に乗せられるかな〜…

僕は曲の断片が出来上がる時
自分が弾くギターだけじゃなく
その楽曲を構成する音のイメージが
いっしょくたに鳴る

一度に鳴ったギター以外の楽器を
イメージの中で削いだ時
残った音に手を加えたギターが
現状ライブの僕のギターになる

そこに相棒の「毒」が注がれる
そうしてフジタスミト&ばんただあきになる

ライブライクじゃないアルバムになるのは
僕としては至極当り前な流れ

イメージにはライブにない音があり
それを具現化したものがアルバムに収まる

「等身大で出来る事以上のイメージを描く」

これが僕の源だと思う

Imagine all the people, living for today♪

偉大なる先駆者は今も天国でこう歌う



2002年12月08日(日) 収録・DM・ピック・集い

土曜日

朝9:00からラジオ収録
今年最後のラジオ
「みなさん良いお年を」
12月の初めに早や気分は年末

お昼からは自宅で練習3時間
ギターだけを鳴らし続けた

夕方からDMの送信
終えるとすでに午後7:00

「あ、ゴハン食べるの忘れてる」と
焼きソバUFOを食べる

それから楽器屋さんへ

皆さんの捜索のおかげ
ちゃりり〜で足を運べる距離で
ピックを入手出来るところが見つかった

沢山の情報をありがとさんです♪

とはいえ個人輸入の代行なので
まとめて買わないといけない

360枚(72pcs×5pack)
まけてもらって\34125税込
ピックにこの金額(笑)
呆れつつも嬉しい

このピックはアメリカでは定番のくせに
日本では不人気なんだそうである
僕ってこーいうの多い(笑)

手付けを払って店を出た途端に携帯が鳴った
「久しぶり!今●●でワイワイやってるし来ない?」

雨の降る中
屋外タープでバーベキュー
お肉・おでん・スペアリブ・からあげ
UFOしか入っていない胃は喜んだ

種々雑多の興味深い話題が飛び交い
各々の持論が展開されていくが
お互いが優しい人達で
最後は必ず笑えるオチがある

そうこうしている内に雨が止み
ある人が天体望遠鏡を組み上げる

土星の輪と木星の縞模様
はるか幼少の頃ウチの兄貴が
僕に見せてくれたのを思い出した

気がつけば深夜1:30
「また誘ってや、ありがとう」
土道でドロドロのロボコンと帰宅

忙しい事を感じない
いい日だった
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日曜日

なんとか起きて
意識朦朧で見たような見ないような
いつもの特撮&アニメ「ゴールデンライン」

その後はラジオの編集
今回は調子良さそうに喋ってるな〜と
自分のお喋りをホメるあたり
まだアタマが覚醒していない証拠だ

編集を終えて焼付けている間は
またもずーっとギターを鳴らす

気がつけばまたも夕刻
スーパーへ買い出しにでた
塩焼き鳥とサラダを買って
ビデオ屋さんに寄って帰り
夕飯を食べながら「セブン」を見る

見終わってから
PCに座ってメールチェック
頑張ってる奴からDMが届いている

みんな頑張っている

僕も頑張るぞ



2002年12月06日(金) 初めて出会って嬉しくて握手

今夜は友人ヒロさんのライブ
京都のSLOWHANDへ向かった

対バンの静岡のグループ
MISATO&SHINさんの舞台から始まった

SLOWHAND名物
チキン煮込みカレーを食べながら
お二人の演奏を見て驚いた

「うわっ!おんなじギターや」

そう僕の愛機MARTIN D-16と同型
このギターを引き続けて7年
初めて同じギターを使う人と出会った

前にも書いたが
D-16は正規の輸入ルートからは
はずされている品番

個人輸入とか渡米して購入するとか
そういうルートで買うしかない
(ま、そうして小売してる店はあるけど)

ライブもファンキーでステキだったし
D-16も色んな弾き方があるな〜と思った
僕のD-16もあんな風にも鳴らしてあげよう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヒロさんは気合が入ってた
いや入り過ぎてたかも

初めて舞台で弦を切るのをみた
最初は3弦、まぁこれはありがち
その次は5弦、これは・・・男らしい(笑)

久しぶりの京都
久しぶりのトリオでのライブ
色んな心意気がピッキングに宿った分
そのエネルギーが弦を切ったんだろう

「切れたからといってそん時は考えたらいいねん」
「自分は歌うたいやって事を」
「歌うたいは弦が切れても歌えばいいねん」

何気なくこういう事をポロっと
ビール片手に言う人は
自覚なく「粋」に生きている
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ライブが終わってから
同じギターを使う者同士で盛り上がった

日本に数えるくらいしかないと思われる
そのギターを愛する人がいる

決して上等なギターじゃない
MARTINじゃ廉価版のD-16
でも知っている人は知っている
このギターがLOUD!だという事を

D-16の性格を気に入っている人が
僕の他にも居る事がとても嬉しかった

「また必ずどこかで会いましょう♪」
握手をしてお二人は店を後にした

その後もSLOWHANDのマスターを交えて
すんごくマニアックな話が続く
自分でも喋りすぎが分かった

楽しかったんだな♪

だからいつも書かない金曜に
こうして「ひびき」を綴ったんだな



2002年12月05日(木) 原チャリっち…

久しぶりに原チャリで出かけようと
地下のガレージに降りてみると

左のバックミラーがもげていた
右ももがれかけていた

たまにこのガレージは
やんちゃものがウロつく事がある

以前も夜中に物音がして
そっとドア窓を覗くと
ウチの家の真ん前
マンションの踊り場で
どこかからパクってきた原チャリを
何人かのやんちゃものが分解していた

どこかの物音に驚いて逃げ去ったが
そやつらは捕まり明くる日の朝に
警察の現場検証に引っ張り出されていた

自転車の盗難は後を絶たず
僕のちゃりり〜には鍵を3つしている
慣れはしたが物騒なとこなのだ

幸いバックミラーがもげているだけで
他には支障がないように見えたので
エンジンをかけて走りだそうとしたら
あさっての方向にバイクが進む

「???」

よーく見てみると
ハンドルがぐんにょりと曲がっている
時間がなかったのでそのまま街に出たけど

怖い怖い

ハンドルをかなり右に切った状態で
やっとまっすぐ走るのだ

やれやれ
修理代いくらかかるんかな…

盗られなかっただけ救いだな

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
昨日サボってすいません
ラジオのシナリオにかかりきりでした
オマケにサイトの更新しています
Real Aliveに捜索願いを出しました
皆様ぜひご協力下さいm(_ _)m



2002年12月03日(火) たっぷり

12/20は高槻DOVE-TAILでソロ
お店に打ち合わせの電話をした

ビックリしつつ
少々ビビリつつ
楽しみが増えた

ワンマン

しかも
一部と二部の2ステージ

こんな贅沢させてもらって
いいんだろうか

曲をひねった
一部二部通して
同じ曲は歌わないと決めた

16曲

最近のライブが
9曲くらいだった事を思うと
久しぶりの長丁場

自分に挑戦状をたたきつけた気分
20日まで鬼のリハーサルだ

親しくしてもらっている
東京のミュージシャンきよふみさんが
この前僕にこう言った

「フジタ君は一人になると変におとなしいのが残念なのよ」
「ソロの時もおんなじテンションで自信持ってやりなさい」

そうなのだ
ジャカジャカマシーンαは
ソロになるといささかなりをひそめてしまう

相棒のいる時と同じテンション

このテーマに挑もう
舞台に必ず何かを残そう

たっぷりやれる幸せを
みんなに感じてもらえる歌を



2002年12月02日(月) 吟遊詩人

旅に出て唄を歌い
家路を急ぐ二つの影

花一杯の食卓は
人々の心の花束

風に吹かれて木の葉の丘を
いつもさまよう人
だけど今は

ギターもケースの中
ライトもあたらない
でも歌う心でいつもいて

マイスタージンガー(吟遊詩人)
マイスタージンガー

イルカ:マイスタージンガー(吟遊詩人)
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スタジオで思い出したように歌った

歌本を開いてコードを追ったのは
もう遥か十数年前のこと

つたないギターストローク
コードを一つ覚えるのにも
四苦八苦していたあの頃

僕にとって歌は
部屋の中の自己満足だったな

この前日記に書いた
美空ひばりさんもそうだけど

昔僕の心を動かした歌は
今では余計に染み入るものになった

色んな人の心に染み入る歌を
色んな人の心の糧になる歌を

なにより
自分の生き様を
信じて疑わない為の歌を

僕はこの先も歌い作り続けられたらいいな

なりふりかまわず
この先も



2002年12月01日(日) イベントとシナリオな日

土曜日

一路大阪は堺のイベントへ

早朝8:00に仕事を終え爆眠中であろう相棒
迎えに行くと案の定意識朦朧で出発どころではなかった

準備が終わって家を出る頃には
高速を使わないでは間に合わない時間

阪和道堺インターを降りて
食事をしながら打ち合わせ後
ライブスペースDABに着く

早いものでこのイベントへの参加も4回目
知った面々との再会は単純に嬉しい

色んなバンドが集う故
リハーサルはいつも大変だ
それぞれが良い舞台を目指す以上
それは仕方のない事だ

待っている間に僕がする事はいつもと同じ
「今から泳ぐんかい!?」というくらいに
準備運動して過ごす

日が落ちて看板に火が入った頃
イベントは始まった

僕らの出番は3つめ
一発目の音を出してゾッとした
「リハと違うぞ…」

一曲目は
ステージ彼方のミキサーブースに
目で訴え続けながら歌う
それ以降はマイクでお願いする

悪循環が始まった
一つの音をフォローしてもらうと
違う音が凹む

「どうにもならないな」と腹をくくってからは
記憶は遠くへ飛んで行った

寝不足などものともしない
相棒のギターが唸る
彼が僕に与えるものと
お客さんが僕に与えるものは
相乗効果で僕を昇天させる

5曲
たったこれだけの舞台で
最後は汗がしたたり落ちている
僕にはリミッターが存在しない

舞台を下りると出演者の一人が笑いながら声をかける
「なんであそこまでやれるんですか?」と言う問いに
「命削ってます(笑)」と答えたけれど
それはあながち冗談でもなければ嘘でもない

昔ある人が僕に言った
「生きているうちに上がれる舞台は数えられるくらいしかない」
「そのうち自分が最高だと思える舞台はもっと少ない」
「舞台で全部出して来なきゃ何も残す事は出来ない」
「さらけだして置いてこい」

舞台を大切にするという僕の思いは
一心不乱という形になって現れる

でも
人それぞれでいい(^_^)

イベントが終わり各々が身支度を整えて
「来年もよろしく」と挨拶を交わす

みんなホントにありがとう
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日曜日

昨夜の帰宅が午前2時
気がつけば
ハリケンジャー
りゅうき
ドレミちゃんは終わっていた…

ちゃんと目覚めたのはお昼くらい
それからはパソコンとにらめっこ

僕が番組を持っているラジオ局が
開局一周年を迎える
その一周年番組宣伝のシナリオと
12月オンエアのシナリオ作り

来週末はその録りがあるので
やっておかないとエラい事になる

疲労がたまったか
はたまた風邪が本格化したのか
アタマの回転が遅いどころか
全く停止している

亀さんの歩みのように
原稿の1/4を書いた頃迎えた夕暮れ

「今日はヤメだ!」
開き直って僕は買い出しに出かけた

スーパーで特価の巻き寿司を買い
ビデオ屋さんに寄ると
新作「ロードオブザリング」のDVDを発見

巻き寿司をモグモグしながら見た
3時間弱の大作は見応え充分
息詰まっていたシナリオの事も忘れた上
シナリオのネタも見つけられた

今日はヤメて正解だった

明日はスイスイ書けるだろう♪


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